第拾参分伍話 闇夜のからくり
三日月が怪しく光る夜の事。天にも届きそうなくらい伸びる竹が何十、何百本と茂っている。深い闇に包まれた竹林に、突如、激しく風が吹き抜ける。
「待てっ!」
竹林に一声が響く。響くと同時に竹林が次々と揺れる。そして、しなる。何回も、何遍も、うねりを上げて揺れ動く。竹の上部を見ると、そこには、何人もの死忍が、勢いよく竹を蹴って、進んでいるではないか。
黒尽くめの死忍達が、追いかける目の前には、必死に逃げる一人の少女。黒い振袖を何回も竹にかすらせながら逃げる少女の姿があった。何か大事な物を持っているのか、大事そうに、胸の中に護るように持っていた。
そして逃げる少女に対して、死忍達から最悪の土産が投げ込まれる。それは、大量のくないだった。
一斉に向かってくるくないを、少女はひらりと避ける。
「一発も当たらないだと……っ」
死忍の一人が驚きの声を漏らした。数と力は勝っているはずなのに一発も当たらない。一発どころか、皮膚にも、服にもかすらなかった。
死忍達が追いかけ、少女が逃げている時だった。眩い閃光が辺りを包みこみ、その場にいた全員が怯んだ。そして、爆発が起きた。
その爆発は全てを巻き込んだ。死忍も、竹の群生も、少女も全て。とてつもない風圧が発生し、爆発で死んだ体を炎と共に吹き飛ばす。そして回りは炎で彩られた。
「ワタ……クシは……、こんなとこ……ろで……、とま……ら……ない……」
少女の皮膚が溶け、貴金属で作られた体が露わになる。所々回路が切れ、蒼い電気が散りついている。腕と足に至っては溶けてしまい原型が何だったのか分からない。髪の毛もほとんどが燃え尽き、導線が露わになってしまっている。一方、死忍達も、全員がからくりだったようで跡形も無く解けてしまった。
少女、改め、からくりは最後の動力を使いある言葉を残した。
「あか……ひ……め……」
言い終わるとからくりはそれ以上反応しなかった。
「ほほう。『あかひめ』とはな……。それがお主の希望か、黒姫よ」
炎の中に突如、男性の姿が現れる。風貌からは将軍のような感じだ。
男性はからくりに近付き、からくりが持っていた物を引きずり出す。それは重箱だった。傷も汚れも何一つついていない重箱だった。
男性は重箱を開ける。そこに入っていたものは、天むすだった。たくさんの天むすだった。ぎっしりと丁寧に入れられた天むすを男性は一つ手に取り、頬張る。
「うまい。が、これもお主の希望だと言うのであれば、こうするしかあるまい」
男性はそう言うと、重箱を地面に叩きつけ、踏みつぶした。入っていた天むすも、重箱と一緒に滅茶苦茶な姿に変わってしまった。
その時。男性は足に少し痛みを感じた。確認して見ると、少女のからくりが噛みついているではないか。その姿を見て、男性はこう言った。
「これを破壊しても、お主が生きる希望を捨てないのは、やはり『あかひめ』があるからなのか……」
男性はしばらく黙りこみ、そしてこう告げる。
「黒姫よ。その希望を見つけて壊すまで、我に使えよ」
男性はそう言うと、からくりを背負い煙が漂う闇夜の中に消えて行った。




