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016 便利で地味なルーン文字

 買い物に出たマリーとロキが、ふたたびヨハンのアジトに帰ってくる頃には、マリーはもうすっかりへとへとになっていた。


「あぁ、疲れた」


 マリーがぐったりとした手つきでノブを回そうとすると、扉のノブはとても硬くピクリともしなかった。


「ロキー、鍵が掛かってるわよ?」


 そうは言ったものの、ライオンのドアノブのどこにも鍵穴らしきものが見当たらないので、マリーは首を傾げた。


 そしてこの部屋に訪れてから、ヨハンもロキも鍵を使っていないことを思い出した。


「この建物って、鍵なんてついていたかしら?」


「この部屋に鍵はない」


 マリーが振り返って言うと、大きな紙袋をたくさん抱えたロキが言った。


 ロキの顔は、珍しいという理由でついついマリーが買い過ぎてしまった食材の袋に埋もれて、ちっとも見えなかった。ロキは紙袋を一つをマリーに渡し、空いた右手をノブの上に書かれた――――“不思議な文字”の上にかざした。


 そして何食わぬ顔で扉を開けて、ロキは再びマリーに渡した紙袋を受け取った。


「ねぇ、今のも魔法でしょう? あのノブの文字は魔法の文字ね?」


 部屋に入るなり、マリーは興味津々にロキに尋ねる。


「あぁ、その通りだ。ノブの上に書かれた文字は“ルーン文字”と言って、古い魔法使いが好んで使う“魔法の文字”だ」


「“ルーン文字”?」


 マリーは瞳の中に輝く星を浮かべながら、追い打ちをかけるように更に質問をぶつけた。


「そう、魔力無きものには読み解くことができぬ、魔法の暗号とでも言えばいいだろうか。“ルーン”は24の文字からなり、それぞれのルーンごとに意味をもつ。そして、そのルーンを刻んだものに、魔法を発現させる効果がある。簡単にってしまえば、最も簡素化された一工程の魔法陣といったところだろう。それに、ルーンは刻んだルーンだけでなく、刻んだものの解釈や意思によって、その効果を変化させる――――」


 そう言って、ロキは玄関に視線を向ける。


「あのドアノブのルーンだが、あれには――――私たちの意志なしには、あの扉は開かず、そして侵入者を寄せ付けない力が込められている」


 それを聞いたマリーは、書斎机の部屋にある多くの本が、ルーンによって記された魔法の本だということに気がついた。そして、その素敵なルーン文字の本を読むことができないなんてと、マリーはとてもくやしく思った。


 ロキはたんたんと紙袋を台所の脇に並べ、それが終わると紫色の光を発しながら再び黒い子猫の姿へと戻ってしまった。マリーはその光景を終始、興味津々な様子で眺め、ロキが子猫の姿に戻ったのを確認すると、また質問の雨を降らせた。


「ねぇ、ルーン文字のことだけど、古い魔法使いが好むってことは今の魔法使いはあまり使わないの?」


 ロキは紫色の光の羽をはためかせて机の上まで行くと、ヨハンのように嫌な顔をせずに、マリーの質問に答えはじめた。


「たしかに、今の魔法使いはあまり使わないだろう。ルーン文字は解釈が複雑な上に、高度な魔法の知識を必要とする。ルーンを使いこなすには、24ある全てのルーン文字を理解しなければならず、その上ルーンの効果は大きくない。まぁ、それ以前に今の魔法使いはルーン文字の存在すら知らないだろう」


「不便なのね、それに地味?」


「地味なのは、確かだろう。本来魔法とは、手間と時間をかければかけるほどにその効果をましていくものだ。複雑な魔法陣ともなれば三日三晩かかることもざらではない。ルーンとはたった一つの文字で魔法を起こすのだから、それが大きな効果あらわれないのは当たり前だろう。一工程の魔法とはそういったものだ。しかし不便と言う意味は間違っている、使いこなせれば逆に便利だ」


 ロキは言葉を一端止め、大きく伸びをしてみせた。


「久々に人間に変身したせいで、少々疲れた。少し眠らせてくれ」


 ロキはそのまま瞳を閉じ、グッタリと横になってしまった。

 

 そんなロキの姿を見て、マリーは買い物につきあわせたうえに、さらに一日中ロキを連れ回してしまったことを申し訳無く思った。


「ロキ、ごめんなさい。私のせいで疲れちゃったのね?」


 マリーが謝ると、ロキは紫色の瞳を片方だけ開いた。


「久しぶりに女性と町を歩いたので緊張しただけだ、マリーのせいじゃない」


 その言葉を聞いて、マリーは少しだけ頬を緩めた。


「優しいのね」


 ロキはそれ以上何も言わず、静かに眠りに就いた。


 それからマリーは、買い物で調達した食材を棚へと移しはじめた。


 色とりどりで、丸くてかわいらしいお菓子など――――マカロンや、マドレーヌ、アップルパイは、直ぐに手の届く所、直ぐに視線を向けて幸せな気持ちになれる場所に飾って、マリーは夕食の準備へと取りかかりだした。


 先程市場で買ってきた子牛の肉とトマトを使用して、マリーは今晩の夕食に子牛のトマト煮込みを作ることにした。きっとヨハンはハラペコになって帰ってくるだろうと思い、マリーは一生懸命に料理を進めるのだが、マリーが料理を開始してずいぶんと時間が経っても、ヨハンは一向に帰ってこなかった。


 外はもう太陽が沈み、月が顔を覗かせていた。いったい、ヨハンはこんな時間まで何をしているんだろう? マリーは鍋の中身がことことと奏でる音を聞きながら、ヨハンが外で何をしているのか色々と空想してみることにした。


 マリーが思うに――――ヨハンはきっと、さっき町で見かけた豹柄の服のマダムのような人にこき使われているのかもしれないと思った。香水の匂いが鼻をつままなければいけないぐらいの酷い部屋の中で、せっせと魔法をかけているのかもしれない。それとも、あまりに魔法使いとしての仕事が来ないから、どこかでせっせと働いているのかも。それも大きな家を建てるために、一生懸命木材を運んでいたりして。それでもなかったら、魔法の法律を破ってしまったから、牢屋に入れられてしまったのかもしれない。帰ってくる途中に歩くのが面倒臭くなり、箒で空を飛ぼうとしたところを警備隊に御用になってしまったりして、今頃お腹をぺこぺこに空かしているのかもしれないなあ。


 マリーは空想の世界に翼をはためかせて、自由に空想の大空を飛び回った。


 マリーは、ヨハンが警備隊に捕まってしまったかもしれないお話しが一番のお気に入りになった。もしも捕まって牢屋に入れられていたら、ヨハンの身柄の引き取り人として自分が行かなければいけないもかもなどと考えて、一日ぐらい牢屋の中で過ごさせるのも悪くないなあ、牢屋の中でがっかり肩を落としているヨハンを思い浮かべては、マリーは上機嫌になっていった。


 そんな時だった。


 ちょうど鍋の中身が煮え、マリーが味見をしようと小さなスプーンに手を伸ばそうとした時――――


 突然、玄関の扉からドンドンと激しいノックの音が響いた。マリーは一瞬出るべきか迷い、頭の中では本当に警備隊だったらどうしようと考えて不安な気持ちになった。するとノックの音はさらに激しくなり、外からは大勢の話し声が聞こえて来た。


「安心して良い。どうやら私たちの知人のようだ」


 いつの間にか目を覚ましていたロキが、紫色の瞳で扉を睨みつけていた。すると玄関の扉は自然に開き、開いた扉からは大勢の男たちが雪崩のように、部屋の中に入り込んで来た。


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