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戦国バスターズ  作者: 石清水斬撃丸
2/35

第壱話 寮に来た。その一

「中々、いい寮じゃん」

 香夏子が自慢げに感想を挙げてくる。

 次の日の一四時ぐらいの事。武蔵は母親の香夏子と共に戦命学園の寮に来ていた。来ていたより、連れてこられていた。

 中は俺の家より全然広くそして全然綺麗だった。ま、そりゃそっか。ここに何十人の生徒が一緒に住むわけだからな。広くて当然、綺麗で当然か。

「よし。武蔵、部屋はこっちだって」

 香夏子が受付の係から館内説明書と他のいろいろな紙をもらい武蔵を部屋へと案内する。

 普通こういうのは係員の仕事だろうに。係員は何をやっているんだろうか。

 武蔵は心の中でそう思った――はずだった。

「(ギリっ)」

「(えっなんで俺こんなに睨まれてんの?)」

 武蔵は自分よりも背が低い女性の係員に蛇並みに睨まれ、その場で怯む。それはまるで、蛙と蛇のようだった。

 係員の機嫌は会った時とは裏腹にすごく変わっていた。武蔵に対する印象、容姿、態度が気にくわないといった様子だ。一言で言ってしまえば、キレている。

「武蔵、素直すぎるよ……」

「えっ?」

 香夏子に言われて寮に来てからの自分を振り返りみる武蔵。一分一秒前の自分の言動、そして行動を振り返るものの、特に悪かった点は見当たらない。

 一体どこが? 目立った行動はしていないし、問題行動も問題発言もしていない。俺が一体何をしたというのだろうか?

「声に出して言ってたよ。嫌味を」

「え?……あっ、ごめんなさい……」

 武蔵はもう一度、注意深く一分一秒前の自分の行動、言動を振り返る。


「普通こういうのは係員の仕事だろうに。係員は何をやっているのだろうか」


 武蔵は思い返すと、ようやく自分の間違いに気付き、係員に謝罪を二、三度してから、その場から逃げるように部屋へと向かった。

 もしかしたら、と今さらながら思うが、今までずっと思ったことを口に出してしまったのかもしれない。と、なると、俺はあの村では変態的人物だったんじゃ……。はあ……。

 とっくの前に別れを告げた村に、精神的悔いを残してしまった武蔵だった。


 それから武蔵と香夏子は部屋に着いた。

 部屋の大きさは生徒が二、三人一緒に生活できるぐらい広い。風呂も台所も付いていて使い勝手は抜群だった。が、すぐに荷物でいっぱいになり足を伸ばして寝れるかどうか分からない状況だ。

「じゃあ、早速制服に着替えてみて」

「今?」

「そう今」

 なぜ今なのかと思ったが、ちゃんと理由があるらしい。学園の規定で公式的に、一度は制服姿を親に見せるのが義務化しているらしい。

 おかしいだろ。これを義務化するのは。どういう学園なのか。全く謎だ。

 武蔵はすぐに学園の規定にツッコミを入れた。ツッコミの中のツッコミ、ツッコラーになれるのも夢ではないのかもしれない。意外とまじめに。

「じゃあちょっと部屋から出ていってよ」

「そう……あたしはいらないってことね」

「なんでややこしくしちゃうの!?いいから早く出ていってくれ!着替えられないから!」

 そう武蔵が言うと、案外素直に香夏子は部屋から出て行った。

 母さん、意外と素直なんだな。というよりも、単純に見たいだけなのかもしれないけど。たぶん、そんな理由なんだろうな。

 自分の子供の制服姿なんて入学してしまえば、一生見ることができない家庭もあるぐらい、この学園は立ち合いを一切許さない。立ち会える時など特別中の特別な知らせがある時だけだろう。

