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015 それと、本日のおすすめのジェラートを一人前

 マリーははじめてゆっくりと歩く王都の町並みに、今にも走りだしてしまいそうな気持ちだった。


 年頃の少女の心を踊らせる町並みはとても賑やかで、至るところで人々の話し声や笑い声が聞こえて来た。


「賑やかな町ね?」


 マリーは煙を上げながら道路を走る蒸気自動車の煙の後を追いながら、石畳みの街路を跳ねるように歩いた。そして、ずらりと並ぶ商店のウィンドウに毎回自分の姿を映してみては、その度に嬉しそうに頬を緩めていた。


 マリーは今にもスキップでもしたい気分だった。


 そんなマリーの直ぐ後ろを、黒づくめでいかにも無愛想な表情のロキが、人を寄せ付けない異様なオーラを出しながら、音も立てずに歩いていた。そんなロキの物々しい雰囲気に、マリーは不安を募らせていたのだが、そんなマリーの思いとは裏腹に、すれ違う人々はロキになど目もくれず、気にする様子など全くなかった。


 それもそのはずだった。


 町にはロキよりももっと不思議な格好をしている人や、人相の悪そうな人たちで溢れかえっていた。


 金色のお祭り衣装の人や、豹柄の毛皮に身を包んだ化粧がこれでもかと言うぐらい濃い淑女、前身を真っ黒なローブで覆い隠した人たち、真昼間から酒に酔って奇声を上げる中年の男性、鎧を着込んだ悪人ずらの兵士、さらに広場には大道芸人のピエロまで、町中おかしな人だらけだった。


 そんなすれ違う人たちを、マリーはもの珍しそうに、そして時折笑みを浮かべて眺めながら進んでいく。もう夕食の食材を買うことなどすっかり忘れて、アレクサンドリアの町を宝探しでもしているように探検して行った。


「ねぇ、ロキ、あの大きな建物は何なの?」


 マリーがそう言って指を指した建物は、町のどこにいても目にすることのできる、巨大な円蓋(えんがい)の屋根の建造物だった――――その建物は無数の宝石が配されたように輝き、コバルトブルーとエメラルドグリーンの二層に別れ、幾何学的な模様があしらわれた輪が、円蓋の屋根の周りを幾重にも取り巻いていた。


 巨大な建造物は、こんなに離れて遠くに見えているのにとても大きく、いかにあの円蓋の建物が巨大かは容易に理解できた。


「ああ、あれは無憂魔宝宮(グリモ・サンスーシー)。この国の主要機関を全て集めた宮殿だ」


「お城なの? じゃあ、ヨハンが助けたお姫様もあそこに住んでるのね?」


 マリーは夢見心地で、無憂魔宝宮(グリモ・サンスーシー)の大きな丸屋根を眺めた。


「いや、王族など王室関係者は無憂魔宝宮(グリモ・サンスーシー)から少し離れた、水晶宮(クリスタル・パレス)と言う別の宮殿に住んでいる。あそこには、ほとんど国の役人しかいない」


 マリーは歩きながら、無憂魔宝宮(グリモ・サンスーシー)の天にまで届いてしまいそうな壮大な面持ちに見とれ、もっと近くで無憂魔宝宮(グリモ・サンスーシー)を眺めて見たいと思った。


「ねぇ、ロキ、あの建物のもっと近くまで行けないの?」


「残念だが、それはできない。あの無憂魔宝宮(グリモ・サンスーシー)があるのは一番地。政府機関の中心地だ。一般市民は勿論、国家魔法使いといえど容易には入れない」


 ロキは無愛想な顔で答えた。


「そうなんだ。それにしても町に住んでる人たちが入れないなんて迷惑な場所なのね」


 少し残念そうに、マリーは言葉を発した。


「一番地だけではない。二番地から四番地までも、一番地と同じように一般市民は入ることを許されていない」


「そうなの、それも政府の機関っていうのがあるの?」


 マリーは話の主旨を理解していないような口ぶりで、後ろを歩くロキに尋ねた。


「そういうことだ。二番地から四番地までは、国の政府施設や研究所、さらには刑務所まで揃っている。一番地を中心にし、それを囲むようにして二番地、三番地、四番地があり、その総称として無憂魔領域(グリモ・ガルド)と呼んでいる」


