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017 大空賊ニーズホッグ

「アニキ、アニキー」


 ヨハンのアジトに大勢の男たちが流れ込んでくると、先頭の大男が太い声を張り上げて叫び始めた。大きなゴーグルを額にかけた大男は身長がとても高く、部屋の入口の扉も頭を低くしてくぐらなければならないほどだった。体格もよく筋肉質で、顔は角張っていてジャガ芋のようだった。


 そして後から入って来た男たちも、みんな体格がよくがっちりしていたが、しかし一様に悪人面だった。


 そして悪人面の男たちは、ヨハンの部屋の中で大声で話はじめた。ロキが知り合いだと言わなかったら、マリーは間違いなく強盗と勘違いしただろう。


「少しは静かにしたらどうだ、女性の前で恥ずかしくないのか?」


 ヨハンのアジトの中で騒ぎ散らす男たちにロキが低い声で言い放ち、その声を聞いた大男たちは一瞬で静かになった。そして女性という言葉に反応したかのように、大男たちは一斉にマリーの方に視線を移して、まじまじとマリーを眺めはじめた。


 まるで生まれて初めて女性を見たかのような熱い視線に、マリーはたじろぎながら後ずさりした。


「ロキのダンナ、誰ですかい、このべっぴんさんは?」


 ジャガ芋の大男がロキに尋ねると、周りの大男たちもガヤガヤと騒ぎ始めた。


「彼女の名はマリー。お前たちには関係は無い女性だ。ヨハンならもう直ぐ戻るだろうからおとなしく待っていろ」


 それを聞いたジャガ芋男は口の端を大きくつり上げて、悪党っぽい笑みを浮かべた。マリーはその笑みに嫌な予感を感じてさらに身をたじろがせた。


「いやー、アニキもついに嫁さんをもらいましたか? こりゃめでたい。おいっ、ヤロウども、今夜は宴だ――――」


 ジャガ芋男がご機嫌な声で叫び出すと、他の男たち奇声を上げて叫び出してせかせかと動き始めた。


「ちょっと、ちょっと――――」


 ジャガ芋の発言を受けたマリーは抗議しようと声を上げてみるが、八人からなる大男たちの張り上げたような野太い声に阻まれて、マリーの言葉は大男たちの耳にはまるで届いていなかった。


 マリーは顔をしかめて、大男たちに向かって行こうとしたのだが、いつの間にかマリーの足元まで来ていたロキが――――


「放っておくといい。彼らはどこでもお祭り気分だ。そのうちヨハンが帰ってくるだろう」と、言ってマリーの気を静めた。


「何なの、あの人たち?」


 マリーはしかめた顔のまま訝しげに大男たちを睨みつけた。


 一方の大男たちは、そんなマリーの不機嫌な様子などお構いなしに、ヨハンのアジトで好き放題やり始める。


 まず部屋の中心に置かれた机を動かしてスペースを作り、大男たちはそこに座り込んだ。そして蛇顔の手足の細長い男が、背負っていた大きい袋の中から葡萄色の中見の入ったビンを何本か取り出して、仲間たちにそのビンを配り始めた。マリーはそのビンの中身が何なのか直ぐに理解した。


「アニキにー、かんぱーい」


「かんぱーい」


 ジャガ芋が全員にビンが回ったのを確認して乾杯の音頭を取り、大男たちはビンの中身を美味しそうに飲み始める。そんな光景を、マリーはただただ唖然と、そして呆然と眺めていた。


「おいっ、何かつまみはねえのか?」


 大男たちが一本目のビンをものの数秒で空にしてしまうと、ジャガ芋が陽気なようすで隣のヒゲもじゃの男に尋ねた。するとヒゲもじゃの男は立ち上がって部屋の中をうろうろと物色し始め、先ほどマリーが棚に移しておいた食材やお菓子を発見してダミ声を上げる。


御頭(おかしら)、お菓子ならありますぜ?」


「おうっ、なんでもいいから持ってこい」


 御頭と呼ばれたジャガ芋男は、手を叩いて意気揚々と声をあげる。すると、ヒゲもじゃは棚の中にあった食材やお菓子を全て持ち出して、それを男たちの輪の中にドンと置いてみせる。


