第弐話 寮に来た。その二
あの後、全員……というよりも武蔵以外が白旗を上げたため、ゴキブリ退治は明日となった。
そして、……結果的にだが、つばさ一人をあの部屋に置かせておくわけにはいかないという事で、疾風がつばさを誘拐的に部屋に入れようとしたが、武蔵にまんまと阻止され、あげくつばさ本人にも拒否られたため、自然的に、必然的に、当然でありながら武蔵の部屋である二一四番室で少しの間同居することになった。
「お、お邪魔します」
つばさが申し訳なさそうに言いながら部屋に上がり込む。
「親が持ってきた野菜たちで少し狭いけど、寝れると思う」
「……ありがと。泊めてくれて」
つばさは照れながらボソボソと呟いた。
「ん? なんか言った?」
ただし、その気持ちは武蔵には伝わらなかった。
ん、今なんか言われたような気がしたんだけど……。気のせいか?気のせいなのか?
「いや! 何でも!」
つばさは慌てて照れ隠しをする。
なんだ。やっぱり気のせいだったか。きっと近くに狐か狸がいたんだろうな。たぶん。
「じゃ、ここでのんびり寛いでいてくれ」
「武蔵くん、どこへ?」
「俺は風呂に入ってくる。なんだかんだで全く入れてなかったからな」
武蔵はそう言うと、出入り口のすぐそばにある風呂場に向かった。
「……くつろげって言わはったやけど、あんまりくつろげへんかいな?」
つばさは一人部屋に残され、その場でただただ武蔵が帰って来るのだけを待つ。
待っている間、少しばかり部屋全体を眺めていた。
「なんやか宿替えて来やはったばっかりん部屋って感じやね~」
部屋にはまだ平包みや海外から導入されたばかりの段ボールが部屋のあちらこちらに置かれている。
眺めている時に棚に飾られている白黒写真が入った写真立てが目に入ってきた。
その写真には、母親の香夏子と武蔵、そして父親と思われる男性が映っている。
つばさはその写真立てを手に取って見る。
「家族写真なんて撮ったーるんやぁ。よろしいなぁ」
つばさはその写真を見ながら羨ましそうに呟いた。
「(でもこの男の人、どこかで見たことがある気が……)」
写真を見ている間に少し心に思い当たるものがつばさにはあった。
この父親と思われる男性に会った事がある気がする。
ただあった気がするというだけなので、断定はできない。が、心の中にはまだ引っ掛かっている。
つばさは疑問顔を浮かべ、頭の上には疑問印が立っていた。
丁度その時、武蔵が風呂からあがり風呂場から出てきた。
水色の寝巻に着替えており、まだ髪の毛は水気を含んでいる。
「待たせたな。ん、なにを見てるんだ?」
「あ、ごめん。勝手に……」
「ああそれね。いいよ別に。見られて恥かしいものでもないし」
「ああ、そう。それにしても写真撮ったことあるなんてすごいね。なんかの記念か何か?」
本当はこの男性についての事を話したいつばさであったが、どうしても言いだせず、つい違う事を聞いてしまった。
「確か父さんの知り合いに写真家がいてそれで練習台として撮られた気がする……あんまり覚えてないけどな」
武蔵は思い出しながらその出来事について話した。
「それより早く寝よう。明日の決戦の為にもな」
「……そやった。うちん部屋にはあいつがおいやしたんやった……」
つばさは黒い塊通称ゴキブリのことを思い出ししゅんとする。
やはり女性――限定ではないが、黒い塊は人間に恐怖を与えるものだと改めて実感する。このつばさの状態からそれが見てとれること間違いないだろう。
「ああ悪い! 思い出させてしまって……」
落ち込んだつばさに武蔵はすぐに謝罪を入れた。謝罪を入れた所でつばさの恐怖で染まった顔に変化など無いが。
ホント悪い。ホントごめん。と、心の中で言ってもあんまり意味無いんだよな。何せそれが現実だから、な?
