第拾捌話 無意識
白い天、白い地、そして白い武蔵(正確には白い浴衣を着ているだけだが)がそこにはあった。
ここはどこだ? 俺はなぜここにいる? 俺はさっきまで自分の部屋にいたはずなんだが……。なぜこんなよく分からない所にいるんだ?
武蔵は今の状況に戸惑った。いきなり自分が外にいて、近くには誰もいない。木もない、音もない、風もない、ただあるのは自分と無限に広がる白いの空だけだった。
「おーい、誰かいないかー?」
武蔵は呼びかけながら、ひたすらそこをまっすぐ進んだ。が、呼んだところで返事などはない。聞こえてくるのは自分の足音だけだ。
「くっそ、いったいここはホントに何処なんだ……」
武蔵が途方にくれながら歩いてくると突然、建物らしきものが見えてきた。やっと見えてきたと思った武蔵だったが、見慣れないものばかりだった。自分よりもはるかにでかい柱……というより柱のようなものがいくつか立っている。そしてその中からは人間が出てきている。
顔からするとどうやら日本人らしい姿だが、どうも服装が違う。見慣れない服装だ。ズボンは履いているが、その上からがよく分からない。俺たちの制服とは全く違う、奇抜な姿をしている。
武蔵が周りを不思議そうに見ていると、どこからか地鳴りのような音が聞こえてきた。
音が聞こえてきた方を向くと、見えたものは、長い長い機械的な物体だ。たびたび吠えるような音を立てながら、とんでもない速さで進んでいる。
「なんなんだここは? 日本なのか?」
武蔵は周りを見回し、少しでも日本ということが分かるものを探した。が、そんなことが分かるものはなかった。
やはり、ここは日本ではないのかもしれない。見慣れた田んぼも、見慣れた家も、見慣れた銭湯もない。
武蔵が諦めかけた時だった。さっきの建物についた黒板のような板が突然光だし、武蔵の体よりもはるかにでかい女性が出てきたのだ。
「なっ、なんだ!? 人がいきなり出てきた!?」
『臨時ニュースです。今日の午後二時ごろ、工事現場で作業中にからくりが出土したとのことです。専門家は、「おそらく大戦国時代に使われていたからくりではないか」と話されています』
女性がそう言った途端、武蔵は頭の中が真っ白になった。
あの織田信長が宣言した大戦国時代がもうとっくに終わっているだと? 冗談にもほどがあるぞ。今だって大戦国時代だというのに、それが簡単に終わるわけがない。
おかしい話だと、あり得ない話だと武蔵は思った。
『その発見されたからくりの画像はこちらです』
女性がそう話すと、女性の姿が消え、代わりにからくりの画像に切り替わる。
「……赤姫?」
武蔵は目を疑った。
出ていたのは赤姫にそっくりのからくりだった。髪は土や砂で汚れ、つやもなく、ぼさぼさだ。両腕両足も無くなっている。着ている振袖も切れていたり、だいぶ汚れていたりする、断定はできないが、武蔵には赤姫に見えて仕方がなかった。
ここで武蔵は確信した。ここは日本であるという事を。
「赤姫がこうなってるってことは、つばささんや琵琶之秦は……。それに、鬼兜と音無蜂も……」
体温が急激に上昇し、そして一気に顔色が悪くなった。武蔵は気持ち悪くなり、吐きそうになった。
でも、何で俺は生きている……? 何故なんだ?
その瞬間、今まで見えてた建物や空が黒に飲み込まれ、武蔵は視界を奪われた。
「うわあぁぁぁ!」
これで俺も死ぬのか。仲間が待っているのなら、それもいいのかもしれないな。さようなら、俺の世界。
☆
「小枝子、たった今手術が終わったぞ」
赤姫の整備をしていた小枝子の元に早苗がやって来る。たった今、手術が終わったらしく、手術着を着ていた。
「そう。で、容体は?」
「ああ、それなんだが……」
早苗は少々険しい顔をした。それを見た小枝子は少し真剣な顔つきになった。
「麻道が言うには、手術自体は大成功なんだが、発汗がひどいという事らしい。それは私もやっていて感じた。場合によっては脱水症状を起こす可能性もある」
「点滴が間に合ってないの?」
小枝子は心配そうに聞いた。すると、早苗はこう言い始めた。
「ああ、その通りだ。普通なら間に合っているのだが、それをはるかに超えるくらいアイツの生命力が危険だ。出血も酷かったからな」
早苗が言い終わると、小枝子は堀田の肩に手を置いた。目は真剣だった。まるで早苗と自らを激励するような力強い眼差しだった。
「……ああ、分かっている。諦めるわけがないだろ。この私が」
「そうよね。諦めないわよね。私もよ、早苗」
互いにそう言い合い、手を握り合う。そして、
「「お互い、頑張りましょう(頑張ろうか)」」
二人はそう言い合うと、それぞれの患者の元に戻るのであった。




