第拾陸話 学寮夜戦
朝早いので生徒は早めに就寝していた。それは秦も同じだ。とっくに夢の中。眠れる死忍となっていた。その表情からはきっと武蔵を困らせているのだろうか。それとも音無蜂を困らせているのだろうか。危険な寝顔だ。
「……武蔵さん、充実してますね。羨ましい……」
「……寝言かよ」
その声に反応して音無蜂が起きる。髪は下ろされており、睡眠形態になっていた。小さな布団から出てくると、秦の顔を「じー」と見る。
「何で幸せそうな顔をしているのかしらね。間抜け顔すぎるわ」
音無蜂はそう言うと自分の布団へ戻ろうとした、そのとき、味わったことのない殺気を音無蜂は感じ取った。
「何、この感じ……。嫌になるぐらい酷い殺気、だけど、何なの。この馴れ親しんだ様な感じは」
音無蜂は何者かの殺気を感じ取り、辺りを注意深く警戒する。無防備な秦を守るかのように。
「そこかっ!」
音無蜂は殺気を出す者を見つけたのか飛び立つように、部屋の天井の隅に左手を向け、突っ込んで行った。そして、部屋に刃と刃がぶつかる音が響く。と共に、「ぶちっ」と線のような物が切れる音が鳴る。
「アンタ、どういうつもりよ。断りも無く、人の部屋に入ってくるとはね。それも殺しに」
頬が切れ、火花が飛び散るのも構わず、音無蜂はそう言うが、その侵入してきた何者かは背を向けたままだ。
「アンタに言ってるのよ。赤姫」
そこにいたのは、血が大胆に染みついた赤姫だった。濃緑色の髪も血の赤が混ざり、錆びついたように見える。
赤姫は、寝ていた秦に気付き刀を逆立てる。まるで秦をこれから殺そうという構えだった。
「ちょっと、何をするつもり。まさか、アンタ――」
音無蜂が止めに入ろうとするも、いつもの速さが出ない。それもそのはず。髪を結われていないので、髪を羽ばたかせる事が出来ない。
秦に刀が振り下ろされる。
「秦、起きなさいっ!」
音無蜂は出会って初めて秦を怒鳴った。それも、ただ怒鳴ったのではなく、起こしたのだ。怒鳴り起こしたのだ。
秦はそれに反応し目覚めると同時に向かってくる刀をかわした。そして、灯を付ける。
「これはどういう状況ですか、音無蜂」
「こういう状況よ。見れば分かるでしょ」
「なるほど。つまり非常事態ですか」
「緊急事態でしょ、こういう時は」
秦と音無蜂は言葉を交わすと、それぞれ行動を開始した。
音無蜂は赤姫を引き付ける。そのうちに秦は音無蜂の小さなちいさな髪止めを探し出す。
「音無蜂!」
秦はそれを音無蜂に向かって投げる。
赤姫から振り下ろされる刀をひらりとかわす。そして、空中で髪止めを掴み、一瞬のうちに結う。
体制が整った。
「さあ、こっちよ!」
音無蜂はそう言うと、秦の髪の毛を掴み廊下へ飛び出て行く。そして、赤姫も部屋から出て行く。戸からではなく、壁を刀で切り抜いて。
「ここからどうするつもりですか?」
「どうするって、倒すに決まっているでしょ」
音無蜂は赤姫を見ながらそう言った。
目は赤い血の如く輝き、関節部から気味の悪い音を出しながら赤姫は秦達に近づく。
「え……」
そして、秦の腹を壮大に突き破る。
「嘘でしょ……。こんなところで終わりだなんて……」
音無蜂は信じられないのか、戦意喪失してしまう。
そんな音無蜂を余所に、赤姫はそのまま刀を引き抜こうとする。だが、抜けない。赤姫は原因が分からないのか、無造作に刀を振り回す。
「残念です」
その一言が終わる頃には、赤姫は首を後ろから刺されていた。
くない型専用武器である「隼丸」を後ろから刺し、立ち尽くす秦。
「夜戦終了です」
「アンタ、なんで生きてるの? さっき殺されたんじゃ」
音無蜂は刀を見る。
するとそこには、一個の藁人形が。
「身代わりの術です」
秦は「どうだ」と言わんばかりの顔でそう言った。
音無蜂は、涙を隠しながら秦の肩に止まる。
「今ん音、なんなん!?」
「廊下が騒がしい……あれ? なんで皆いるの?」
廊下の騒がしさに気づき、疾風とつばさが部屋から出てくる。どちらも専用武器を手に持っており、後ろにはからくりの姿も見られる。
「今のはですね――」
秦が説明しようとしたその時だった。ねじが回る音を体全体から鳴らしながら、再び赤姫が動き出したのだ。
「皆さん気を付けてください! 今の赤姫さんは敵です!」
秦が警告し終わる前に、赤姫は間隔を一気に詰めて来て刀を振るう。絶体絶命かと思われたが、間一髪、音無蜂が守りに入った。しかし、身長差や力関係からか、音無蜂が少しずつ後ろに後退してくる。
「皆さん、今のうちに赤姫さんを倒します」
「待ってよ秦くん! まだうち、状況が分かってあらへん。せやかて……」
「つばささん危ない!」
つばさが躊躇している時だった。音無蜂を突破した赤姫が、刀を向けて突っ込んできた。それを庇った疾風が刀型専用武器の「春雷」で防御に打って出るが、いとも簡単に弾き飛ばされてしまう。
