第拾玖話 地獄からの生還
「おい、何なんだよっ! ここは本当に、何なんだよっ!」
暗闇の中で武蔵はただ一人絶望の叫びを上げた。風もなければ、光もない。光もなければ、希望もない。絶望の世界だったのだ。人一人いない、虫けら一匹もいない地獄の絶望的世界だったのだ。
武蔵が絶望に浸っているその時だった。地面を包んでいた闇が開けたのだ。暗闇の中、地面だけが復活したと言っていい。少しだけ希望が開けた。
ひとまず武蔵は歩きだそうとした。が、希望なんぞ何処にもなかった。
「う、うわあぁぁぁっ! 嘘だろ……嘘だと言ってくれっ!」
武蔵は再び絶望叫びを上げた。
地面を形成するのは何千何万という死体だった。学園の生徒やからくり、それに先生たち、「倭国・日本」で共に暮らす全ての人たちが死体となって地面を造っていた。
「やっぱり、未来なんてなかったんだ……」
武蔵は怖くなりその場から走り去った。死体たちを踏みながら、どんどん加速して走る。地面を蹴るたびに、死体から血が飛び出て、腐食した肉が崩れる。
武蔵は走った。死体が上り坂になれば蹴り上がり、下り坂になれば滑り、死体に足を持っていかれて転べば、死体がどれだけ崩れたとしても立ち上がり、走り続けた。
「はぁ……はぁ……」
ついに武蔵は走り疲れ、地面に手をつく。そのとき、武蔵が乗っていた死体はクラスメートの白羽乃つばさだった。髪の毛は艶が無くなっており、皮膚は腐食が進み千切れ、さらに制服は完全に赤い血に染まっていた。いつも優しいそうな表情をしているつばさだが、今は力なく死んだ顔だった。半開きの目が絶望を映していた。
「俺は……俺は……俺はあぁぁぁっ!」
武蔵は今まで自分が死体を踏んでいた事を思い出し、その場で一心不乱に火種を振り回す。何もない空中に存在する絶望に向かって、届くはずもなく刀を振り斬る。
みんな、皆、家族、仲間死んだ。なのに、俺だけ生きている。俺もみんなと逝きたい。
絶望している武蔵の前に何者かがやってきた。
☆
「麻道! もっと強い点滴は無いのか?」
「あるけど、子供が耐えれるようなものではないよ」
麻道からそのようなことが告げられると、早苗は壁に拳を殴りつけた。
「くそっ! アタシ達にできることはないのか!」
麻道は主人である早苗のそんな姿を見て少し混乱する。そんな時、心拍数を表示していたモニタが高い音を出した。
その音はただひたすら同じ音を出していた。途切れることなく、同じ音階を出している。血圧を示す数字は零。
「まだ生きるはずだ!」
早苗は武蔵を救うべく、人工マッサージを開始した。しかし、息を吹き返す反応はない。ただただ無。
「生きろ! こんなところで死ぬんじゃない!」
早苗は武蔵を檄を飛ばしながら、マッサージを続けた。
☆
「なら、ワタクシもお供します」
「誰だ……、お前は……?」
俺の前にいたのは、黒い振袖と赤いスカートを身に着けた少女だった。光がないというのに、金色の朝顔の柄が光っている。
この女の子はいったい? どことなく赤姫に似ている気がするが、性格が違いすぎる。そうか、世界に二人はいる同姓同名なだけなのか。それなら納得できる。
「逝くのであればワタクシもお供します」
「お前が、か……?」
少女はそう言い、武蔵に近づく。
この女の子も逝くらしい。一人で行くより二人で逝った方が気が楽かもしれない。
「本当に逝くのか?」
「はい、逝かせてもらいます。この世界はもう終わっているので。いまさらやりたい事もありませんから」
少女がそう言うと、武蔵は「それじゃあ……」と言う風に手をつなぎ、火種を自分たちに向ける。
これでもうこの世界ともお別れだ。永遠に。では、さらばだ。
武蔵は刀で斬ろうとした。しかし、斬る直前で手を止めてしまった。
「どうしたのです?」
「いや何でもない。だが……」
「だが?」
少女は武蔵の顔を覗きながら聞き返す。
「だが、いいのか。こんなところで死んでも? 君はまだ若いし、それに……」