 男たち目の前にあらわれたおつまみの数々に目を光らせて、そしていただきますも言わずに食べ始めた。つまみと称してマリーが買ってきた食材やお菓子を出された男たちは、それを味わいもせずガツガツと無遠慮に食べ続ける。


 その光景を、ただ黙って見ていたマリーだったが、自分が楽しみにしていたお菓子が次々と大男たちの胃袋の中に吸い込まれていくのを見て、しだいに怒りが込み上げ、そして我慢ができずにいた。


 宝石箱のように色とりどりなマカロンの詰め合わせや、ふんわりと焼き上げられたマドレーヌ、こんがりと焼き色のついたアップルパイが、まるで煙のように消えていってしまうと、とうとうマリーの抱えていた爆弾が爆発してした。


 堪忍袋の緒が切れてしまったマリーは、顔を真っ赤にしながら袖を捲った腕を組んで胸を張り、大男たちのど真ん中に進んで行った。


「ちょっと、あんたたちっ、いったい、どう言うつもりなのよ? 人の家に勝手に上がり込んで、こんな好き放題やって――――」


 マリーは腕を組みながら男たちの輪の中に入り、仁王立ちでぴりゃりと大男たちを叱りつけた。それを聞いた男たちは急に静まり返り、互いに点のようになった目を合わせた。


「しっかり聞きなさいよ、そこのジャガ芋あたま。まずは、手に持ったそのビンを降ろしなさいっ」


 マリーの爆弾の落下地点はジャガ芋男だった。怒りの矛先を向けられたジャガ芋は、まるで母親に叱られる子供のようにしゅんとして、マリーの話をただ黙って聞いていた。心なしか身長が縮んだ気さえした。


「あんたたちが勝手に食べているそのお菓子はね、私が楽しみに取っておいたお菓子なのよっ? 今日買い物に出かけて、初めて買ったお菓子なのよっ? 本当に楽しみにしてたんだからね。いったい、どうしてくれるのよっ」


「はいっ、すいません」


 マリーのもの凄い剣幕に、ジャガ芋は驚いてただ謝ることしかできずにいた。そして大きな胸板と筋肉をもつ体を小刻みに震わせながら、広い額にたまのような汗をかいていた。


「あやまっても、食べちゃったお菓子はかえってこないのよ。それより、あなたたちはいったい何ものなのよ? いい年して汚い格好をして? あなた、髭ぐらい剃りなさいよっ」


 マリーの怒りの業火は、ついに黙りこくり小さくなって聞いていた他の男たちにも飛び火しはじめた。


「あの、僕たちは――――」


 ジャガ芋が弁解しようと泣きべそをかいたような声をだすと――――


「黙って聞きなさい。いま、私が話しているのよっ」


 マリーは鋭い視線と剣幕で牽制する。


「はいっ、すいません」


 ジャガ芋は再び小さくなって黙り、そして大男たちはいっせいに俯いた。まるでこのまま鍋の中で煮込まれてしまう野菜たちのように。


 マリーの嵐にのような罵声の雨霰(あめあられ)を浴びつづける大男たちは、まるで雨に打たれつづけて冷え切ってしまった捨てられた子犬のように震え、そして脅えきっていた。


 すると――――


「あははははははははははははは」


 突然、マリーの背中から甲高い笑い声が聞こえてきた。そして捨てられた子犬のように、蛇に睨まれた蛙のように静かになって脅えた大男たちは、目を輝かせて笑い声の主に救いの視線を向けた。


「アニキっ」


 アニキと呼ばれた笑い声の主は、大男たちの悲鳴のような声を聞いても、戸口に手をついてもたれ掛かるようにしたまま大きく笑っていた。


 笑い声の主は顔をあげ、銀色の美しい髪をかきあげると、意地の悪い表情を浮かべて、大男たちに哀れみの言葉をかけた。


「ホズ。荒れ狂う空の龍と恐れられた、ローラシア大陸を股にかける大空賊“ニーズホッグ”――――その次期、頭領(とうりょう)ともあろう君がたかが女の子一人にてこずっているなんて、トールが知ったら何て思うだろうか?」