「と、とりあえず早く寝よう! その方が今は良い!」
「う、うん……そうやね……」
とにもかくにも二人は寝る用意をしだした。
ちゃぶ台を部屋の隅に立て、とりあえずは寝る場所を確保した。偶然と言えば偶然なのだが、仕掛けられていたかのように布団が二つあり、二人のうち一人は足を伸ばせずに寝ることになりそうだ。簡単に言えば、左側では伸ばせ右側では伸ばせない。簡単に、明確に、はっきり言えばこういうことになる。
「じゃ、じゃあうわたしは右で寝るから武蔵くんは――」
「いやいやいやいやいや! つばささんが左で寝るべきだ! その方が良い! 絶対良い!」
つばさがしようとしたことを全力で阻止する武蔵。
こんなか弱い女性にちゃんと寝られない場所で寝てもらうなんてこと出来るわけがない。というよりもそんなことしたら男としてのプライドが俺から消えてしまう!
「でも、やっぱりわたしこっちでいいよ? もともと上がり込んできたのは私だし」
思いがけない発言であっけにとられる武蔵。
ここは強引に、執着的に説得するか。それとも素直に、淡泊的に引くか。選択肢は二つだ。白羽乃さんはこう言っているが、それでも白羽乃さんにはちゃんとした場所で寝てもらいたい。よって俺の選択は、ただ一つ。説得。
「そうは言っても、つばささんは女性だ。女の子だ。よって健康的に寝てもらう!」
「……」
つばさは反論できなくなり、口をつぐむ。
おっ!どうやら要求をのんだようだ。説得をしてよかった、よかった。
「……じゃ、じゃあ」
「ん、どうした? 何か問題でも?」
「せ、せめて枕なしでいいのなら左で!」
なぜそうなる!あかん、まじめにめんどくさくなってきた。早くどうにかして寝かせないと。
武蔵は少し焦ってきた。風呂上がりだからなのかもしれないけれども、頬を伝って汗が滴る。
「でもやっぱりつばささんにはちゃんとした所で寝てもらう! 当然、枕もだ! 何が何でもだ! このとおり!」
武蔵は敷布団上で綺麗な土下座をした。
土下座なら寝てくれるだろう!いや、多分寝てくれる! 寝てくれるよね? 寝て下さるよね? 寝て下さいますよね?
祈りラッシュである。これぞ本当の祈りラッシュである。寝るという事に対しこれだけ祈りをささげる人いたであろうか。少なくとも現時点では武蔵ただ一人である。
「……わかった。わかったから、土下座やめてくれる?」
「え、ホント?」
「うん、寝るよ? 枕ありでね」
やっと祈りが通じた!届いた!伝わった!伝染した!
武蔵は長かったこの説得が終わり一息つく。
「でもホントにいいの?」
「全然、問題無い! むしろそのほうがこちらとしてはありがたい!」
「いいんだね? 後悔しない?」
おやおや?質問がちょっとおかしいぞ。まあ、白羽乃さんは左で寝てくれるそうだからこっちとしてはありがたいけどね。自分のプライドも守れたし。
武蔵はそんなことを心の内側の内で思いながら就寝の体勢に入る。
「じゃ、電気一応消すけど大丈夫だよね?」
「どうぞお構いなく」
武蔵はつばさに確認してから電気を消した。
二人はお互いに背を向けて就寝に入っている。
しかし、ここ最近で開発が進んだよな。ちょっと前までは蝋燭だったのによ、今じゃ外国から入ってきた電気っていうやつで部屋を照らせるんだからな。まあ、こんなこと言ってるが、実際電気つけるのも消すのも今日が初めてなんだけどな。
「……」
「……」
暗い部屋の中に二人の呼吸だけが聞こえる。
しかし、二人とも完全に眠れてはいないようだ。
「(とはいっても、後ろに女性がいるって事を考えるとどうしても眠れない! これは疾風に譲るべきだったのか? ……それは無いか。あいつに譲ったらどうなる事か。考えただけで眠れない! ああくそ! 眠らせてくれ! 眠らせてくれよ白羽乃さん!)」
「ふぅ……」
