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018 空賊なのに会社を経営しているの?

「いったい、どういうつもりだい?」


 ヨハンは明らかに機嫌の悪そうな声と表情で、マリーに尋ねた。


 激しく揺れる蒸気自動車の車内――――ニーズホッグのメンバーがヨハンのアジトまで乗って来た蒸気自動車は、王都の街並みを走る車と比べるとだいぶ大きく造られていたが、明らかにニーズホッグのメンバーに加えて、マリーとヨハンを乗せられるほどには、大きくは造られていなかった。

 

 車内はとても窮屈で息が詰まりそうで、それにかび臭い鼻がつんとするような匂や、油っぽい匂いが車内には充満していた。それに蒸気自動車はあちこちに継ぎ接ぎのような鉄板が打ち付けられていて、今にも走りながらバラバラになってしまいそうだった。


 それでも、定員オーバーのためクジで運悪く負けてしまった、ひょろ長い体格で蛇顔のハッターと、眠そうな顔の太ったマウスが蒸気自動車の屋根にしがみつくように乗せられているおかげで、ずいぶんとマシだった。もちろんそのクジにマリーとヨハン、そしてホズは含まれていなかった。


「どういうつもりって?」


 マリーは揺れる車のシートをぎゅっとつかみ、シートからずり落ちないように力を入れながら、隣の席のヨハンの問いに、しれっとした顔で答えました。


「わざわざついて来たりして、そんなに僕の仕事の邪魔がしたいのかい」


 それを聞いたマリーは少し考えた後、言葉を選ぶのを楽しむように口を開いた。


「そんなつもりじゃないわよ。見てみたいのよ――――私の知らない世界を。せっかくアレクサンドリアに来たんだもの、ただあの部屋でじっとなんてしてられないわよ。それに、ヨハンが言ったんじゃない?」


「何をだい?」


「世界は、私が思っている以上に広いって。だから、この目で確かめたいのよ。私の知らないことを、一つずつ」


 マリーの真っ直ぐな黒真珠のような瞳と、嘘偽りのない強い決意をもった言葉に、ヨハンはそれ以上言葉を返すことができないでいた。ヨハンはもう何も言わずに、ただ黙って外を眺めていた。マリーから伺えないヨハンの表情は、いつもの自信に満ち溢れ、そして飄々(ひょうひょう)とした表情ではなく、とても暗い影を落とした不安と焦燥の表情だった。


「おーやーびーん、もっとスピード落としてくだせぇよ。僕ら落ちまいますよ」


 天井からハッターの泣きそうな声が聞こえてきた。


「ねぇ、ホズ。上に乗ってる人たち大丈夫なの? 落ちそうって言ってるわよ」


 心配になったマリーは大声を出して、前の席に座っているホズに声を掛けた。すると、ホズは振り返り、甘ったるい口調で――――


「大丈夫ですよ、姉さん。あっしらは空の男。空の男は、これぐらいのことで根は上げやせん――――」


 そこまで言い終えると、ホズは急に声色を百八十度変えて、天井に向かって怒号を上げました。


「おいっ、ボケがっ。それくらいのことでガーガーと喚くんじゃねー。それでもニーズホッグの一員か? 次に下らねぇことで喚いたら、車から振り落とすぞ」


「はっ、はいっー」


 それを聞いたハッターは、裏返った声で慌てて返事をした。そして、その返事を聞いたホズは、満足そうに頷いて振り返った。


「お聞きになりましたか、姉さん。大丈夫だったでしょう?」


「え、ええ」


 満面の笑みを浮かべるホズの自信満々な態度に、マリーはなかば呆れて、愛想笑いを浮かべて話を流した。


 その後も満員の蒸気自動車は、スピードを落とすことなく走り続けた。


 マリーはだんだんと揺れる車内にも慣れ、手でシートをつかまなくてもバランスがとれるようになっていた。しかし、今度はマリーに睡魔が忍び寄った。もう一時間近くも変化の無い車内にいるせいで、眠気はもうそこまで、まるで背中にへばりついたようにマリーに迫っていた。


「ねぇ、まだあなたたちのアジトには着かないの?」


 あくびを噛み潰しながらマリーはホズに尋ねる。


「もう直ぐでつきやすぜ」


「あなたたちのアジトって、どんな所なの? やっぱり人にバレないように地下とかにあるの?」


 マリーは睡魔を追い払うために、たえず口を開いていることにした。

 そして空賊の秘密のアジトに興味を膨らませた。


「アジトといっても、たぶん姉さんが想像しているような、秘密基地のような場所じゃあごございやせんぜ」


「じゃあ、どんな場所にあるの?」


「どんなと言われても困りますが――――アレクサンドリアの工業地区六番地。その六番地で一番大きな造船会社“トールワーカーズ”。その造船会社の造船ドックが、あっしらニーズホッグのアジトです」


「造船会社“トールワーカーズ”――――空賊なのに会社を経営しているの?」


 マリーは空賊が経営している会社があるなんて不思議で信じられず、一体どれくらい性質(たち)の悪い会社なのか、本当に客が来るのか、あれこれ思案していた。


「ええ、あっしら空賊は――――もともと自分らの船は自分で造る、それが信条なんで、その造船の技術をいかして、いろいろな船を造ってるんですわ」


「あなたたち空賊に船を造ってもらいたいなんて、人いるの?」


「ええ、そりゃあもちろん。今じゃ、六番地で一番有名な造船会社です」


 ホズがそう言うと――――


「何てったって、王室からも依頼がくるぐらいさね。うちらトールワーカーズは、腕のある造船技士の集まりなんさ」

 

 ホズの隣に座っている、金色のくすんだ髪の毛に猫のような釣り目のチェシャが、振り返り会話に入ってきた。


「へー、すごいのね」


 マリーは王室からも依頼が来るなんてと、驚いて瞳を丸くした。


「まぁ、それもこれも全部アニキのおかげなんですけどね」


「ヨハンの?」


 それを聞いたマリーは、隣で静かにしているヨハンに視線を移した。


「そうそう。うちらが、今もこうしてのん気で気楽にやっていられるのは、本当にアニキおかげさね」


「どんなふうにヨハンのおかげなの、聞かせてよ?」


 マリーはもう睡魔なんて完全に追い払って、今はヨハンの昔話を聞きたくてしかたがなくなっていた。


「ええっと、話せば長くなるんですが――――」


「お前たち、余計な話はしなくていいんだよ」


 ホズが話しをはじめようとしたところで、ヨハンがいきなり話に割り込んで、話の腰を折ってしまった。

 それを聞いたマリーは、憤慨して言った。


「ちょっと、いいじゃない? あなたの昔話ぐらい聞いたって」


 それを聞いたヨハンは顔を持ち上げ、翡翠の瞳を鋭く輝かせた。


「とにかく、この話は打ち切りだ。それに、もう着くだろう? 君たちご自慢の“トールズワーカー”に。違うかい、ホズ?」


 語尾に込められた不思議な力に釘を刺されて、ホズだけでなく他のメンバーや、マリーまでも押し黙り、揺れる車内には重く冷たい空気が流れた。そしてホズは外の様子をぎこちなく見回して、おそるおそる口を開いた。


「アッ、アニキ、もう着きます。今、造船ドックの目の前です」


 ヨハンはそれには答えず、黙りこくったままだった。


 次第に蒸気自動車は、アーケード型に大きく口を開いた造船ドックの車止めまで向かって行った。


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