第弐拾話 覚悟と信念
「はっ……」
武蔵が目が覚ました時には、もう長い夜は終わっており、布で仕切りをされたベッドの上にいた。明るい。どうやらもう昼間らしい。
武蔵の腕には、点滴がされており、息をするだけで体が痛む。おまけに、ものすごくだるい。
何で俺はこんなところにいるんだ? 俺はあの時、自分の部屋にいて、寝ようと思っても寝付けなくて、それで、赤姫に話しかけようとして……。
「うっ!」
武蔵が思い返している時だった。激しい頭痛に襲われた。備え付けられていた心拍モニタの画面が激しくうねる。しかし、頭痛はすぐに落ち着き、痛みはなくなった。
何だったんだ、今の頭痛は? そういえば、赤姫はどこにいるんだ? 珍しく近くにいないんだが。
武蔵が疑問を浮かべていると、白衣を着た女性がカーテンを開けて入って来た。
「おっ! 起きたようだな」
「あなたは?」
「私か? 私は、保田のからくりである痲道だ」
自らの名を痲道というからくりは、保田先生のからくりだった。
銀髪の片側おさげといった髪型で、白衣の下に赤い振袖とスカートを着ている。
「保田と私は普段は別々で行動している。それは何故だと思う?」
「……分かりません」
「だろうな。こんな行動をするのは、おそらくいないだろう」
武蔵はふと考え始める。
確かに、人とからくりは共同体だ。かけ離れてはならないはずの組み合わせが別々に行動しているということはありえない。やはり教師という立場上、特別なものを持っているのだろう。
「なぜ別々に行動をしてい――」
「私の過去話より君の事を話そう」
「……無視ですか?」
「君は一週間前に、私の手によって手術をさせてもらった。当然だが、麻酔もまだ効いている。だからもう八時間くらいベッドの上で待機してもらう」
武蔵はその話を聞いて驚いた。
まさか手術をされているとは……。しかも一週間前に。もしかしたら、さつきの頭痛もそれの発作なのかもしれない。というか、どれだけ俺、寝てたんだ。
「いちおう食事は取れるが、その前にいろいろやってもらうことがある」
「例えば?」
麻道はにやりと笑みを浮かべると、武蔵に告げた。
「とりあえず、落ちた筋肉を取り戻すために、これから腕立てを百回、腹筋二百回してもらおうか」
「死ぬんですけど! 痛っ!」
武蔵は麻道の言ったことに対し、ツッコミを入れると同時に傷口を痛めた。
「冗談だ。それと、大丈夫か? 病み上がりでツッコミをしたが」
「あなたが誘ったんでしょ……」
武蔵は痛みに苦しみながらそう言った。
麻道は、「そうか」と言うと、本題に切り出した。
「それと、明日、お前が会いたいというなら会わせてやる」
「会わせるって?」
武蔵はその言葉を聞いて、ゆっくりと首を傾げる。
「その感じだと、どうやら分かっていないらしいな」
麻道は一息つくと、武蔵に告げた。
「君の大事な相棒、赤姫だよ。今は審査対象からくりになっているがね」
武蔵はそう言われ、全てを思い出す。あの日、あの時間、あの場所で自分と赤姫に起こった事を余すところなく全て。
「……今、赤姫はどこにいるんですか?」
「赤姫か? 赤姫は今、整備室で審査中及びメンテナンス中だ。場合によっては、そのまま受け渡してしまうらしい」
武蔵はそのことを聞くと、ベッドから飛び出し、足元も立たせることができないまま、整備室に向かおうとした。
「おい! まだ体が十分じゃないだろ! 安静に――」
「のんきに寝ていられるかよ! 赤姫が居なくなるかもしれないんだろ!」
武蔵は這いつくばりながら、戸の前まで行こうとする。点滴の針は抜け、抜けた個所からは、血が逆流してきている。おかげで、床がどんどん血で染まっていく。
「行かないといけないんだ……。何としても……」
武蔵は少しずつ息を切らし始め、動きが鈍る。
「君の覚悟と信念だけは伝わった。だが、その前にいろいろと処置をしないといけないな」
麻道はそう言うと、血に濡れながら武蔵を抱えた。