つばさが大きくため息をついた。
「(白羽乃さん! そうだよね。こんな狭い部屋で寝させてため息つきたくなるよね。……くそ! 白羽乃さんに嫌われるぐらいだったら、あの黒い塊殺しておくべきだった! 待ってろよ黒い塊! 明日絶対呪い殺してやるからな!)」
武蔵がそう心の中で復讐心を燃やしている時、つばさはというと――
「(こうなることはあらかた想像はついていたけど、まさかこんなにも恐ろしいものだったなんて……。我慢して自分の部屋で寝るべきだった! でも、うちの部屋には……。ダメダメ、考えたら悪夢になってしまう! そう思うと武蔵くんの部屋でよかったと思うね。……いやいや、だからそれを考えるから眠れないんだよ! 分かってるわたし? 出来るだけ考えずに……武蔵くんの匂いが後ろから――ってもう考えてるじゃない! いやあぁぁぁぁ!)」
「はぁ……」
「(もしかして嫌われた!? ごめん! ホントごめん! わたしが武蔵くんの部屋で寝ると言ったばかりに……。わたしって本当にダメな女……。部屋の持ち主に世話掛けておいて、なにも出来なくて……。これじゃ女失格だあぁぁぁぁ! そもそもあの黒い塊が全ての元凶なんだよね……。明日絶対に……呪い殺してやる!)」
二人はその後もこうした口論を心の内側の内、心の最深部で続けた。
そして今の二人の状況は同居というよりも同棲に近いものだった事は言うまでもない。
「自惚れく~ん。返事しろ~。朝だぞ~」
「白羽乃さんも出てきて下さい。黒い塊殺すんでしょ~?」
次の日の朝、九時十時の時だった。
朝食と着替えを終え武蔵の部屋の前で呼ぶ者が二名いた。
琵琶之秦と駿河丘疾風だ。朝から元気な二人だ。
『朝から叫んでいる生徒、るっさい! から静かにしましょう』
そしてマイクを通してしかりつける係員も朝から元気だった。
「おはよう……」
戸が開き現れたのは昨日より元気が格段にない武蔵だった。
目の下には隈をつけ、顔はやつれている。最早昨日とは別人だった。
「どうした自惚れくん! そんなにやつれて?」
疾風が驚きながら武蔵に質問する。
「死ぬかと思った……」
「いったい何が――」
「……それについてはわたしが」
琵琶之秦が言いかけたそのとき、つばさも現れた。
現れたつばさも目の下に隈ができ、髪もぼさぼさだ。大和撫子というには程遠い。
「白羽乃さん! どうしたんですか!?」
「つばさちゃん! 武蔵に何をやられたんだ!?」
「……なぜ俺?」
つばさに質問ぜめをする二人。武蔵だけはツッコミを入れるが。
「……意識のしすぎで眠れなかった」
「……そして俺は絞め殺される所だった」
つばさと武蔵の口からまさかの答えが飛んできて、驚愕する二人。
「自惚れくん、どういう意味だ?」
「要するに――」
それは今日の早朝の事だった。
「(ヤバい……一睡も出来てない)」
「……」
「(考えすぎなのか……? それとも俺は何かに恐れているのか? マジで勘弁してほしいぞ俺! 考えるな俺!)」
「んん……」
「(つばささんはもう寝てるっていうのに俺って情けない……。 なんで寝れないんだ? 寝ろ! 寝てくれ! 頼む! ……って何だこの手? こんなのあったか?)」
武蔵は二の腕辺りからかけられている腕に気づく。
武蔵は自分の腕あるいは手を確認する。が、自分の手ではなかった。
「これってもしかし――」
「んん!」
「げふ!」
気づいた時にはもう遅かった。
武蔵は二の腕から上をつばさに締められているのだった。
「ちょ、苦しい! 苦しいから!」
「ん? んん!」
「ぐが! あばらがぁ!」
次第に締められる強さも上がっていく。
武蔵の懸命な助け声も寝ぼけているつばさには届いていない。
苦しい!けど、気持ちいい!女の子の破だってこんなに気持ちいいんだぁ。……何やってんだろうね、こんな時にあぐ!
