第弐拾捌話 農業バスターズ 後編
「秦くんっ!」
つばさの叫び声が、戦場と化した畑に響く。そして、土が勢いよく噴火したかのように、巻き上がった。
つばさは、ただただ呆然としながら見守る。土煙が晴れるとそこには、
「おまえ、だれだ?」
「ぐぬぬぬぬっ!」
そこには、穴檎の攻撃を懸命に受け止める、一人の生徒。火花武蔵の姿があったのだ。
「重いんだよっ!」
「うわぁっ!」
武蔵は渾身の力を出し、穴檎を弾き飛ばす。穴檎は「コロン」、と林檎が転がるように梨瓜の元まで転がる。お林檎ころりん、すっとんとん。まるで昔話のような光景だった。
「武蔵さん、どうして、ここに?怪我は?」
「ああ、それはだな……」
秦の質問に対し、武蔵は考え込む。何やらとっても言いずらそうだった。
「まさか……」
「いや、違う!断じて、脱走をしたとかじゃなくてっ!」
「武蔵様、久々の体解しはどのような感じですか?」
武蔵の背後に男性が現れる。穴檎のような丸々と太ってはいない。むしろとても痩せていた。俊敏且つ軽装な服装からして忍者、もしくは死忍と誰もが思えた。
「ありがとう、未来。ちょうどいい時間に、ここに来ることができた」
「いえいえ。わたくしに礼をおっしゃられても……。小枝子様におっしゃってください」
武蔵は未来と呼ばれる男性のからくりに礼を言う。未来は非常に謙虚なようで、お礼を言われたのにもかかわらず、遠慮をしていた。
「いたいよぅ、梨瓜ぁ……」
穴檎は梨瓜に泣きつき、訴えた。
梨瓜はその場にしゃがみ込むと、穴檎に向き合った。
「あらあら、大丈夫ぅ?どこが痛いの?」
「からだぁ……」
梨瓜に聞かれると、穴檎はすぐに痛い箇所を言った。体、あるいは身体。大分適当な答えだったが、梨瓜は優しく穴檎を包み込む。そして、痛い箇所を母親のような、優しい手つきで撫でる。
「ここかしらぁ?」
「うん、そこぉ……」
「そう。痛かったのねぇ」
「もう、いたいのなおったぁ……。梨瓜がなおしてくれたくれたからぁ」
「そう、よかったわねぇ」
そして、事が済むと、梨瓜は立ち上がり、武蔵にこう告げた。
「へぇ、まだ仲間の坊やがいたのね。それも、「あの子」のご主人だとは、ね?武蔵のぼ・う・や?」
梨瓜は小馬鹿にしたような口調で言うと、持っていた網を見せつける。その中には、泥だらけのつばさと鬼兜が入っていた。
「ワタシの目的はね、この坊や達を菊夜京様に献上するためなの。だから、こんなところで無駄な時間を払っていることなど許されないわけ。お分かりで?武蔵の坊や達?」
武蔵は静かに首を振る。言ってることが分からない、分かるわけがない。
梨瓜はそれを見ると、「にこり」、と、素人ではその裏にある心理に気付かないくらいの恐ろしくも怖ろしい殺気を発しながら笑みを作った。その瞬間、間合いを一気に詰め、武蔵の腹部に強烈な蹴りを入れた。
武蔵は勢い任せにぶっ飛んだが、未来がすぐに後ろに回り、負担を抑えながら掴んだ。
「大丈夫ですか、武蔵様」
「くぅ……。ああ、大丈夫だ。「あの日」よりは全然苦じゃない」
地面に再び着くと、武蔵は火種を構え、次の攻撃に備える。
あのからくり、間違いなく強い。「あの日」の赤姫より、ずっと……。ということは、あの太ってる方も、か。めんどくさいことになってきたな。倒せる……のか?一応、病み上がりだしな……。けど、仲間が今敵の手中にあるし……。ああ、めんどくせぇっ!
