第拾肆話 災難
五月一八日。武蔵達が入学して約一カ月が過ぎた。生徒たちはみな自分のからくりと共に重い重いの、実に重い学園生活を過ごしている。ある人はからくりに振り回され、ある人はからくりに抱きつかれ。いろいろな出来事が起きながらも毎日を過ごしている。そして今はというと……。
「体育係、報告しろ」
今は、四限の体育の時間。担当教師は大和田先生。生徒は体育着に着替えて整列しており、今は報告中だった。
「壱年負け組壱、男子総員………何名だっけ?」
「俺に聞くなよ」
「俺も知らないぞ」
「適当でいいんじゃね?」
「じゃあ、そうすっか。」
斎藤、水瀬、青木、酒井、伊静、男子生徒五人、出席簿で叩かれる。
まあ、そうなるだろうな。前に先生本人がいる所で、適当とか言ったらこうなるとだいたい予想が出来る。
「お前ら何喋ってんだ?」
「いや、聞いてただ―」
「だからしゃべらない!」
また注意され、出席簿で今度は殴られる。
喋るな言われてるのに喋るとは何やってんだ、こいつら。後ろの方に自分たちのからくりが行儀よく正座で待ってんだぞ。早くしようとは思わないのか。
「(プスプスプスプス)」
「……お前何笑ってんだ?」
「いや、何でも無いです。思い出し笑いです」
「じゃあ、我慢しろ。そのくらいできるよな?」
またも怒られる。しかも今度は秦だった。こらえきれなかったのだろう。
その光景を後ろで見ていた音無蜂は少し怒っていた。髪の毛がとんでもない速さで羽ばたいている。
「……あいつ何やってんだろうな」
「お前も喋らない」
「……」
「聞いてんのか? 火花、お前だぞ?」
武蔵は少し驚いた。まさか自分が注意されるとは思っていなかったらしい。
やばい。思っていた事をつい言葉に出してしまったらしい。
武蔵はすぐに訂正の言葉を言おうとする。が、しかし、
「す、すいません。つい思っていた事を言ってしまいまして……」
「よし、今怒られた奴こっちこい」
「え、無視ですか?」
大和田先生がそう言うと、今怒られた生徒がぞろぞろと前に出てきて並ばされた。
最悪だ。これ、後で赤姫に何か言われそうだな。
「よし。じゃあ、一人ずつ名前言え」
最初に指名されたのは斎藤だ。
ここで変なこと言うなよ。全員調子乗るからな。
「斎藤康二、一五歳、独身!」
武蔵の顔から希望が消える。
いきなり変な事言いやがった! 独身ってなに? 独身って?
武蔵は斎藤が言った言葉に対しての先生の態度をうかがった。
「お前それおかしいだろ! 名前だけ言えって言ってんのに何で年も言ってんだ! しかも、独身! 何やってんだっ……。はい、次」
大和田先生はあきれ顔でそう言うと成績表に記入する。
一発目から怒られたな。次の人は、水瀬だ。彼も巻き込まれたのか。可哀想な人だ。斎藤に聞かれただけなのにな。運がない人だ。俺もある意味運がないがな。
「水瀬総司、みんなからは水瀬くんと言われてます」
「名前だけでいいとは言ったが、愛称の事は聞いてない! 分かったな、水瀬くん? はい、次」
大和田先生が注意の中にもう『水瀬くん』を盛り込んできた。
この先生、呑みこむの早いな。
「後の紹介になりました青木二郎です」
「上手い事を言えとは言ってない! はい、次」
青木も上手いこと言うね。怒られたけど。
「酒井連、当時15歳」
「なんだっお前っ! 今までの話聞いてたか? その注意したんだぞ? ちゃんと聞かないと退学だぞ? いいな? はい、次」
大和田先生の「なんだっお前っ!」が降臨した。これが出ると必然的に成績がすごく下がる。
酒井の特徴が出たな。酒井は毎日のんびりしている。そのため人の話を聞いていない。
「伊静徹、特になし」
「特になくてよかったな。はい次」
大和田先生はさらっとツッコミを入れ次の生徒、秦に矛さ……ではなく秦に話を回す。
特になくてよかったな。さらっと言うね。そこがいいね、伊静は。そして、次だよな。不安が一番高いのは……。
