第陸話 豪雨ときどき崩落
「……それでは、まず出席確認をします」
学級担任が下の階――つまり二階に落下し、全員が悲鳴を上げた後、救出作業が始まった。
学級担任は当初、頭からの出血がひどかったが、なんとか血も止まり、今はこうして包帯が巻かれた状態で教卓に立っている。……松葉杖で体を支えながらではあるが。
生徒はというと、机も椅子も無いのでその場に腰をおろしている。
「……皆さんいますか? 誰かいない人はいませんか? いないのであればこれで終わります」
学級担任はそう言うと、ただただ黙り込みその場に立ち尽くす。
今のが出席確認なのか?すごく短かったような気が……。俺以外の人も同じことを考えているのだろうか。考えているよな。考えているに決まっている。多分。
「……」
「……」
やがて教室内は沈黙の領域と化す。
外では今もなお雨が降り続いている。やむ気配は全く感じない。むしろ、どんどん勢いは増している。
う……。なんなんだ、この空気。皆、文鎮を置かれた紙のように動かない。先生に至っては石像か何かかと思えないぐらい固まってるんだけど……。この学級はあれなのか?我慢大会でも行っているのか?行っているのであれば、今すぐ即行で終わらせてほしい。出ないと足が死ぬ。
武蔵が心の中で願いを唱えている時だった。この緊迫とした空間の中で学級担任が話を始めたのであった。
「……それでは、私の事を紹介しておきます。私は桜田正志と言います。この校舎では七年間教師をやっていますので、分からないことがあったら気軽に相談してください」
桜田先生は話を終えるとその場でまた無言状態になる。
七年間もここって……。全てを熟知しているということか?となるとすごいな。いろんな意味で……。というか、ストレスとか溜まりまくるんじゃないのか。
「……では、これから清掃を始めましょう」
唐突に清掃開始が言い放たれた。
「煙い(けむい)な」
武蔵は床を箒で掃きながらそう呟いた。
窓ふきをする女子生徒、バレバレのさぼりをする男子生徒、黒板拭きをするつばさ、雑巾がけをする秦。この状態を見て分かるとおり、今は清掃中だ。大清掃中だ。
「それにしても……」
武蔵は足元を見る。そこからは、ミシミシと今にも落ちるのではないかというボロい音が漏れ出している。
掃除をしている時もやっぱ不安になるな。さっきの先生の落下といい、玄関での事といい、ちょいと古すぎないか?学園側も資金よりも老朽化を見据えて切り離したのだろう。今の俺だったら少しそういうのが分かるような気がする。
「武蔵さんどうしたんですか? まだ管理人さんに言われたあの事を気に――」
「していないから! だから変な想像はやめてくれ琵琶之秦!」
雑巾がけをしていた秦が立ち止まっていた武蔵の様子を見て、少しデリケートな事を聞いてきた。が、武蔵はそれを即行で否定した。
「そんなことより、武蔵さんは級長になるんですか?」
「なぜいきなりその話題に?」
「答えて下さい。どうなんですか?」
武蔵が質問に対して躊躇するのも関係なく秦は質問を進める。
「そうだな……。多分、やらないな。そんなにまとめるのが上手いとは言えないし」
「何、当たり前のこと言ってるんですか? ここにいる人達、皆がそうですよ」
辺りから一気に殺気のようなものが武蔵と秦に向けられる。
おい、琵琶之秦。それ以上、喧嘩を売るような事言わないでくれ!関係無い俺にまで被害が来ちゃうだろうが!
武蔵がそう思いまくっていた時だ。
「よけろー」
「ぬわ!」
武蔵の顔面目掛けて、白い玉のような物が飛んできた。武蔵はとっさにそれを緊急回避した。犯人は……まあ、言わなくてもわかるだろうが、後ろでその事を聞いていた男子達だ。
ほらな……!わかってたよ!どうせこうなるってこと読めてたよ!なんで毎回、俺にそういうのがだいたい向かってくるわけ?たまには琵琶之秦とかにやってくれよ!これが毎回続くとなると、胃に穴が開くんじゃないかと思ってしまう。
なお、後ろで被害に遭わずホッとしているつばさがいるのは言うまでもない。
「武蔵さん、大丈夫ですか~?」
「お前はもう少し心配しろ……。そして、満面の笑顔で心配するな腹が立つ」
避けた衝撃で床に倒れる武蔵。その負担がどうやら重かったらしく床からバリバリとした音が奏でられるように漏れ出す。音が聞こえたためか、武蔵はそこから逃げるように立ち上がる。
「そんな怖がりな武蔵さんに良い事を教えます」
「『怖がりな』は余計だ」
「級長になると、学園行事でもあるあれ(・・)の代表になれるらしいですよ」
秦は得意気に武蔵に言った。
武蔵は頭をかしげ秦に聞き返す。
「あれ(・・)だと? なんなんだそのあれ(・・)とは?」
「それは自分で調べて下さい。では」
そこだけは武蔵に厳しい秦であった。子を蹴落とすなんとやら、とはこの事なのかもしれない。
……。聞いている事に対しての答えが答えになっていない。果たしてあれ(・・)とはなんなのだろうか。気になって仕方がない。
武蔵があれ(・・)について思考模索していた時だった。教室の戸が開き、桜田先生が入ってきた。
「……では、みなさん。掃除はやめて、校舎前に集まってください」
と、教室にいる生徒達に言うと戸を閉めてまた去って行った。簡潔に、ただ単にそれだけを言って去っていた。
こんな中途半端な状態で来てくれって言われてもな……。どうするものか。とりあえずはここで止めにしておくとするかな。
武蔵は持っていた箒を清掃用具入れに入れに行こうとし、右足を踏み出す。するとどうだろうかバキッとした音と共に床に穴が空いた。
「え……えっと……」
武蔵は冷や汗をかき始めた。
「あ~。仕事増やしてどうするんですか、武蔵さん」
秦があきれ顔で武蔵に告げる。
負け組壱の清掃はまだ続きそうだ。そして外を見よ。あれだけ降っていた雨が、今ではすっかり晴天ではないか。ただ、それとこれでは話が違うのは言うまででもないのだが。
はあ……やっぱ今日はいつまでも俺の心は豪雨だ。
六話目。早くからくりを出したい。そういう思いしかありません。