「えっと、「しゃつ」、だと?どれだ?これか?」

 外国から入ってきた「しゃつ」を武蔵は着てみる。

 まだ外国から入ってきた物についての言葉の発音は難しいらしく、どこかまだ音が安定しない。

 着替えの方はというと、大分ぎこちない。というより、初心者中の初心者と言えるぐらい、ぎこちない所が多々ある。初体験の事ばかりだから仕方ないのだろう。

 ネクタイを締め、ブレザー型の青い陣羽織を着て、武蔵は香夏子に合図をした。

「よし。とりあえず着替えたから入ってきても――」

 そして、それは合図をしたとたんの事だ。

「おお!似合ってるじゃん!」

「入るの早っ!そして近っ!」

 香夏子は忍者にも負けない早さで制服姿の武蔵を見ていた。というよりも観察していた、と、言った方が正しいのかもしれない。

 顔が近い。というか、いろいろ近い。そんなに制服が珍しいものなのだろうか?確かに日本じゃ見られない服装だが……。どうなんだ?

「制服が陣羽織とはね~。……あっ、言うの忘れてたわ。武蔵の職業は武士だからそこんとこ、よろしく!」

「職業まで勝手に決めたのか……」

 しかも武士って……。いや、いいんだ。いいんだけどね。いいんだけども、戦いは好きじゃなくてね。そりゃ収入的には安定してるんだろうけど、でも、人通しで殺し合いしないといけないとなると、ちょっと乗りに合わない。

 この戦命学園では制服の色によって職業を区別できる。中々画期的ではあるが、制服の色(職業)が何種類もあるので正直言うとすべて覚えている者はそういない。

 ちなみに武蔵の職業は武士であるため青い陣羽織となっている。

「よし、それじゃあ制服脱いでいいわよ」

 香夏子は武蔵の制服姿に満足したのかそう言ってきた。その欲望は一瞬で満たされた。

「えっいいの?」

「いいよ。見たもんも見たしね」

「……ホントにいいんすか?」

「だからいいって言ってるんじゃん」

 武蔵は香夏子がしつこくそう言ってくるので、心残りがありながらも制服を脱ぎだした。

 なんか、俺の母さんってアレだよな……。いや、後悔も何も無いんだけどね。ただ、職業の事と言い、制服の事と言い、なぜこうもテキトーなんだろう。息子でも少し困るな。

 そういやこの制服、脱ぐ時は楽でいいな。着る時はすごくめんどうだが。

 武蔵は順調に制服を脱いでいく。ブレザーからネクタイへ。ネクタイからワイシャツへ。ワイシャツからズボンへ。

 しかし、この時武蔵は忘れていた。とても重要な事を。重要な事と言っても、これは人によって? はあまり重要ではないのかもしれないが、一応。保険的な何かを掛けておく意味で忠告しておく。

「……しかしいい体になったもんだね」

「生まれてから何年も経ってるからな。立派になって当然」

 たわいもない話声がこの部屋の中で行われ、そしてまた静けさが戻り、制服が脱がれる音が復活する。

「……」

「……」

 両者目を合わせ今のこの状況を感じ取る。

 正座をし、成長した息子の体に見惚れる母親。

 そんな母親を前にし、黙々と着替えを行っている(ふんどし)いっちょの息子。

 そしてどちらもこう思った。


 今のこの状況を他人が見たら、間違いなく誤解されるだろう、と。


「……ごろにゃ~」

 香夏子がこの場の雰囲気をどうにかして変えようと、ネコマネをする。が、

「……ぎ、ぎゃぁぁぁっ!」

 武蔵の心には全く響かなかった。というか、響くわけがない。

 ぎゃぁぁぁ! 俺はなにしてるんだぁぁぁ! 母親が部屋にいるっていうのに、なんで黙々と着替えなんかしてるんだぁぁぁ! いやぁぁぁ!

「武蔵落ち着いて!とりあえずこうすれば!」

「制服で股間隠してんじゃねぇぇぇっ!というか出てけぇぇぇっ!」

 武蔵の咆哮が部屋全体に響く。

 香夏子は何か物足りなさそうだったが、部屋から出ていこうとした。

 その時だった。何かを思い出したらしく、武蔵に連絡をした。

「あっそれと――」

「まだ何かあるの母さん?」

「入学式の日に適性試験あるから勉強しといてね❤」

「先に言えぇぇぇっ!」

 武蔵の寮生活はこれからが修羅場だ。


 それから三時間後、香夏子は役目を果たし(ほとんど重要ではなかったが……)村に帰っていた。

 一方、武蔵はと言うと――

「からくりとは、武士の最大の相棒であり、共に生きていく大切な相棒でもあります。したがって、からくりは相棒以外の何者でもないので、かまってあげないといけません? ですので、相棒であるからくりは大切にしましょう……。結局、言ってることは相棒と言う事じゃねえか!いちいち長い説明だな!」