「ミッドガル、なんか怪しそうな所ね?」


 マリーは目を細めて一番地の方向を見つめた。


「実際、怪しい場所だ。ローランド王国だけでなく、ローラシア連合――――“白獅子”の総称のような場所だ、魔法省の本部もあそこにある。大陸の全ての機関が揃っているのだからな」


 ロキが発する難しい単語の数々に、ついにマリーは頭がこんがらがって訳が分からなくなってしまった。結局、マリーは話の大部分が理解できないまま、ただミッドガルには入れないことだけを理解して他の話題に移ることにした。


「ねぇロキ、後でカフェに入ってみてもいい?」


「ああ、私は構わない」


「本当? 私、昔から憧れてたの、一度でいいからおしゃれなカフェに入ってお茶を飲むの」


 マリーは瞳を輝かせながら嬉しそうに言った。


 それからしばらく歩き、マリーは広場にある小さなカフェに入ることにした。ヨハンのアジトを出てからもうずいぶんと時間が経ち、はしゃいで町を探検していたマリーもそろそろくたびれはじめ、空高く浮かんでいた太陽も、そろそろ家路へと向かうため傾き始めていた。


 賑やかな広場の一角にありながら、静かで落ち着いた雰囲気のカフェテラス。


 マリーはいろいろなカフェを見て回ったあげく、この落ち着いたカフェに入ることに決めた。マリーは一大決心のように店の中に入ると、黒いエプロン姿の店員にテラス席に案内された。そしてそわそわしながらマリーは席に座ると、おそるおそるメニューをのぞきこんだ。マリーは落ち着き払ったロキとは違い、と言ってもロキはどんな時でも落ち着いているのだが――――マリーはまるで落ち着きがなく、たいへん緊張していた。


 マリーは耳打ちするような小いさな声で、恥ずかしそうにロキに尋ねた。


「ねぇ、こういう所って、どんな風に注文すればいいの」


 マリーの言葉に、ロキは一瞬穏やかな笑みを浮かべてみせ、そして直ぐに表情を元に戻した。

 それを見たマリーは、唇をとがらせて不機嫌そうに小声で言う。


「あっ、笑ったわね? どうせ、ロキも私のこと田舎の娘だって思っているんでしょう」


 マリーがロキに不服を申し立てていると、マリーの後ろからエプロン姿の店員が注文を取りに現れた。


「お客さま、ご注文はお決まりでしょうか?」


「えっ――――」


 マリーは突然の不意打ちに驚き、何と言えばいいのか分からずにしどろもどろしていた。


「あの、その、あ、ああ――――」


 マリーが顔を赤くしながらパニック状態に陥っているのを、少しだけ楽しそうに眺めていたロキは、ついに助け舟をわたすことにした。


「本日の紅茶とホットミルク。それと、本日のおすすめのジェラートを一人前。以上だ」


 ロキはすんなりとスマートに注文を済ませ、店員も何事もなかったように注文を聞き終えて去って行った。マリーはそんなロキに瞳をじろりと細め、赤くなった頬を膨らませた。


「もっと早く助けてよね。緊張したじゃない」


「すまない。あまりにもマリーが必死だったので、つい楽しんでしまった」


「ロキってあんがい意地悪なのね」


 その言葉にロキは答えず、かわりに意地の悪い笑みで答えた。ロキがマリーに向けた笑みは、ヨハンが見せる笑みにとてもよく似ていて、そのことが余計にマリーには気に入らなかった。マリーは不機嫌そうにロキから視線を外して、広場を眺めた。


 そして広場で休憩しているおばさんの買い物袋を見て、マリーはハッとあることを思い出した。


「あっ、食材買うの忘れてた――――」


 この後、マリーとロキは食材を求めて、再び町の喧噪へ身を投じた。

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