「あぐ!」
「んふ……」
このままじゃ間違いなく死ぬ。いろんな意味で死ぬ。逃れるには……
「力じゃあぁぁぁぁ!」
「あぐぅ!」
武蔵は力任せではあるが、なんとか締め付けから解放した。
つばさは反動で喘ぎながら地面にパタリと落ちていった。
「とりあえず抜け出せた……。というか、寝れてないな俺」
武蔵は窓から外を眺めながらそう呟いた。
が、甘かった。甘すぎたのだ。つばさを見る目が。
「……」
つばさがむくりと起き上がると、背を向けて座っていた武蔵を後ろから無理やり布団へ引きずり下ろした。
その目は、ウサギを見つけ今にも飛びかかろうとする狼そのもの。
「なに!」
「……」
武蔵は気を抜いていたのですぐに引き摺りこまれていった。
引きずり込まれてそうそうつばさの頭突きが武蔵の頭に直撃する。
「いて!」
「むふ……」
「な、なんだ――」
頭突きで怯んだ武蔵をつばさは離してなるものかと抱き締める。
「(息ができない!)」
武蔵が抱き締められ、ついた先はつばさの胸だ。バストだ。おっぱいだ。詳しく言うとCカップのおっぱいだ。
「むぎゅう!」
つばさが武蔵の顔を自分の胸に押さえつける。
武蔵はじたばたするも息ができないのですぐにスタミナ不足になる。
なんだここは! 柔らかいぞ! 柔らかいけど、苦しい! 息が続かない。もうダメだ……。せめて黒い塊だけは呪い殺したかった……。がく……。
「なんだその羨ましすぎる体験は!」
「……声がでかい。そしてきもい」
「白羽乃さんは胸でかいのですか!」
「……うるさいよ秦くん。あときもい」
秦と疾風は武蔵の話を聞いて興奮していた。悶えていた。
それもそのはず。自分の部屋の隣でそんな事があったのだから。しかも親友同士がそんなことをしたのだから羨ましくないわけがない。
「で、それはいつ終わったんだ?」
「……お前らが声かけた時」
「マジか! 入室するべきだった!」
疾風が頭を押さえながら羨ましそうに悶えている。
おいおい。こいつは俺の話を聞いてもやるつもりなのかよ。死ぬぞマジで。白羽乃さんのおっ……胸の破壊力は相当、マジな方でヤバい。下手したらマジであの世だ。というよりも、こいつマジで変態だな。
武蔵は引き目で疾風を見るようにそう思った。
「……武蔵くん、ホントごめんね? わたし寝相悪くて……」
つばさが今朝の事に対し、武蔵に深く謝罪をする。
「……いや、全然気にしてないから。……それより早くやろう」
「……そうだね」
つばさは申し訳なさそうに、眠そうに返事をする。
「? やろうというと?」
疾風が疑問印を頭の上に浮かべ聞いてくる。
忘れているな。完全に忘れているな。もういい。白羽乃さんに相談しよう。
「……つばささん、早くやってしまおうか?」
「……そうだね。早く二度寝したいし」
つばさが眠そうにそう答える。
「でしたらいい方法がありますよ!」
「……何でそうノリノリなんだ?」
秦がやる気そうに会話に入ってきた。
いつの間にか手には金網で作られた虫取り箱を持っている。
「黒い塊ならこれを放てば楽勝です!」
「……なんだこれ?」
「……秦くんこれって?」
つばさが恐る恐る秦に尋ねる。