「アっ、アニキ、それはちょっと、親父には勘弁してくださいよ」


 ホズと呼ばれたジャガ芋顔の大男は、泣きそうな声で訴えかけた。


「じゃあ、さっさと部屋を片付けてくれないかい? 君らのせいで、僕までマリーの怒りの被害を受けるのはごめんだ」


「はっ、はいっ」


 それを聞いた男たちは一斉に立ち上がり、テキパキと部屋の片付けを開始した。


「なによ、怒りの被害って? それにヨハン警備隊に捕まったんじゃないんだ」


 振り返って帰宅したヨハンを認識したマリーは、残念そうに言った。


「警備隊ってなんのことだい?」


「なっ、何でもないわ――――」


 マリーは慌てて話題を変えた。


「それより、あの人たちは何者なのよ?」


「彼らかい?」


 ヨハンはせっせと部屋を片付ける男たちを一瞥(いちべつ)し、視線をマリーに戻してから言葉を続ける。


「さっきも言っただろう? 彼らは、空賊だよ。それも“ニーズホッグ”と言うとびきり大物のね」


「空賊って――――悪い人たちじゃない?」


 マリーは空賊と呼ばれた、そして今は部屋の片付けをやかましく騒ぎながらおこなっている男たちを、疑わしげな目でじとりと眺めた。


 マリーが知っている――――実際に見たことはないが、空賊と呼ばれる存在は、飛空挺や船を襲って物資や貴重品を盗み、時には船まで奪ったり、さらには町を侵略したりと、悪事を尽くす恐ろしい存在だと聞かされていた。


 しかし今、マリーの目の前にいる、荒れ狂う天空の龍と呼ばれ恐れられている大空賊は、とても悪党にも大物には見えなかった。


「でも、あの人たち、ちっとも悪そうには見えないわね?」


「別に空賊だから悪党だと思うのは偏見さ。マリー、たまたま空賊には悪党が多いだけさ、まぁ――――」


 もう一度、ヨハンは空賊たちに視線を移した。


「彼らが善人とは言い難いけどね」


「アニキ、そりぁあないっすよ?」


 キッチン近くのゴミを拾っていた丸坊主の男が、嘆くようにヨハンに訴えかけた。丸坊主の男は屈んでいた体勢から立ち上がり、マリーの目の前までやって来ては、背筋をぴんと伸ばした姿勢で大きな口を開いた。


「おいらマッドって言います。さっきの(あね)さんの説教、マジ感動したっす。ホズのお(かしら)にあそこまで口を聞ける人なんて、アニキとオヤジしか知らなかったす」


 マッドと名乗った丸坊主男の言葉に、マリーは驚いて言葉を失ってしまった。

 当のマッドは、マリーのことを、輝くような円らな瞳で、尊敬の眼差しで見つめていた。


「おめぇ、なにを抜け駆けしてやがる」


 ホズが大声で叫ぶように言うと、他の男たちもみんな一斉に、マリーの目の前まですごい勢いでやって来ては、ジャガ芋のホズを筆頭に横一列に並び、勝手に自己紹介を始めた。


「あっしはホズ、こいつらの頭やってます。アニキにはい、つもお世話になっています。姉さん、さっきは本当にすいませんでした。どうぞ、これからもよろしくお願いします」


 ホズは大きく頭を下げ、そして大き過ぎるごつごつした手を差し出した。


「ええ。その、よろしくね」


 マリーは差し出されたホズの手を取って握手をし、仕方なくホズと和解をした。


「僕はハッターっていいます。姉さん、よろしくお願いします」


 蛇顔の男がホズに続き、そして次から次へとマリーに自己紹介を始め、マリーは一人ずつ差し出された手を取り握手をしていった。


 ニーズホッグという名の八人の空賊たちは、ホズを頭に、マッド、ハッター、マーチ、ヘヤ、ドー、マウス、チェシァ――――みんな、マリーのことを姉さんと呼び慕っていた。マリーは恐れられている空賊たちに慕われているという衝撃的な事実に、違和感と複雑な感情を抱き、それでどこか憎めない彼らの雰囲気に呑みこまれて、いつしか彼らに対しての偏見や違和感は消えていた。


