第弐拾壱話 決断の羽
「とりあえず、これでよしっと。いいか、赤姫には会わせてやる。だから今は安静にしていろ」
「……分かりました」
武蔵は反省気味にそう言った。
少し、少々、大分やりすぎたと思っている。興奮しすぎていた、と言うと変態的発言になってしまうんだが、それくらい必死になってしまった。いや、ならない方が変態的なのかもしれない。ま、どちらにしろ変態的になってしまう運命だったわけなんだが。
「私は堀田のところに行く。その隙に変な真似をしないように」
武蔵は少しドキッとする。
完全に考えていた事を読まれた。仕方がない。ここは安静にベッドの上で休むことにするか。少々、納得はいかないが。
「君達も彼に協力しないようにな。頼んだぞ」
「「ほーい」」
君達? というか、今、聞き慣れた声が聞こえたんだが……。
武蔵は麻道が出ていくと、声の主二人に声を掛けた。
「……何でお前達がいるわけ?」
武蔵がそう言うと、向かえのベッド二つに備えられていた仕切りが開く。そこにいたのは、
「よう、自惚れっ痛いっ!」
「どうもむさじぃぃぃ……」
そこにいたのは、包帯が巻き付けられた箇所を痛がる疾風と秦だった。
「そこまでして挨拶をしようと思うのか……。というか、お前達にも迷惑かけてしまったんだな……」
「いや、もう一人いますよ」
「え?」
え?
武蔵は間の抜けた声を漏らした。心の中でも漏らした。
「つばささんも僕達と同じく負傷しましたよ」
「嘘だろ……」
「自惚れくん、そんなにがっかりするなよ。つばさちゃんがこの中で一番軽傷だったのをむしろ喜ぶべきだろ」
疾風がそう言うものの、武蔵の心はすでに全壊寸前だった。
俺は何て事をしてしまったんだ……。秦と疾風だけじゃなく、白羽乃さんにまで迷惑をかけてしまったのか……。女性を巻き込むなんて、俺っていう奴は……。
「くっ……」
「自惚れくん! 何も泣かなくても! 大丈夫だって! もう歩けるぐらいまで回復してるからさ!」
疾風がそう言った時だった。偶然なのかどうなのかは分からないが、この部屋の戸が開いた。途端に静まり返る室内。武蔵の背中は、氷のごとく凍った。
「ふぅ……。あれ? どうしたの、二人とも? わたしの顔に埃でもついて、る?」
つばさは首を傾げながら、秦と疾風に聞いた。
「いや、ついてはいませんよ。ねぇ、疾風さん?」
「お、おう! つばさちゃんはいつも通り可愛いよ!」
疾風がそう言った瞬間、何かが疾風の顔の横を通る。しかも桁外れの速さで。確認してみると、ハリセンだった。鬼兜所有の、専用武器の、ハリセンだった。今それは壁にめり込んでいる。
こ、こ、恐ぁぁぁ! 何今の! 壁にめり込んだおまけに、「ぺきっ」て音がしたんですけどっ! 白羽乃さん、血から強すぎるんじゃ……。
「あ、ごめん! 手が滑っちゃった! てへっ!」
つばさが可愛く謝ると同時に、ハリセンは地面に落ちた。
「つばさ殿! あまり拙者の武器を乱暴に扱わないでほしいでござる!」
「言っている意味がよくわからないなぁ?」
「そう言っているという事は、分かっている証拠! すなわち! つばさ殿は嘘をついているという事になるでござる!」
「主人を疑うなんて、相棒失格だよ鬼兜……」
「いや、拙者、そんな風に言おうとは思ってないでござるよ……」
「わたし達の友情はここで終わりだね……。おおきに、鬼兜……」
「やめてくれでござる! 拙者の心がどんどん攻められていくから、やめてほしいでござる!」
つばさが鬼兜と茶番を繰り広げていると、奥のベッドで凍っていた武蔵に気付く。
「武蔵くん?」
気付かれてしまった。どうしよう。さっきの感じからだと、真っ先に殺されるんじゃ……。神は俺に難題を残していったというのか。くそっ! こんな最大の難題、織田信長か源義経じゃないと突破できない!
「俺には無理だ……」
その一言を聞いて、つばさはただただその場に立ち尽くし、唖然とした。
「大丈夫? 武蔵くん、大変だったでしょ?」
「あ、ああ。その、ごめんなさい」
「え? 何で謝られてるの? とりあえず顔上げてくれない?」
つばさにそう言われるものの、何をされるか分からないので、恐る恐るといった感じで武蔵は顔を上げた。すると、なんということだろうか。
「つばささんっ! 何をしてっ!」
目の前でつばさが、制服をたくし上げているではないか。
こ、これは、何という……いや、一回落ち着け。よくある事じゃないか。この前の一緒に寝た時よりは酷いかもしれないが、自分から見せてくるって事は、つまり、自信があるって事じゃないのか。そういう事じゃないのか。……ん、何を言ってるんだ俺は? 話が脱線してないか? 何について俺は考えていたんだっけ?
「ほら、ちゃんとこっち見て」
つばさが伏せる武蔵にそう言った。そう言われるとさすがに見ないわけにもいかない。もちろん、この後の自分の命がどうなるか分からないので、見るのである武蔵だった。
そこには包帯がまかれていた。血で滲んでもいない包帯がまかれていただけだったのである。
「わたしね、あの時赤姫ちゃんに、ぶっ飛ばされたんだ。声が出ないくらい痛かった。でもね、変形してなかったんだ。不思議だと思わない?」
「まあ、それは、不可解だと……」
「でしょ。それでわたし思うんだけど、赤姫ちゃんは心からわたし達を殺そうとはしてないんじゃないかって思うんだけど」
「それは俺もそう思うけど、思っているけど……」
武蔵は先ほど早苗に言ったことをつばさに言った。思い出したくないのか弱弱しく言っていたが、その目には絶対の信頼が寄せられていた。
つばさはそれを確かめると、武蔵にある提案をしてきた。
「そうだよね。だからさ、今から皆で赤姫ちゃんに会いに行かない?」
その一言を聞いて、つばさ以外のその場にいた全員が、目を丸くし、「え?」とでも言うような、目の間が真っ白になるような、頭の中に風が吹き抜けるような感覚がして、ただただ時間が過ぎていき、気付けば知らないうちに呆然としてしまっていた。