 只今絶賛独り言勉強中だ。

 ちゃぶ台の上で参考書を広げ、少々気だるそうに音読をしている。

 この支給された参考書も使えるのかどうなのか解らん。これって試験もしかしたら勉強しなくても出来るんじゃねえの?

 ……いや、だめだ。そんなんじゃだめだ。試験なんだからやっぱ勉強して臨まないと。落ちたりしたら、(なん)も言えねえぞ。

「そういえば……母さん、野菜メッチャ置いて帰っちゃったな」

 武蔵は部屋の隅に置かれた大量の野菜が入った箱を見てそう呟いた。

 実際今回の荷物の大半は家で処理しきれなくなった野菜だ。キュウリに茄子、大根、それに玉ねぎ。あらゆる種類の野菜が段ボールの中に入っている。野菜の匂いが部屋の中に充満している。良い匂い、とは言えない。玉ねぎがあまりにも強烈すぎる。

 なんでこんなに置いちゃうかな……。おかげで部屋が来た時よりも狭い。これじゃ足伸ばして寝れるか微妙だな。お、そうだ。

 武蔵はなにか思いついたらしく、手のひらをポンと叩いた。

「おすそ分けしよう。挨拶のついでに」

 そうと考えればすぐに武蔵は行動に移した。

 おすそわけをすることで、その分被害者――ではなく野菜も消費でき仲間も出来るという一石二鳥だ。

 いらなくなった紙袋にいろいろな種類の野菜を詰め込み、廊下に飛び出していった。

「よし。まずはここだ」

 武蔵は一人目の被害――ではなく左隣の部屋の住人、生徒の部屋の前に胸を張り立っている。

 二一五番室。戸の中央に付けられた板には筆で殴り書きの横書きでそう書かれていた。

 何事も一番最初が肝心だからな。変な人じゃないことを祈るぞ。

 そう心の中で神に祈ると、武蔵は戸を軽く叩いた。

「すまん。出てきてくれないか?」

「……なんだ?誰だお前?」

 出てきたのは、俺よりも少し背が高い男性だった。

 どうやら勉強中だったようで、証拠に鉛筆を耳にはさんでいる。

「ああ、初めまして。今日から隣で住むことになった火花武蔵と言う者で――」

「ああ、わかったありがとう。じゃ」

 男性はそう言うと相手が面倒になったらしくすぐに部屋の中に引き返してしまった。

 その反応を見た武蔵はおいおいと思ったのか分からないがすぐに引き止めた。

「えぇ!なんでそんなにさらっと!?」

「だってさ、お前男だろ?かわいい女子(おなご)だったら喜ぶんだが……男じゃ全然萌えねぇわ」

 いきなり変人に出会ってしまったが、こんな所で引くわけにはいかない。

 一刻も早くおすそ分けをして、寝場所を確保しなくては!

 そのためには、この野菜たちを受けっとてもらうぞ! 二一五番室の住人よ!

「と、とりあえず。お近づきのしるしにこれを」

 武蔵は手に持っていた野菜が入った紙袋を渡した。が、

「野菜なら間に合ってるんで。じゃ」

 受け取ってもらう前に戸を閉められ逃げられた。

 それには武蔵も予想外で、必死に戸の前で聞き粘る。

「ちょっと閉めないで!なんでさっきからそう嫌がるんだ!?」

「男からの野菜は結構だ!」

 どうやらここの住人はホントに、本気の女好きらしい。

 女好きと言っても、どの分類の女性が好きなのかは知る由もないのだが。

 このままやっていても時間を食うだけだと思った武蔵は、今度は自分の部屋の右隣りの部屋に挨拶兼おすそ分けをしにいった。

「ああ、言うの忘れてた。オレの名前は駿河(するが)(おか)疾風(はやて)だ。よろしく、自惚れくん」

「はあ、どうも。……って変なあだ名つけるな!」

 最後の最後で二一五番室の住人である疾風が名前を明かした。

 なんだよっ! 最後の自惚れくんって!完全に悪口じゃねえか!