「琵琶之秦です」
琵琶之秦はそう言うと懐からあ(・)る(・)物を出してくる。それを見た大和田先生、そして近くにいた生徒は唖然した。
「……なんだこれ?」
大和田先生はある物を掴むとそう秦に聞いた。そのある物の正体は
「藁人形です。お近づきの印にどうぞ」
「いや、いらねぇよ! ていうか、何で今持ってんだ?」
「癖でして」
「癖なんか? 意味分かんねぇ癖だなぁ……。はい、次」
大和田先生はあきれた口調でそう吐くと武蔵に視線を変えてきた。
「火花武蔵」
「火花っと。んっ、なんだっお前! 学級委員だろ? しっかりしろよ!」
最悪だと、武蔵は心の中で思った。
しまった。学級委員という肩書が俺の評価を落とす事になってしまった。くっそ、あの時テキトーに決めるものじゃ無かったか。いや、俺はちゃんと決めようと思った。ただ回りがちゃんとしなかった。その結果、この有様だ。笑うしかない。
「おい、何笑ってんだ!」
そして大和田先生にまた指摘される武蔵だったのである。
しまった。つい口に出てしまった。もうどんな言い訳をしても聞いてもらえそうにないな。最後は自爆だったか……。
「よし、うんじゃもとに戻れ」
大和田先生に解放され列に戻ると、授業が始まる。この後、今日やる事を確認し、それから素振りを一人30回やった。それが終わるとそれぞれからくりと実戦練習を開始した。赤姫の場合、刀というより素手を主に使うので、武蔵は少し手を抜いて練習をしていた。
「ご主人様! もっと思いっきりやってもらって大丈夫です!」
「いや、待て。素手と刀じゃ分が悪いと思うんだが……」
武蔵は、苦笑いしながらそう言った。
「大丈夫です! 赤姫は丈夫なので!」
赤姫はそう言うと、構えをとった。
いや、そういう問題じゃないんだが……。刀と拳、全く違うのだが。何かあった時にはもう遅いというのが俺の本音だ。それをどうにかして伝えてあげたい。が、今のやる気に満ちている赤姫にはとても言えない。そのやる気に満ちた目をこちらに向けられると、やるしかなくなってしまうだろ。
「……仕方が無い。じゃあ行くぞ」
「はい! いつでも大丈夫です!」
武蔵は専用武器である「火種」を構え、赤姫に向かっていく。
「おらぁ!」
武蔵は「火種」を振り降ろす。その瞬間、どこからか「ぐさっ」という音が聞こえた。練習を中断し辺りを見渡すが、音の正体は分からない。武蔵だけには。
「……武蔵さん」
「何だ琵琶之秦? そんな驚いて」
「ちょっとアンタ、今は動かないでよ……。頼むから……」
武蔵は頭上を見た。そこには青ざめた音無蜂がいた。なんだかすごくあたふたしているように見える。その証拠に髪の毛がビンビンと羽ばたいている。興奮状態といった感じだ。
「音無蜂もか。何なんだよ二人して。何か気持ち悪いぞ?」
「いや、その、ワタシが思うには気持ち悪いってのは精神的な意味以外な事だと思うんだけど……」
いつになく控え目な音無蜂に武蔵は気味が悪くなり始めた。
「ご主人様……」
「何だ赤姫……って、どうした!? 何で涙目になっているんだ!?」
赤姫に呼ばれ振り向くが、先程とは全く違う赤姫の様子に武蔵は困惑した。
さっきから一体何なんだ? 何でこんなに俺の事を心配してくるんだ? 訳が分からん。
そう思っている時、武蔵はあることに気が付く。
「ていうか、音無蜂。いつものでかい右腕がないぞ?」
「そ、それは……」
音無蜂は言うのをためらい、黙り込んでしまった。その代わりに秦が武蔵に教えてくれた。
「刺さってますよ」
「誰に?」
「武蔵さんにです」
武蔵は間抜けそうな「え?」と言うと、ようやくその痛みを感じ取った。自分の後頭部を触ると、硬い物が確かに刺さっていた。
「なるほど……。これ、か……」
武蔵はその場に力無く倒れた。
「ご主人様!」
これから少しずつ動き出します。




