第弐拾参話 覚悟の脱走
「だおちゃんは一体、何がしたかったんだろうな」
「さあ。でも、良いじゃないですか。僕も役に立ちましたし」
武蔵が黒薇の行動に疑問を抱いていたが、秦は、役に立てて嬉しいようで、理由とかはどうでもよさげだった。
「距離はそう遠くはないけど、また誰か出てくるかもね」
つばさの意見に、全員が頷く。
またいつ、さっきのだおちゃんみたいに乱入してくるか分からないからな。用心しながら進まないと。て、変だな。いつも通ってる学園を用心しながら進むって。
「おい、つばさちゃん。誰かいるぞ」
疾風がまた近付いてくる誰かに気付く。その途端、全員の心に緊張の糸が張る。
「今度は誰?」
「いや、そんなにめんどくさい人じゃない。少なくとも、黒薇みたいにはならない」
全員が陰から顔を出し、確認する。
「はあ、整備室に行きましたが、何だか大変そうでしたね。あんなところ、私が居られる空気ではありませんでしたね」
小さい足で少しずつ近づいてくるのは、緑蘭だった。なぜ、こんなところに緑蘭がいる、という疑問よりも、その呟きに全員の耳は矛先を変えていた。
「鬼兜、ちょっと頼んでいいか?」
「何でござるか、武蔵殿?」
武蔵は、自分を背負ってくれている鬼兜に頼み事をした。しかし、その頼み事は、その場にいた全員にとって、とても危険で、今までの事が全て水の泡になるのではないか、終わってしまうのではないか、というほど大胆且つ無茶すぎる頼み事だった。
「緑蘭と話させてくれないか?」
武蔵がそう言うと、ただただ全員が唖然。
「自惚れくん。いくら何でも、それは無茶だ」
「武蔵さん。僕もそれはちょっと……」
そうだよな。まあ、分かっていた。こうして反対される事は分かっていた。ただ、整備室で何かが行われているのは確かなんだ。俺はそれを、今、すぐにでも、知りたいんだ。例え、止められようとも、ここでこの計画が終わるとしても、知りたいんだ。
「聞いてみようよ」
まさかの一言に、武蔵は愚か、秦と疾風、それに鬼兜が目を疑った。計画を切りだしたのはつばさだったが、この計画が終わっても良いのだろうか、つばさは即決断に押し上げたのだ。
「いいのか、つばささん?」
「いいよ。だって、わたし達の目的は赤姫ちゃんを助ける事。だから、情報を聞き出すのも同じじゃないかなって、思っちゃったからさ」
「ありがとう、つばささん」
武蔵はつばさに「ぺこり」、と頭を下げながら礼を言うと、鬼兜から降り、点滴台に摑まりながら、緑蘭に近寄る。
「よう、緑蘭」
「あれ? どなたかと思えば、武蔵様ではありませんか。それより、大変そうですね。怪我の方は大丈夫なんですか?」
緑蘭は武蔵の身体を見て、心配しそうに、まるで怪我をしていたのを知っていたかのように聞いた。
「いや、ついさっき目覚めたばかりで……て、何で知ってるわけ!?」
武蔵は途中で気付き、驚きの声を上げる。しかし、陰で見ていた三人と鬼兜は「やれやれ」といった表情を浮かべながら、武蔵を見つめていた。
「知らなかったんですか? もう学園中で話題になっていますよ」
「えぇ! いつの間に……」
「武蔵様は今日お目覚めになられたんですよね?」
「そうだが、それがどうした?」
「それなら、ちょうど一週間前ですね。「あの事件」が起きたのは――」
「あの事件」。全員の頭の中に、迷うことなく思い浮かばれた。
緑蘭は武蔵に、その日に、何があったのかを詳しく説明した。
――一週間前の今日の深夜。武蔵は襲われた。一体のからくりに。そして、その一体のからくりと戦闘を繰り広げたのが、秦、疾風、つばさの三人。さらに、その専属のからくりである音無蜂、紅桜、夜桜であった。戦闘の結果は、今の三人の状態から見てとれる。完全なる敗北で終わった。その直後に、知らせを受けた強女隊と支尾小枝子によって、からくりは機能を停止した。なお、事件の詳細は分かっていないが、その犯人第一候補に赤姫が選ばれている。理由としては、子供でも簡単なものだった。人を襲ったから。主人である武蔵を、赤姫は何の躊躇いも無く、躊躇もせず、襲ったから。それだけだ。
「……ということです。お分かりいただけましたでしょうか?」
緑蘭が説明し終えた時には、武蔵が掴んでいた点滴台が震えていた。完全に信じられない、信じたくない、信じきれない、という思いがそこからは伝わった。
「ありがとな。俺、馬鹿だけど、今の説明で全て分かったよ」
「そうですか。それならよかったです」
武蔵はそう言うと、点滴台に摑まりながら、ゆっくりと、自分の身体で、整備室に向けての第一歩を、覚悟の第一歩を踏み出すのであった。
「じゃあ、僕達も」
「そうだね。それじゃあ」
「そうだな」
三人は互いの顔を確認し合うと、息をぴったりとそろえて、答える。
「帰ろう」
武蔵の覚悟を見届け、自分達の役目を果たし終えたかのように、部屋へ戻って行った。
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