俺も真相は聞きたくないが一応耳を傾けるが、果たして……。
「ゲジゲジですよ」
「「ぎゃあぁぁぁぁ!」」
つばさ――となぜか疾風が悲鳴を上げる。
つばさが虫取り箱を秦から奪い、廊下に取りつけられている窓からゲジゲジを大量に逃がす。
ゲジゲジの落下地点に学園の教師がいたことは知る由もない。
「ちょっと何するんですか!」
「そらこっちゃん台詞どすえ!」
秦はつばさにいきなり京言葉で怒鳴られビクッとした。
「秦くんはうちん部屋を壊滅させるつもりなん!?」
「でも、ゲジゲジ離した方が退治するの楽なんですよ?」
「そ、そうなん?」
そう言うと、少し真実を聞いたつばさは怒るのをやめた。
やっぱりゲジゲジよりも黒い塊の方が嫌いなんだな、白羽乃さん。
その間に秦はなぜかゲジゲジの説明に取りかかる。
「ゲジゲジは唯一、黒い塊に追いつける速さを持っていて――」
「ほんでも、虫やけはやめて! 退治は虫以外ん方法で!」
またつばさの怒鳴りが再開する。
「……そう言えば何でお前は悲鳴を上げたんだ?」
武蔵は疾風に聞く。
「昔ちょっとな……」
あまり大した答えは帰って来なかった。
心の傷、トラウマなのかもしれない。
「……あ、そういえば」
武蔵は昨日もらったある物の事を思い出した。
思い出すと同時に懐からある物を取り出す。
「……こいつそういえばあったな」
ある物というと、昨日秦から貰った藁人形だった。
こいつの使い時ってもしかして今なんじゃ……。
武蔵の背後で悪寒がした。
「武蔵さん、昨日のそれ持ってたんですね」
秦が藁人形を見ていた武蔵に絡んできた。
藁人形を覗き込むように上手い具合に入って来る。
「あ、ああ。一応な……」
苦笑いで秦に言葉を返す。
「ちょい! 離しそらさいでよ!」
「いいじゃないですか。白羽乃さんもこれで気分変えましょうよ!」
秦が楽しげにつばさに話を振っていく。
「武蔵さんもそれでいいですよね?」
「あ、ああ。俺はどちらでも……」
「ちょい武蔵くんまで乗れへんでよ!」
白羽乃さんにそう言われると止めたくなる。が、俺はこの藁人形の威力を見てみたいんだ!ごめんよ白羽乃さん!
「で、どうやるんだ?」
武蔵は秦に儀式のやり方を聞く。
「殺したい相手を想いながら釘を打って下さい。打つ場所は損傷させたい所を打って下さい」
「「……」」
「どうしたんですか?」
秦は二人の強張った表情を見て不思議になったのか尋ねてくる。
「中々、その、酷いなと……」
「秦くん、なんか怖い……」
武蔵とつばさは引き目で秦を見ながらそう言った。
「そうですか? そんなに酷くないですよ? ほら」
そう言うと秦は藁人形の左足を打ち始めた。
初めは遅く、最後に向かうにつれて早く打つ。その姿はまさに鬼。
「よしこれでOK」
一仕事終えたような顔で秦は武蔵に釘と金づちを渡す。
「だいたい今の感じでやれば大丈夫だよ」
「……笑顔で言われてもな」
武蔵は少し遠慮がちに作業を始めた。
心臓部分は白羽乃さんにやってもらうから、俺は頭部でもやるかな。とは言っても、さっきの秦の様にはやりたくない。せめて頭部に麻痺を起こすぐらいの感じでやることにしようかな?
