第拾漆話 なでしこ
夜の寮。今そこは、紅い戦場と化していた。生徒三人、からくり三体がたった一体のからくりによって落とされた。
赤姫は秦の意識が無くなったのを確認すると、刀を抜き、歩みを進める。
「全員撃てっ!」
突如そのような声が掛かると、そこかしこから銃弾のようなものが赤姫に襲い掛かる。
壁の中から、天井から、真下から放たれる。
「全員止めっ!」
指示が掛かると、銃弾のようなものは発射されなくなり、やがて止まった。
的の中心となった赤姫を見てみると、なんと固まっていた。強い粘着質のある銃弾によって体中が固定されていた。
「どうだ? 動けないだろ? 悔しいか?」
隊長らしき女性が出てくると、赤姫の前まで来てそう言った。
まだ完全に固定されていないのか赤姫が少々動く。そして、
「隊長!」
部下の一人が襲ってきた赤姫に反応し声を上げる。
しかし、女性は腰に掛けていた刀を抜くと、いとも簡単に赤姫の両腕両足を切断してしまった。
その場に虚しく赤姫は落ちた。
「貴様ごときのからくりが、強女隊の隊長であるこの私、鋼薔薇あずさに触れられると思うな」
あずさの姿を見て、部下達が「おお」と言うように拍手をした。
「全員、被害に遭った生徒、及びからくりを運び出せ!」
あずさがそう指示を出すと、部下達はそれぞれ生徒とからくりを持ち運びにかかった。
指示をされた部下たちは武蔵の所まで行った。
「うわ、血の量が……」
「いいから早く運ぶわよ」
部下達が、持ってきた担架に秦達を乗せようとした、そのとき。赤姫が最後の抵抗からか、部下の首を引き千切ろうと噛みつこうとしてきた。が、それは想定内だったようだ。
「おっと、まだ動く力があったか」
あずさが赤姫の身体を刀で貫き固定して、部下達を護った。しかし、赤姫はまだ暴れる力があるらしく、刺されてもなお体をくねらせていた。
「ここまでしてもまだ挑もうというのか。ふむ、その挑む心だけは認めてやろう。おい、からくり女。後は頼むぞ」
あずさはそう言いそこから一歩二歩下がった。
あずさが呼んだ人物は、あの教師だった。
「ありがとさん。さてと、赤姫。少し落ち着こうか?」
からくりにとっての生みの親であり、保護者であり、お母さんである支尾小枝子だ。
小枝子は刀で貫かれ固定されている赤姫にそう言うと、赤姫の頬に触れるが、赤姫はその腕に噛みつき引き千切ろうとした。
「元気そうで何よりだわ。でも、お母さんに反抗したらこうなるってこと覚えておこうね?」
小枝子は優しそうな声でそう言うと、赤姫の顔を思いっきり掴んだ。
「ぐっ……ぐがあああっ!」
赤姫が初めて叫んだ。というより悲鳴を出した。悲鳴は寮全体に響いた。叫びと共に赤姫の瞳からは涙がこぼれ落ちた。それは自分の弱さと主人を想う気持ち、二つが合わさった涙だった。
「どうやら意識を取り戻したようね。よかった、よかった」
「わた……し……しゅじ…ん、を……」
「大丈夫よ、火花君なら必ず」
小枝子はそう言い、変形した顔で泣く赤姫の頬にもう片方の手を伸ばした。すると、赤姫は全く動かなくなり、機能を停止した。
「必ず助かるわ……。あなたに火花君を思う気持ちがある限りね」
小枝子はそう言うと、赤姫を抱え立ち上がる。
「支尾殿、大丈夫ですか? 血が……」
「こんなの平気へいき。心配してくれてありがとね」
部下の一人が小枝子を心配して聞いてきた。しかし、小枝子はいつも通りの陽気な感じで答えた。
そして、整備室に向かおうとした時に、あずさから尋ねられる。
「おい、からくり女。そいつをどうするつもりだ?」
「どうするって、また修理して、メンテして、復帰させるわ。何か問題でも?」
「大ありだ。復帰させるだと? そんなからくりを、か? 復帰させるのであれば、我らにそのからくりを渡してほしい」
「渡した所であなた達に何かできるとは思えないわ。どうせ破壊するだけでしょ?」
「貴様……私の部隊をなめるな!」
あずさは小枝子が言ったことに腹が立ったのか持っていた刀を小枝子の首近くに構えた。構えられた小枝子は腰に備えていた対からくり用自動拳銃をあずさの腹部に構えた。
「驚いたな。まさか、そんなものを備えていたとは」
「ふふふ、驚いてくれて私もうれしいわ」
「(小枝子……刀を向けられても全く動じていない。やはり昔から変わっていないな……)」
「(う~ヤバい。ついその場のテンションでやってしまった……。刀で切られるのかな? 私、死ぬのかな? それより、かまれたところが痛いんですけど! 我慢せずに言うべきだったか……)」
二人は別々の感情を持ちながら、その場で立ち止まった。どちらも構える態勢を解こうとはしない。小枝子の場合は、解く事ができないのかもしれない。
そして、ようやくあずさが構えを解いた。
「ふん、まあいいだろう。今回は貴様のその考えに乗ってやろう」
「ありがとね、考えに乗ってくれて(殺されずに済んだ。あぶねぇ……)」
「だが、今回だけだ。次は強制的に実行させてもらう」
あずさは刀を、小枝子は拳銃をしまう。
「隊長! こっちの部屋でからくりの主人と思われる者が!」
部下の声が耳に入る。
「生きているのか?」
「死に近い状態です」
その一言を聞いて、小枝子はぎょっとする。それはまるで過去の事を思い出すように。