 ただ、自惚れという言葉はどちらかというと悪口ではないのだが……。

 まあ、あちらの……疾風だっけ? 一応、仲良くしよう宣言はしていたし、良いだろう。


「よし。次はここだ」

 二一三番室の前に武蔵はやってきた。

 さっきの疾風は中々の変人だったからに、ここの住人が変人じゃないことを祈るぞ。割とガチで。

「すまん。今日、隣に来たんだが、出てくれないか?」

 と武蔵が言ったその時だった。それは秒単位で起こった。

「ぬおっ!」

 障子紙を突き破り、武蔵の額目掛けて糸切りばさみが飛んできたのだった。

 それは直線に、平行で、空中を突き抜けるように武蔵の額目掛けて飛んできたのだった。

 こわっ! こえええええ! はあはあ……、マジで死ぬかと思った……。マジで片目失う所だった……! 冷や汗が尋常じゃない……!

「ごめんなさい!裁縫に集中していて――」

 戸を開けて出てきたのは武蔵の身長よりも明らかに低い男子生徒だった。男子生徒はペコペコとお辞儀を繰り返し謝っている。

 裁縫に集中していた。その言葉は絶対嘘だと武蔵は思った。裁縫をやっていて、糸切りばさみが飛んでくるはずがない。この男子生徒がやっていたのは、一体何なのだろうか。

「集中じゃねえ……。死ぬ所だった……」

 武蔵は疲れながら反論をぶつけた。

 こんなヤツが投げてきたのか。避けれたからよかったものの、当たってたら本当に危なかった。はあ……。さっきの疾風といい、俺の部屋の周辺は変人だらけなのか? 勘弁してくれ……。

「それより、挨拶がわりにこれを受け取ってくれ」

「あ、ありがとうございます!何ですか?……おっ野菜だ!すいません、わざわざ……。あの、お名前は?」

「ああ、すまん。火花武蔵だ。武蔵で構わないぞ」

「よろしくお願いします、武蔵さん。ついでに僕の名前も。僕の名前は、琵琶之(びわの)(しん)と言います。琵琶之秦でも、秦でも、呼びやすい方を使って下さい」

「よろしくな、琵琶之秦」

 武蔵と秦は互いに紹介をし、友情を築いた。

 琵琶之秦かぁ。中々おもしろ……良い名前だな。うん。決して面白い名前だとか、おかしい名前だとは全く思ってない。断じて。

「そうだ!武蔵さんから貰ったので、お返しを」

「いやそんなこと全然しなくていい!むしろ、されると困る!寝ることが困難になる!」

「……僕が武蔵さんにあげるのは、邪魔にならない物ですよ?」

 なんだ邪魔にならないものか。それなら安心した。かぼちゃ2個とかだったら、本気で困ってた所だった。

 武蔵は「ホっ」とし、胸に掛けていた重い不安を下ろした。

「これです。さっき完成しまして……」

「おお!これは!……人形?」

「はい。(わら)人形(にんぎょう)です。」

 琵琶之秦から渡されたのは、呪い道具の一つでもある藁人形。藁をひもで(くく)り、人型になった藁。

 嘘だと思いつつも武蔵は再度見てみるが、やはりそこにあるのは紛れもなく藁で出来た藁人形。

 武蔵の背後が一気に夏の嫌な涼しさが通った後のようにぞっとした。

 ひょっとしたら、俺の周りは変人しかいないんじゃないのか? 女好きの疾風に、藁人形を作る琵琶之秦。とんでもねぇ……。

 武蔵は琵琶之秦から貰った藁人形を返せず、一応懐に隠し持った。


「とりあえず、だ。この後、勉強したいから、これが実質最後になるな」

 武蔵は最後の住人選びを開始する。

 今までの二回は全て変人と言うしかない人たちだったからな。慎重に選ばないと。さてと。どうするか? この寮は二一五番室、疾風の所までしかない。残されたのは二一二番室だ。