辺りに衝撃音が響く。梨瓜の華麗な足技を火種で受け止める。火花が「ジリジリ」と飛び散る。
「やるわね、武蔵の坊や。でも、そんなんじゃっ!」
梨瓜は体を勢いよく、まるで竜巻のようにねじらせ火種ごと武蔵を蹴り飛ばす。
武蔵は勢いよく弾き飛ばされ、穴へ落ちた。
「「あの子」を助けることなんてできないわよっ!」
梨瓜は止めを刺そうと、穴に近づき、見降ろした。すると、
「り、梨瓜あぁぁぁっ!」
穴檎が叫びながら、梨瓜に走り寄っていった。
「あら、どうしたのぉ?」
「おれ、梨瓜がたたかうの、みたくないよぉ……」
「そう。でも、我慢して。ワタシたちの目的は――」
梨瓜が、穴檎に言い聞かせている時だった。突然地面が崩れ、二体まとめて落ちたのだった。
「赤姫のご主人様をなめるなっ!」
いつの間にか穴から出ていた武蔵は、梨瓜達二体を見おろしそう言った。
「梨瓜ぁ。おれ、いたいよぉ……」
穴檎は急に起こった事故に、泣きながら梨瓜にしがみ付く。
「大丈夫よぉ、穴檎。大丈夫だから。……どうやったの?武蔵の坊や」
泣く穴檎の頭を撫でながら、梨瓜は武蔵に恐る恐る問う。すると、武蔵はきっぱりと答えた。
「簡単だ。これだ」
右手に持った火種を梨瓜に見せつける。それを見ると、梨瓜は唖然とした。梨瓜だけではなく、秦も、疾風も、捕まったままのつばさと鬼兜も、全員が唖然とした。
火種。そんな刀でどうやって梨瓜と穴檎、二体のからくりを穴へ落としたのか。全員が息をのんだ。
「土を切り刻んだ。ただ、それだけ」
梨瓜は驚いた。いや、梨瓜だけではない。その場にいた全員が驚いた。
「じゃあな、俺にはまだ仕事があるから」
「ま、待って、武蔵の坊や。あなた達に情報を提供するから、ここは――」
「何言ってんだ?」
武蔵は梨瓜達を見下ろしながら、こう吐き捨てた。
「もうこっちで作戦も決めてるんだ。それを今更、敵の事情で変えろって?虫が良すぎるだろ」
武蔵はそう言うと、網を切り刻み、つばさと鬼兜を救出する。
「あと、仲間はこの通り無事に返してもらったから、心配するな」
武蔵はそれを言うと、高速で火種を梨瓜達に向けて振り切る。
「い、いやぁぁぁっ!」
「り、梨瓜ぁぁぁっ!」
二人の悲痛な叫び声が辺りに鳴り響き、風が吹き抜けた。
武蔵は鞘に火種を入れ終わると、
「よし。それじゃ、続きでも始めるか」
とだけ言い、一人黙々と作業を始めた。
待て待て待て待て待て――。
「「「おいっ!」」」
「うわっ!なんだ、いきなり?」
「なんだじゃねえ!どう考えてもおかしいだろ!」
「おかしいって?」
「あんな美人を倒すとか、自惚れくんの頭は何を考えてるんだ!」
「疾風さん、僕が聞きたいのはそこじゃなくて」
「いや、でも敵だし……」
「武蔵はんも、そんなんいちいち答えなくてええっ!」
「あ、そう、ごめん……」
「あやまらんといて!」
三人は武蔵に勢いよくツッコんだ。
「だいたい、何でいきなりあそこまで強くなってるんだ。このオレを差し置いて」
「日々の努力だと俺は思うな」
「怪我はどうなってるんですか?」
「馬鹿は怪我に気付かないとか言うからな。治ってたんだろ」
「それに、結構網を切る奴何やったの?あれ普通に、助ければ良かったんやない?」
「かっこいいを求めればああいう事をしたい」
三人は怒涛の質問攻めをすると、すっかり疲れ切ってしまった。しかし、武蔵は笑顔だった。全然疲れ切っていなかったのだ。もう息が入っていたのだ。
「自惚れくんのその有り余る体力は何なんだ……」
「いやぁ、嬉しいんだ。こうして、お前達と話せるのが、何より今は嬉しいんだ」
武蔵の言葉に三人は少し戸惑いながら照れる。
「こらぁ、アンタ達っ!何荒しちゃってるのよっ!」
しかし、そこに怒声が入り込んでくる。
武蔵達、四人は怒声が聞こえた方を向く。そこには、怒りを露わにしたカマ臭い平吉がこちらを睨んでいた。
「違うっ!これは自惚れくんが、全て荒しましたっ!」
「何で俺だけのせいになってんの!?敵がいたから――」
「武蔵さん、責任逃れは止めてください。でないと、僕達が、あぅっ!」
「捕まえた……じゅるり❤」
いつの間にか接近していた平吉に、秦は突如襲われた。
「な、自惚れくんが認めないから、関係が無い人物に被害が!」
「俺を犯罪者扱いするな!というか、つばささんは?つばささんは大丈夫――」
武蔵はすぐにつばさを確認した。
「つばさ殿!つばさ殿!」
「……」
遅かったか……。
武蔵は危険を回避するべく、その場から離れようとした。が、
「いらっしゃ~い❤そして、ようこそ❤」
武蔵は、自分の中から何かが出て行くのを感じると同時に、深い眠りについた。