疾風は背中から壁に打ち付けられた。それを好機と見たのか、赤姫が刀を振りかざし突っ込んでくる。
絶体絶命と思われたが、秦の一瞬の判断でそれは打ち砕かれた。隼丸を分離させ、赤姫の体に巻きつける。そこから、一本釣りのように天井目掛けて投げつける。天井には穴が空き、赤姫の姿は無い。どこか遠くに投げ飛ばされたようだった。
「終わったみたいね……」
「そのようですね……」
秦と音無蜂がそろってそういった。
「弾き飛ばされてんじゃねぇよ。男だろ?」
倒れた疾風に、紅桜はきつい一言を飛ばす。
「オレは男だが、あれは壱年の力じゃ無理だ」
疾風は紅桜を見上げながらそう言った。
「……おい、何にやけてんだ?」
「いやぁ、こうして改めてみると、意外と女の体しているんだな~、と」
「どういう意味だ?」
紅桜が火縄銃を構える。
「分かりやすく言えば、男気溢れる行動ばかりだったから――」
銃声が鳴り響く。それに対して、全員が疾風の方を見る。
「……嘘です。ごめんなさい。調子乗りすぎました。反省するんで、次弾装填するのやめて下さい」
疾風が反省するものの、紅桜は今にも打ってきそうな感じで構えを続ける。
「姉さん、疾風さんもこう言っていますし許してあげませんか?」
「ま、まあ、夜桜がそう言うのなら今回だけは許してあげるけど……ただし、次言ったらその目ん玉に銃弾撃ち込むからな。覚悟しておけ」
紅桜はそう言うと、夜桜の手を繋ぎ、疾風から離れて行った。
「そういえば武蔵くんは? さっきから見かけてないんだけど」
「そういえばそうだ。自惚れくんは何をしているんだ?」
疾風とつばさにそう言われると、音無蜂は何かを思い出したのか青ざめた表情になった。
「音無蜂、どうしました?」
「……いや、そういえば赤姫の体に血みたいのがついてたなって」
その一言によって、青い沈黙が場に立ちこめた。
誰もが真っ先に心に浮かんだのはただ一つ。
死。
「それじゃ、今、武蔵くんは……」
つばさがそう言ったその時だった。窓を突き破って赤姫が再襲してきた。
それを見て、紅桜は火縄銃を再び構え、一発二発弾をぶっ放す。しかし、考えられない事に全て避けられた。銃弾がいとも簡単に交わされたのだ。負けと言っても間違いではない。
呆気にとられた紅桜は目を見開き、赤姫を探すが、その時にはもう自分が赤姫にぶっ放されていた。壁を突き破り、夜の空に紅桜は寂しく舞った。
「姉さんっ!」
夜桜の叫びが紅桜に向けられる。
夜桜は手甲鉤を右手に装備し、赤姫の体を裂こうとするが、素早すぎる動きに刃が立たず、手裏剣を飛ばす。しかし、全て打ち返され、そして、
「ぐがっ!」
頭を掴まれ、床に叩き落とされた。
「……」
赤姫が何かの感触を方に感じた。それは矢だった。振り向くとそこには弓を構えたつばさの姿があった。
「ごめん、赤姫ちゃん……」
つばさはそう言うと、再び矢を発射させる。そして命中した。心臓部に。しかし、それでも赤姫は行動を止めなかった。
赤姫はつばさの懐に突っ込み、強烈な回転蹴りを食らわせるのであった。
「こんのっ!」
音無蜂が大胆な攻撃出るも、刀によって受け止められてしまう。が、
「今よ、秦っ!」
音無蜂が秦に合図を送る。すると秦は隼丸を発射させ、赤姫の腕ごと体に巻きつける。「ガシッと」締めつけ、逃げられないと確認し、壁に投げつけようとした。その時だった。
「秦後ろだっ!」
疾風の警告が出た時には、秦は腹を貫かれていた。食い止めていた音無蜂も、右腕を切断され、地に堕ちている。
「ぐはぁ……」
秦は血を吐きだし、その場に倒れ込んだ。そして、音無蜂に手を伸ばす。
「おと、な、し、ばち、だけ、は……」
そう言っている時に、今度は手を貫かれた。完璧に固定された上に、抉るように削られる。
「ぐがあぁぁぁっ!」
秦の苦痛と悲しみが入り交じった叫びが廊下に響く。周りは血でどんどん紅く染め上がっている。
「よくも秦を……。そして、その刀で、「火種」で仲間を傷つけるんじゃねぇ!」
疾風は後ろから奇襲をかける。しかし、またも消えた。が、しかし、今は赤姫に構っていられないのか、秦に寄りそう。
「秦! 大丈夫か? 大丈夫じゃないよな。すぐに学園に連絡、をぉ……」
疾風が心配そうに語りかけている時だった。銃声が鳴り響く。
疾風は右肩と腹に痛みを感じ、触ってみる。すると、手が紅く染まっていた。
「なぜ、だ……。弾は無いはず……」
疾風は言葉を詰まらせながら考えた。
「まさか……。あの時は交わしていたのではなく、弾を回収していたのか……」
疾風はそう呟くと赤姫の方を見た。今度は手に手裏剣を持っていた。そして察した。次は手裏剣が飛んでくる事を。
疾風が察した通り、手裏剣が疾風の体に次々と刺さっていく。血がどんどん吹き出し、疾風は力尽きるように倒れた。