 俺の中の決まりでは、俺の部屋から(ふた)部屋(へや)離れた所までが範囲だ。だから二一二番室ということになる。

 だが、今までの感じからすると変人にはさまれた感じだ。だからこのまま永遠に変人と呼べる人が住んでいるんじゃないかと思う。

 だから結果として、結論としては二一一番室を俺は選ぶ。

 武蔵は苦悩の決断の末、二一一番室に挨拶をすることに決めた。

「(よし。これで大丈夫なら俺の考えが正しいことになるな。頼むぞ)」

 武蔵は部屋の住人を呼ぶ。

 しかし、出てきたのは二一一番室からではなく、二一二番室からだったのだった。

 二一二番室から出てきたのは、桃色の寝巻に身を包んだ長い黒髪の少女であった。まさに大和撫子、と言っていい程、綺麗な少女だった。

 どうやら風呂からあがってまだ時間が立っておらず、髪はまだ湿っていて、身を包んでいる寝巻きが胸を強調している。

「(え、隣!?)」

「(え、もしかしてわたしじゃなかった?)」

 どちらも予想外の事過ぎて唖然。そして、何とも言えない間である。

 えっと、この場合こちらの人に挨拶した方がいいのか? いや、でも二一一番室の人も出てきちゃうかもしれないし、どうすればいいんだ?

「あの……」

 二一二番室の住人である少女が武蔵に声を掛ける。

「そこにはまだ誰も居ませんよ?」

「はい、そうですよね。……はい?今何て?」

「だから、そこにはまだ誰も居ませんよ?」

「……」

 だからそこには誰も居ませんよ? だからそこにはだれもいませんよ? ダカラソコニハダレモイマセンヨ?

 頭の中でその一言が無限に繰り返される。

 説明しなくてもわかるが、武蔵が犯した失敗(ミス)は部屋を間違えたということだ。それが何だとも思える失敗(ミス)だが、女性の部屋を間違えたということは武蔵でも被害(ダメージ)が大きかったらしい。

 武蔵は一呼吸し、

「やっちまったぁぁぁっ!」

『吠えている生徒、うるさいので止めてください』

 恥かしさと共に絶叫した。そして、放送で注意を受ける武蔵。

 果てしなく続く廊下でやったので、声の反響がすごいことになっている。

「そんなに絶叫しなくても……」

 少女は手を耳に押さえながら武蔵にそう言った。

 恥かしい! 何で部屋に人がいないことを忘れるかな~! さっき係の人の説明を聞いていたというのに! ああ恥かしい!

「ん?もしかして今日ここに引越して来た人?」

「……ああ、二一四番室の火花武蔵と言います。はい……」

「よろしくお願いしますね!武蔵くん!」

 少女は嬉しそうに、武蔵に言う。

 笑顔が眩しい。疾風には悪いが、俺はこの上なく幸せを味わっているのかもしれない。

「それと、さっきのことそんなに悔やまなくてもいいですよ?わたしも、入る部屋間違っちゃいましたし。それに、敬語じゃなくてもいいですよ?」

 今思ったが、この人は今まであった人の中で一番まともな人なんじゃないのか? そう思うとこの人が女神にしか見えない。

「ああ、それじゃ普通に。……名前は?」

「え、ああ、ごめんなさい。そういえば、まだ、でしたね。うち――じゃなくて、わたし、白羽乃(しらはの)つばさって言います。気軽につばさって言ってもらっていいですよ」