「それに?」
「それに、まだ未来があるかもしれないだろ?」
少女はその一言を聞くと握っている手を振り解き、武蔵にこう質問した。
「では、私も聞きます。何故あなたは逝くんですか? あなたも若いじゃありませんか?」
武蔵はそう聞かれると、言葉を詰まらせながらも答えた。
「俺はその、君と同じで若い。だけど、その、もう取り返しがつかないんだ……」
「あなたは何かしたのですか?」
「してない。が、罪悪感のようなものが、まだ心にあるんだ」
「そうですか? そのようなものがあるとは思いませんが……」
少女がそう言った、その時。黒い竜巻が突如発生した。
竜巻は地面を造っていた死体達を巻き込み、狂いながら暴れる。死体は竜巻に取り込まれ、そのまま中で粉砕され、やがて肉と血の雨となった。
その光景を見て、武蔵は笑えなかったが、少女は元気よく笑った。
「見ていて可愛いらしいですね。ワタクシの愛情機能がフル突破してしまいます!」
少女は楽しそうに話した。それはまるで遊んで面白がっている子供のようだった。
「何がおもしろい?」
「だって死体があんなに簡単に崩れていくのですよ? 面白くないわけがありません!」
「……」
「どうしました?」
何でも、ない。とは、言い切れない。武蔵の心には怒りしか生まれなかった。
「なんでそんなに陽気でいられるんだっ! 死体でも、人間なんだぞ!」
武蔵がそう否定した途端、少女の顔色が変わった。まるで歴戦の古豪を殺してきた死忍のような目つきになった。
「死体は死体、人間は人間。死んでしまえば種類は別というのをご存じで?」
少女は悪魔のようだった。
この子、人として最低な考えをお持ちのようだ。何故こういう奴が生き残るんだ。許せない。
武蔵は、怒りながら少女に言い放った。
「そんな種類はない! 死体でも人間だ!」
「なら、助けに行かないのですか?」
「……」
「死体も人間なんですよね? なら助けに行けるはずなのでは?」
「……」
「それともやはり口だけの人間なのですか?」
「俺は……」
「どうしたんですか? はっきり言ってみてくださいよ。さあ……」
「俺は……人間も死体も守れる人間だあぁぁぁっ!」
武蔵は、自分で自分を激励し、火種を手に構え、竜巻に突っ込んでいった。近くまで来ると、流石に風の勢いが怪物級に強くなった。が、それにひるんでいる場合ではない。
俺は一刻も早く助けなければならない。かけがえのないみんなを。そして、帰るんだ。学園に。
「いっけえぇぇぇっ!」
武蔵は竜巻の中に突っ込みながら火種を押し切った。竜巻は真ん中から真っ二つに割れ、死体の残骸を落としながら崩壊した。
武蔵の姿を見て、少女は納得したかのように優しく微笑みながらこう言った。
「あなたの本気見せてもらいました」
「ん? ……もしかして、お前か? 竜巻を発生させたのも、消滅させたのも?」
「はい! その通りです!」
この少女は、やはり悪魔だった。
ここまでの出来事はこいつが仕込んでいたらしい。どれほど人を振り回すのだろうか。
「それぐらいの勇気があれば現実でもやれそうですね」
「どういう事だ? ここは現実ではないという事か?」
「ふふふ、それはどうでしょうか。では、また会いましょう。再開まで時間もかからないでしょうし……」
「おい、話聞いているのか? それにどういう意味だ? 再開とは――」
武蔵が少女に問いかけている時に、周りが目が眩むぐらい光だし、地面から強い風が吹きあがった。暖かい風、というより、気持ちが舞いあがったのかもしれない。
☆
「生きろっ!」
早苗がそう叫んだ瞬間だった。音が少し変わった。微弱ながらも音が変わったのだ。そう、それは武蔵の、
「生き返りました!」
命が無事だったという証拠だった。そして、麻道が早苗にそう言った時には、早苗は涙を流していた。
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