武蔵はそう心の中で覚悟を決めると、打ち始めた。
最初から最後まで一定のリズムで打ち続ける。そのひと叩き、ひと叩きに思いが込められているのだろう。見ている分には平凡でも、裏を知ると案外……。
「じゃあ、次つばささん」
「……わたしにできるかな」
つばさは不安げに言いながら、想いながら釘と金づちを受け取る。
つばささんのことだから本気でやらないと思うんだけど、どうなんだろうかな。
武蔵の心もつばさの事でいっぱいだった。
が、我々はこの想いをすぐに捨てることになる。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――」
つばさは秦よりも早く釘を心臓部に打ちながら、呪いの言葉を言い続ける。
まさにその姿は鬼を越えて修羅。最強の女修羅が一時的に降臨した。
「……琵琶之秦、これ大丈夫?」
「白羽乃さん上手いですね。間違いなくプロになれますよ」
「無視かよ……」
そんな雑談をしながらつばさの番が終わった。
藁人形の胴体は大きな穴ができている。
「はい、お疲れ様」
「……え、なに!? 今わたし何やってたの!?」
秦がつばさから釘と金づちを取り上げると、つばさは我を取りもどした。おそらく、今の状況を分かっていない。
「武蔵くん、わたし何やってたか分かる?」
「いや、分からないな。ホントに……」
「そう……」
つばさは武蔵に今までの事を聞くが、情報が無かったのですこし肩を落とした。
さっきの白羽乃さんを教えたら間違いなく立ち直れなくなる。絶対に言ってなるものか。
「最後、疾風さん」
「……おう」
疾風は暗い返事を返すと、釘と金づちを秦から受け取った。
「では……殺るぞ!」
さっきの暗い感じからいきなり明るくなった。敵を騙すにはまず見方からというのはこのことだ。
疾風は残りの両腕、右足を打ち始めた。
奇声――というより呪いの言葉は発していなかったが、打つ速さはつばさと同等のものだった。
その結果、綺麗に切断という形になった。
「よし。じゃあ入室しましょうか?」
「いきなりすぎだろ! 死んでるかどうかもわからないんだぞ!?」
「大丈夫ですよ。多分死んでますから」
武蔵が発言にツッコミをするも、秦はそれを軽く無視し、戸を開ける。
「きゃ」
つばさは小さな悲鳴を上げ、
「……」
疾風は無言、
「どうなんだ?」
「えっとですね……」
部屋の状態を武蔵と秦が確認する。
すると出入り口の前には、黒い塊の死骸があるではないか。
頭は取れており、脚は全て関節部分で切断。そして胴体は綺麗にくり抜かれている。
「お、よくわからない事故死を遂げていますね」
「自滅するとかどんな虫だよ~。笑えるわ~」
秦と疾風はのんきに感想を述べているが、
「嘘だろ……」
「な……」
武蔵とつばさは絶句していた。
武蔵は驚きの顔だが、つばさは青ざめた表情で今にも倒れそうだ。その証拠に足が震えている。
「武蔵くん……」
「な、何でしょうかつばささん?」
武蔵は息をのみ聞く。
「もう数時間、部屋で寝かせ……て……」
つばさはその場に倒れ込んだ。
「つ、つばささん」
武蔵は慌ててつばさを抱きかかえる。
「また気絶ですか? 武蔵さんも大変ですね」
秦がつばさの顔を覗くようにたずねてくる。
「のんきなこと言ってる場合か! 手伝いを――」
「自惚れくん、俺もお前の部屋入っていいか? つばさちゃん観さ――合同勉強を!」
疾風も今朝の話を聞いてだろうか、提案をしてくる。
「今、観察って言いかけたよな!」
「よろしければ僕もいいですか? 合同勉強というのなら――」
「ああ! もういい! あがれ! 今日は俺の部屋に集まれ!」
「……ゴキ……ゴキが……」
楽しげにこれからの事を話す四人?であった。
しかし、これはまだ序章に過ぎない。序章中の序章にしか過ぎない。なぜなら、彼ら彼女らの学園生活はまだ入学式もやっていないのだから。
ようやく?寮の話が終わりました。第弐話目でございます。
今回――というより前回、前々回も笑いに走りましたが、
どこかでシリアス回やりたいですね。
やるかどうかは分かりませんが……。
予定として!あくまで予定としてやりたいですね!