第漆話 豪雨のち晴れ
あの後の事について一応説明。
床が壊れてしまったため、早急に処置をした。「ガムテープ」とよぼれる強力な接着剤に似ても似つかない物で代わりの板を固定するという本当に早急過ぎる処置をした。ほとんど手抜きと言っても過言ではない。当の本人はとりあえず満足そうだが……。
そして、今はこうして校舎前で二つの学級同時に管理人の紹介を受けているのであった。
「平吉よ~❤ これから毎日、三六五日よろしく~❤」
(((うわ~気持ち悪いんですけど……)))
その場にいる生徒どころか、教師達も心の中でそう思った。
平吉さん……。たぶん、その性格じゃなかったらすげえ人気出ただろうな。可哀想な人だ。こんな人に哀れみを掛ける俺も可哀想だけどな。
「男子の皆は毎日私が誰かを……。あ、何でも無いわ~❤ 忘れてね❤」
(((忘れられるかぁぁぁ)))
平吉の言葉にこの場にいる男性全員がハモる。無論、心の中でだが。
これは本格的に気持ち悪くなりそうだ。すでに何人かは立ちながら逝ってしまっているけどな。それにしても、女子は良いよな~。平吉さんは絶対男性好き……なんだから狙われない女子が羨ましく思う。こんなときだけでいいから女でいたいと心から思うぞ。割と真面目に。
「女の子も私と城を築きましょうね❤ ……大人になるまで」
(((ウチらも興味持たれてたぁぁぁ)))
(((どんまい!)))
平吉の言葉に女性達も当然のごとくシンクロした。心の共鳴だけは何気に良いこの二つの学級。
女子にしろ男子にしろ変わらないようだ。つまり一言でいえば逃げ場はどこにもないという事になる。まじめに最悪だ。
「冗談ではない話は置いといて……」
(((冗談じゃ無いのかよ……)))
それは冗談で遭ってほしかったと思う一同。しかし、これが現実なのだ。どうやっても回避することができないのが現実。
一同が現実に絶望している時に平吉は話しだした。
「ここの校舎は基本的にアタイが管理しているわ~❤ だから変に改造とか改修はできないから気をつけてね❤ で、大事なのはここから何だけど、床とかが壊れたら早めにアタイに報告してね~❤ でないと、自己負担で治してもらう事になるから~❤ ……それと、言わないでおくのもダメだからね~❤ 素直に言えば軽くで済むから~❤」
軽くで済む!?一体、何が済むというのか……。だいたい想像できるんだけど。う、そう思うと何だか気持ち悪っ。違う事、違う事――あ、そう言えばさっき床壊れたような……。ヤバい。今、報告したら確実に仕留められる!言わないで――いや、言わない方が危険だった。じゃあ言うべきなのか?でも……。
「……以上で平吉さんの話は終わります。質問がある人はいますか?」
平吉の話が終わり、ここまで進行をしてきた桜田先生が、その場にいる生徒達に聞く。生徒は皆、顔をひたすら横に振るだけだった。一人を除いて。
「……では、火花君」
桜田先生は、恐る恐る手を挙げていた武蔵に声をかける。
しまった!つい、恐怖心で手を挙げてしまった!ええい、こうなったら一か八かでやりきって見せる!
「あの……。この場で言うのもアレなのですが、さっきうちの学級で床を壊してしまいまして……」
「あら~、そうだったの? アタイが後で治してあげるわ❤ あなたの心の床もね?」
平吉の最後の言葉を聞いた途端、武蔵が固まった。
俺、もう終わった……。この人に縛られて死ぬんだぁぁぁ!うわぁぁぁ!
「……では、これで今日の活動を終わりたいと思います。では、全員起立」
武蔵以外の生徒がその場に立ちあがると、桜田先生は「礼」と言い今日の活動を終了させた。終わった後も、言うまでも無く武蔵は固まったままだった。
「今日は疲れたなぁ。……精神的にも肉体的にも」
武蔵は寝間着に着換え、歯磨きをしながら今日の一日のまとめを行っていた。
それにしても今日は疲れた。めちゃくちゃ学園まで距離あるし、いきなり試験だし、戦うし、また移動だし、平吉さんに狙われるし、落ちるし、急所やられるし、穴開けちゃうし、平吉さんにまた狙われるし嵐のような一日だったなぁ……。……はっ!いかんいかん、立ったまま寝てしまう所だった。しかし、明日からこの中のどれかが続く事になると体が持たない。なんとかしないといけないな。
武蔵が悩んでいる時だった。部屋の戸を叩く音が聞こえてきたのだ。
誰だ?って、こんな時間に来る奴なんてあらかた想像できるけど……。
武蔵は歯磨きを手早く終わらせ、部屋の戸を開く。
「はいはい、出て来ましたよーってつばささん!?」
「む、武蔵くん。こんな時間にごめんね? 少し渡したい物があって……」
「いや、別に厄介だとは思ってないから! むしろ暇で暇で仕方が無かったから大歓迎ですよ!」
訪ねてきたのがつばさだったとは思っていなかったのか、武蔵は訂正をするように言い変えた。
「で、その渡したい物と一体?」
「これ何だけど……」
つばさが後ろに隠し持っていた袋を武蔵に渡す。
おお!これは意外と……軽い?白羽乃さんの事だから変なものではないと思うんだけど、何が入っているのやら。
武蔵は袋の中身に興味があったようで、その場で確かめる。
「これは……笹餅?」
袋の中には笹の葉が丁寧に巻かれた笹餅が二つ三つと入っていた。
「そう、笹餅。野菜もらったお礼に」
「あ、ありがとう。でも、なぜ笹餅?」
「わたしの家、甘味処で。えと、こんな感じでしかお礼できないけど……」
「いやいや、十分ありがたいよ。こんな学園の寮で和菓子に会えるなんて思わなかったからさ。本当にありがとう」
武蔵はそう言うと部屋の中に戻ろうとする。
「あと! その……」
つばさがいきなり声を張り上げ武蔵を止める。武蔵はその声に驚き、一瞬体が緊張した。
「これから三年間よろしくお願いします!」
つばさはこれまでよりも一段としっかり芯が入った声で宣言し、礼をした。
「こちらこそお願いします」
つばさに対して武蔵も礼をした。
少年少女の戦命学園生活は今ここに開始したのだった。
第漆話でした。
ようやく入学式初日が終わりました。長かった……。自分だけか。
笹餅は笹団子のことです。まあ、説明しなくてもわかりますよね。
新潟に住んでいるので笹団子は好きです。昔は団子系が好きではありませんでしたが……。
ちなみに「漆」は「なな」と読みます。当て字すぎて申し訳ございません!