 つばさは武蔵に微笑みながらそう言った。

 気軽に読んでくれって言われてもなぁ。なんか馴れ馴れしいと思うんだが……。それに、さっきから、たびたび思うが言葉に慣れてないというか……妙に違和感がある。

「あ、それとお近づきのしるしに、これを」

 つばさは武蔵から野菜が入った紙袋をもらい、腕の中で大事に持つ。

 女の子っぽいしぐさがなかなか見ていて癒される……。は、いかんいかん。何言ってるんだろう。しっかりしろ、俺。

「あ、ありがとう。わたしもなにかお礼を――」

「いや、しなくていいよ。もらっても使うかわからないし」

「そう?ならしないけど……」

 つばさは首をかしげながらそう言った。

 そのとき、武蔵はふとなにかの目線を感じつばさの足元を見る。

「あっ……ゴキブリ!」

「えっ!どこに!」

「足元!足元!」

 位置を教えると、つばさは自分の足元を見る。

 見るとそこには、黒く輝いている立派な黒い魂。通称ゴキブリがいるではないか。

「ひ、ひぃやぁぁぁっ!」

 つばさは驚いたあげく、武蔵に飛びつく。

 あれだけ大事に持っていた紙袋を地面に落してしまった。幸いにも袋の中は無事そうだ。

 その様子は少女の新鮮さがありながら、大げさな部分がある。腕と足を武蔵の体に絡ませ、懸命に殺気を放っている。

(はよ)うあっちゃにいって! 近づいてこいで! いやぁぁぁ!」

「つばささん? そんなに怯えないで!一回冷静になろう?」

「冷静になってる! なってるつもりねんやけど!」

 さっきからつばささんの口から聞き慣れない言葉が出てきているんだけど!