「さすがだね、マリー。僕だけでなく、ニーズホッグのメンバーまで手なずけるなんて――――君にしかできない芸当だよ」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるヨハンの白々しい物言いに、マリーは不満げな顔で言葉を返した。


「全部あんたのせいよ。ねぇ、ちょっと、あなたたち? その、姉さんはやめてよね。私はあなたたちのお姉さんじゃないんだから」


 マリーがニーズホッグのメンバーに向かって声をかけると、ニーズホッグのメンバーは皆嬉しそうに声を揃えて言葉を返した。


「はいっ、姉さん」


 マリーは額に手をつき、おもいっきり肩を落としてため息をついた。

 

 その様子を、くすくすと笑いながら楽しそうに眺めていたヨハンは、一転その表情から笑みを消して、真剣な顔でホズに尋ねた。


「ところで、いったい君たちは何をしにきたんだい? まさか、ただ騒いでマリーを怒らせに来た訳でもないだろう?」


 それを聞いたホズは、しまったと顔をゆがめて、あたふたと慌てはじめた。


「たっ、たっ、たっ、たいへんだー。オヤジに殺される。おいっ、野郎ども――――ドックに戻るぞ」


 丸めた紙屑のような顔を真っ青にしたホズが、慌ててメンバーに声をあげると、他のメンバーたちも急に慌てはじめる。そして大きな声をあげて勢いよく扉の外へと、この部屋に入ってきた時と同様に、雪崩のように出て行った。


「で、君たちは何をしにきたんだ?」


 ヨハンが苛立ったように出て行こうとするホズの背中に声をかける。

 ホズは即座に振り返り、またもしまったと歪めた顔でヨハンに言葉を返した。


「すいません。忘れてました。アニキ、オヤジが呼んでるんです。ちょっくら、あっしらと一緒に来てくれませんかい?」


「おいおい、僕を置いて出て行こうとしたのかい? 呆れた連中だな」


 肩を空かしてヨハンが言うと、それを聞いたホズは申し訳無さそうに「へへへ」と、笑顔をつくり、ゴーグルのかかった頭をかいた。


「まぁ、いい。トールの用事なら、僕が出向かない訳にはいかないだろう」


 ヨハンは面倒臭そうにそう言うと、マリーに顔を向けた。


「マリー、悪いけど、また出掛けなくちゃいけなくなった。君の手料理を食べたかったけど、明日中には戻るよ」


 それをきいたマリーは頭を少しひねり、ニッコリと笑ってホズに声をかけた。


「ねぇ、ホズ、私もついて行ってもいいかしら?」


 それを聞いたホズ――――ではなくヨハンが、驚いて声をあげた。


「何言っているんだい? おとなしく待っていてくれよ。今から向かう場所は、空賊ニーズホッグの本拠地で、とても危険な場所なんだ」


 ヨハンは必死にマリーの同行を回避しようとするが、当のマリーは――――


「ねぇ、ホズ、大丈夫よね? 頼もしいあなたが一緒なんだから、きっと安全よね?」


 行く気満々だった。


 それを聞いたホズは、真っ赤にした顔を上げて、鼻息を荒くして言う。


「安心ですっ。あっしが、姉さんをしっかり守りますんで、ヘラブナに乗った気持ちでいてくだせぇ」


「大船ね。ありがとう、ホズ。とっても頼りにしてるわ」


 マリーがホズに片目をつぶって応えると、ホズは天にも昇る気持ちで意気揚々と部屋を出て行った。


「さぁ、行きましょう」


 マリーはとびっきりの笑顔でヨハンに声をかけ、ホズの後に続いて部屋を出て行った。

 ヨハンはその場に崩れそうにうなだれて、先行きを不安そうにマリーの背中を眺めていた。


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