表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国バスターズ  作者: 石清水斬撃丸
24/35

第弐拾弐話 脱走開始

「調子はどうだ? むさ――」

 ベッドの周囲に虚しく鳴り響く心拍数零の音。安定の落ちぶれた音を出しているモニタを前に、麻道は無言で仕切りを閉める。そして、他のベッドも調べたが、誰一人、虫一匹もいなかった。要するに、脱走されたのだった。大けがを負った四名の生徒に。しかも、まんまと、いとも簡単に逃げられたのだ。生徒でも、入学したばかりの、一ケ月しかまだいない壱年生でも、もう武士の心が形成されているのだ。

 麻道は何事も、何かがあったようには思えないほど、無言で部屋を後にした。

「言っても無駄だったか……。ま、あとは、あいつらに任せるとするかな。見守るのも、からくりの役目だしな」

 麻道はそう小さく呟くと、どうみても暇にしか見えない、フラフラとした歩きで長い廊下を歩いて行ってしまった。


「つばささん、誰か来てる?」

 武蔵が心配そうにつばさへ聞いた。

 つばさは目を凝らしながら、小さなからくり一体でも見逃さないように、辺りを注視する。

「大丈夫。今なら少しは距離を稼げるかも」

 つばさがそう言うと、全員が息をそろえて、一斉に、斜め向かえの壁際まで移動する。その光景は慌ただしいものだった。それもそのはず。四人中二人は、車いすでの移動なのだ。それゆえに、見た目は非常にごちゃついて見える。もっと悪く言えば、品がない。移動に品を求めるのもあれなのだが、分かりやすく簡潔に言えば、汚い。これに尽きる。

「つばささん、もう少しゆっくり行けませんかね? 僕、片腕使えないんですけど」

「私の言ったこと聞いてなかった? きつかったら、ここで休んでていいよ、て」

 つばさのその一言を聞いて、秦はシュンとした。言い返せなかった。

「つばさちゃん。誰か来たぞ」

 疾風が近づく誰かに気付く。全員、まるで串団子のように、一列に覗き込んだ。

「あれって」

「あれですね」

「あれだな」

「あ……あ……」

「つばさ殿? 大丈夫でござるか? 汗が尋常じゃないでござるよ?」

 武蔵をおぶっている鬼兜が、つばさにそう語りかけた。

 尋常じゃない。それはもう、あの日、あの時、あの時間、見たものと同じだった。黒い、黒い、とっても黒い魂。通称、ゴキブリだった。

「き、きゃ――」

 つばさは思わず、悲鳴と悪夢が入り混じった叫びを、廊下いっぱいに叫びそうになった。が、そこを全員で口を塞ぎにかかる。

「堪えて! つばさちゃん!」

「つばささん! こんな所で叫ばないで! 見つかる!」

「何か避ける策が絶対にありますから! 僕が考えますから!」

 秦はそう言うと、懐から、お手製の藁人形を取り出し、釘を打ち付ける。

「これで大丈夫ですよ。あの時の僕たちに出来たんですから」

「おい、琵琶之秦。ちょっと見ろよ……」

「何ですか、武蔵さん。ちゃんと死んで……ない」

 武蔵に言われ、秦は振り向く。すると、そこには、いた。黒い魂がいた。ゴキブリがいたのだ。あの時のように、死んでいない。その後、全員が釘を打ち付けたが、ゴキブリは死ななかった。むしろ、動きが機敏になっている。もしゴキブリ限定の大会があれば、優勝を狙えるくらい機敏になっていた。

「だお~」

 そして、ゴキブリは動きを止めると、可愛らしい唸り声を上げた。その瞬間、全員が納得した。どうりで 死なないわけだ、と。

「おい。あれって」

「あれですね」

「あれだな」

「あれだよね」

 全員が声を揃えながら、言った。

「今、誰かの声がしただお。いったい、誰だったんだお?」

 正体は、この戦命学園のアイドル的存在であるだおちゃんだった。

 だおちゃん。正式名称は黒薇(くろぜんまい)。主人は化学担当の(やま)(しば)(たかし)教師(きょうし)であるが、基本的に自由奔放、自由気ままに行動をしているので、あまり一緒にいることは少ない。そして、それは現在進行形で言える。黒薇は今は一人でいる。

「どうするんだよ、見つかったら、絶対めんどくさいことになるぞ、自惚れくん」

「いや、俺に言われても……」

「秦くん、何かない?」

「何かと、言われても……あ」

 秦は何かを、突発的に思い出し、懐から、いつもと変わらない物を出したのだが、少し奇妙な形だった。いつ作ったのか分からないが、なぜ作ろうと思ったのかわからないが、出した物は、藁人形の形をした服だった。小さい服。おおよそ、音無蜂にプレゼントをしようと思って、前もって作っておいたのだろう。

「今は、これで気を引くしかないです」

 秦はそれを、黒薇の方へ投げる。すると、本物さながらに、黒薇は食らいついた。

「これは……」

 黒薇は試着を試みる。抜け殻のように、ゴキブリの衣装を脱ぎ、藁人形へと姿を変える。新聞に載るとすれば、『恐怖! 喋る藁人形!』と見出しが載りそうだ。まさにその通りなのだけれでも、それ以外には例えられないのだけども、それくらい、黒薇に似合っていた。

「これは結構しっくりくるだお」

 黒薇はそう言うと、再びゴキブリの衣装を身に纏う。抜け殻を捨て、抜け殻を着る。新種の昆虫のようだった。

「でもやっぱり、だおちゃんには、これがいちばんだお!」

 と、言うと、黒薇はどこかに走り去ってしまった。ゴキブリ並みに。

「一体、何だったんだ?」

 武蔵は呆然としながら呟いた。そして、その言葉は全員の心に染みついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