 そんな中、ゴキブリは俊敏に移動し、結果、二一二番室に侵入して行った。

 それを見たつばさは一気にテンションが下がり、武蔵の体から離れ、地面にしゃがみ込んでしまった。

「うちの人生が終わった……。よう、生きていける自信があらへん……うちの住居が暗黒の闇に沈んでしもた……」

「さっきから、ちょくちょくその喋り方だけど……。もしかしてつばささん京育ち?」

「……うん、そうだよ。こっちの方だと方言伝わらないと思ったから、使わないようにしてたんだけどね……。使ってしもた……」

 つばさは地面を見ながら、ぶつぶつとそう言う。

 京育ちというのは、ちょくちょく交ってた辺りからわかってはいたが、まさか自分でそれを直そうとしていたとは……。

「でも、無理に直さなくてもいいと思うんだが?」

「わたしも、最初はそうしてたんだけど……。何言ってるかわからない人が出てきちゃって……」

 つばさは武蔵の顔を少し見ながらそう呟いた。

 京の人にも悩みみたいなものあるんだな。そう考えると、人間って繋がっている。

「でも、やっぱり無理しないで、個性を出した方がいいと思うぞ?」

「そうかな……。いや、今はこんなことでくよくよしてる場合じゃなかった……。ごめん、退治手伝ってくれる?」

 つばさは立ちあがり、手を祈る形にして武蔵の顔を見て聞いてきた。

 だがそんなこと聞くまでもなく、武蔵の心は決まっていた。

「ああ、もちろんだ。俺が招いたことでもあるからな」

「あ、おおきに! 手伝ってくれやらんかと思っとった!」

 いきなり京言葉に戻るんだな!まあ、全く問題ないけどな。

 今の話を戸に張り付いて聞いていたのか、疾風と秦が、戸と一緒に出入り口で倒れた。

 それには武蔵もつばさも、驚きしかなかったようで、声をそろえて驚いた。

「お前ら、今までの聞いてたんかい!」

「いや~。自惚れくんとつばさちゃんのやり取りを聞いてたら、勉強どころじゃなくなって……」

 疾風は頭を掻きながら、羨ましそうに言った。

 疾風の女好きがものすごくわかったね。もうこいつただの変態だね。

「自惚れ?もしかしかてて武蔵はんのあだ名か何かどすか?」

 つばささんが巧みに京言葉を使っている。

 そして、ここでケチをつけた張本人が話に入って来る。

「白羽乃さん、あまり方言で言わないでください。意味がわからないんですけど」

「お前がケチつけた張本人かっ!」

「自惚れくんは、オレがケチつけたのかと思ったのかな?」

「いや、普通はお前しか出てこないだろ!こんなの考えられるか!」

 普通は、というか普通に疾風だと思う人の方が世の中にはたくさんいるんじゃないかなぁ? 琵琶之秦だと思う人はいないだろう……。

 廊下で騒いでいたのが流石に一階の受付まで聞こえたらしく、放送が入った。

『騒いでいる生徒たちに継ぐ。早く寝ろ』

 一階の受付にいた係員が脅し気味に忠告してきた。

 さすがにうるさかったか……。だがまだ俺は寝れない。寝るわけにはいかないのだよ。

「つばささん、早く退治しよう」

「そうだね。うちも早く寝たいし」

 武蔵とつばさは疾風と秦に気づかれないように小声で話した。が、そんな意味は全くなかった。

「そんな小さな声で話しても、さっきの会話聞いてるから意味ないよ、自惚れくん」

「話を聞いたからには、僕たちも参加しますよ」

 二人ともゴキブリ退治をヤル気みたいだ。

 武蔵はこの場にいる全員の顔を見て突入の決意をする。

「よし、それじゃいくぞ!暗黒の魂が眠る二一二番室へ!」

 はじめの一歩を踏み出そうとしたそのとき――

『早く寝ろって言ってるでしょ!何回言わせるつもりだ馬鹿共っ!』

 怒りマークを付けた係員が激おこで放送機器に向けて吠えた。

 廊下に、「キーン」、という放送器具独特の音が響く。生徒――というか、これはほとんどの人が嫌いな音であるがために、寮にいる全ての生徒は目が覚めた、もしくは驚いたというのは言うまでもない。

 ヤバい。流石に、今日はやめといたほうがいいのかもしれない。だが、諦める俺ではない。

 武蔵は後ろを振り向き全員を確認する。

「放送は無視して、退治に行こう!」

「放送で注意されたから僕は戻りますよ」

「つばささんは今日はオレの部屋で寝ればいいと思うよ」

「うぅ……。武蔵く~ん……」

 後ろでは諦めの白旗が上がっているのだから。

 入学前に指導されたくない秦、自分の部屋につばさを泊めそのまま……の疾風、武蔵に困り顔で助けを求めるつばさ。降参と言うしかない状態だった。

 簡単に諦めすぎだろ……。まあ、入学に影響したらダメだから、皆慎重なんだろうけどな。

「とりあえず……。明日にしようと思う人、手を挙げ――」

 言いかけている最中だというのに、全員が手を挙げた。

 ほほう、どうやらもう決まりみたいだ。決を取るまでもなかったな。

「よし。それじゃあ、明日にしよう。おやすみ~!」

「「おやすみ~!」」

 全員が自分の部屋に帰る中俺は見逃さなかった。疾風がつばささんの手を引いて行くのを。

「疾風、お前に女性は任せておけないなぁ」

「だ、大丈夫だよ自惚れくん!オレは何にもしないって!はあはあ――」

 すごく危険な香りがスゲーするんだけどっ!とりあえず、つばささんは俺の部屋で泊めておくかな。おっと、その前に彼女の気持ちを聞かなくては。

 武蔵はつばさに少しドキドキしながら聞いた。

「つばささんは、どっちの部屋が希望で?」

「……武蔵くんのお部屋で」

 聞くまでもなかった答えだったが、即答で帰ってきた。

「つばささん!オレと愛のままに、ハーレムを築くんじゃなかったのかい?」

「いや、うち無理やり連れて行かれたやけやし……」

 つばさが疾風に冷たい感じで見るようにそう言った。

 嫌だったんだな……。それが見てとれる。

「くっ! わかったよ、オレは一人さびしく寝るよ……」

 疾風はそう言うと、トボトボと空しそうに部屋に帰って行った。

 まるで、一人では生きていけないような言い方だな! ちょっと引いてしまったぞ!

「じゃ、つばささん。俺達も寝ようか」

「そ、そうやね!」

 少し緊張しているのだろうか。つばささんだけじゃないよ。俺も緊張しているから。たぶんつばささんより緊張してるから。

 二人は緊張気味に二一四番室に入って行った。

 そして、ここからが本当の夜の始まりだったりもする。


この第壱話でだいたいの主なキャラはでそろいました。

あとはぼちぼちでてくる予定です。


つばさちゃんはヒロインです。疾風はライバル的な感じです。

琵琶之秦は共にがんばる仲間のような感じです。

ま、立ち位置はあまり考えずに読んでください。あまり意味がないので。

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