第拾壱話 嗚呼! からくりよ! その四
赤姫が飛び付いた衝撃により、武蔵もしくは本達が崩れてしまった。おかげで本を愛する主人のからくりである緑蘭は激怒した。それはもう、言ってしまえば主人を攻撃されたと同じ。小柄ながら力が強く、綺麗なたんこぶを赤姫と、そして被害者でもある武蔵に作った。
「とにかくいいでしょうか?」
「お、おう。大体は――ではなく、全部分かりました!」
武蔵は、今にもまた殴りかかりそうな緑蘭にそう言った。
「まあ、いいでしょう。反省しているみたいですし。でも、次にまた同じような事をやって見せたら今回ばかりじゃ済まされませんから。よろしいでしょうか?」
緑蘭は、武蔵と赤姫を見上げてそう問う。すると武蔵と赤姫は反省しているからか素直にこくりとうなずくと共に「はい」と言った。
それを聞くと、緑蘭は満足したかのように笑みを作り、また図書館の秘書の業務に戻っていった。
「……こんなこともあったけど、とりあえず本でも読むか?」
「はい! そうですね!」
武蔵と赤姫はしばしば読書に入ったのであった。
「ふぅ、久しぶりに読んだなぁ。おかげで頭が疲れた」
「お疲れ様です、ご主人様!」
武蔵は廊下で体を伸ばしそう言った。赤姫はそんな武蔵を見てか、おぶる体制を取った。
「……何をしてるんだ?」
「ご主人様がお疲れに見えたので!」
「別におぶらなくてもいいから! そして、なぜそこまでがっかりする!?」
「ぐすっ……。赤姫はご主人様の役に立ちたかっただけなのに……」
赤姫はその場に膝をつき、武蔵に哀れんだ。
……そんなふうにされると、なんかこっちが悪みたいな立場になってしまうな。なんなんだろう、この罪悪感。
武蔵は、小さいため息を吐くと赤姫に手を差し伸べた。
「俺はそこまで赤姫の事、悪く思ってないぞ。たぶんこれから、頼りにする時の方が多いと思うし、例えるとすれば、そうだな……。赤姫は俺の姉だ」
武蔵の最後の一言だけを聞くと、赤姫は高らかに復活をした。目を輝かせて、今から頼りにしてほしそうだ。
復活早っ! さっきの落ち込みは一体何だったんだ? 俺が考えて考え抜いた言葉がこれほど効くとは……。自分でも恐ろしいな、俺。
武蔵はそんなことを思いながら次の目的地の話を赤姫にしだした。
「で、次の所なんだが、赤姫ってさご飯食べたりはするものなのか?」
「はい?」
赤姫は首をかしげる。
ちょっと、おかしかったか? さすがにこんなことを突然聞かれたら、からくりでも戸惑うよな。よし。今度はもう少し分かりやすく聞いてみるとするか。
「ああ、すまん。からくりも腹減ったりするものなのかと……」
武蔵が聞き直したその時だった。背後で甲高い音がした。それはまるで刀と刀がぶつかり合った時のような音だった。
武蔵はその音に反応し咄嗟に振り向く。するとそこには、足を思いっきり床に振り下ろした後の赤姫の姿が。床は衝撃で少し歪んでいる。
「えっと、これは一体……」
「ご主人様、気を付けて下さい! 周囲にごくわずかな殺気があります!」
赤姫が武蔵に警戒を促す。武蔵は急に起きたからなのか呆気にとられた。
なんだ? なんでいきなり戦闘状態みたいな事になっているんだ? て、敵が近くにいるということなのか? しかし何処に? 近くには見当たらない。あと、敵って一体? 少なくとも、ここまで喧嘩を売った行動はしていな――いや、しているな……。今までに何回も喧嘩を売る行動は、特に男子にしているな……。と、とにかく。俺も刀を抜いておかないとな。
武蔵は腰に掛けてた専用武器・火種を抜こうとした。が、どうもこうもなぜか火種は抜けない。というよりも抜こうとしても抜けない。なにか詰まっていて抜けないとかそういう感じではなく、刀自身が出てこないと言った方が正解だろう。
「ぐぐぐっ……」
「ご主人様、早く! でないと、危険です!」
「わかってはいるんだが……。中々抜けない……」
武蔵が火種を抜くのに苦戦している時だった。それは超高速でやってきた。
「ぬあっ!」
「ご主人様!」
武蔵の火種に何者かが接触した。そしてまた甲高い音が鳴り響く。衝撃で武蔵は尻から倒れた。
「ご主人様、お怪我はございませんでしょうか?」
赤姫が心配そうに武蔵に寄る。
「ああ、特に大丈夫だ。それにほら、火種もこの通り」
武蔵は抜けた火種を赤姫に見せると、立ちあがり、周囲にいるとされる何者かに言い放った。
「もし俺が君に何かしたと言うんなら謝る。それと、戦うのであれば姿を出してくれないか? その方が俺にとっても君にとっても後味は良い感じになるんだが?」
「隠れているあなた様! ご主人様のありがたいお言葉にしたがって大人しく出て来なさい!」
赤姫が武蔵の後に追い風を吹かせるように言葉を足す。
「仕方がないわね……。だったら、見せてあげる。ワタシの全貌を!」
何者かは、武蔵と赤姫の言葉に対して戦う気満々で姿を現した。
武蔵と赤姫はその姿を見ると目を細めた。その小ささに。
出てきたのは、三寸ばかりの、生まれたてのかぐや姫ばかりの、小さな小さなからくりだった。黄色い浴衣に蜂の絵が本物さながらに描かれ、二つ結いの髪を器用に羽ばたかせ浮かんでいる。というより飛んでいる。そして何より特徴的なのは、右腕だ。何層にも鉄が重ねられ、針のように尖っている。
「赤姫、あの右腕すごいと思わないか?」
「そうですねご主人様。赤姫も初めて見ました」
「え、一緒の時とか無かったのか?」
「無かったですよ。基本、自由でしたので」
意外な事を赤姫から暴露された武蔵だった。
「ちょっと! アンタ達、ワタシを出てこさせて無視ってどういう扱い?」
からくりは今の自分への扱いが嫌になったのか、沸き上がる苛立ちをにじみ出しながら武蔵と赤姫に言った。
「ああ、すまん。こんな小さいからくり初めて見たものだから……つい、な?」
「な? っじゃないわよ! 舐めてるの? 蜂の巣にでもなりたいの?」
からくりのイライラはだんだん高まっていき、羽ばたいている髪の速度がどんどん速くなってきている。
「ご主人様、茶番もここまでの様です! すぐに体勢を取ってください!」
「いや、でも、こんなに小さいし……。それに、今、戦闘なんて起こしたら、生徒指導になる可能性が……」
武蔵が躊躇していた時だった。武蔵はその場に倒れた。まるで眠りにつくように倒れ込んだのだ。赤姫はそんな武蔵を見てすぐに抱きかかえた。
「はぁ……今日は何て日なんでしょう……。ご主人様を抱きかかえる事が出来るなんて……。赤姫幸せ――って、そんな事は関係ありませんでした! ご主人様っ! ご主人様っ! 大丈夫ですかっ! 目を開けて下さいっ! ご主人様っ!」
赤姫が必死に呼びかける。しかし、武蔵が目覚める事は無い。逆にどんどん支える力が無くなり、ずっしりと重くなっていく。
「ふぅ……。巧みなのは言葉だけだったわね。なんだか物足りないわね。消化不良満載って感じ」
「あなた様! ご主人様に何をしたのですかっ!?」
「何ってそりゃ把握つくでしょ? まさか。そんなことも分からないくらいアンタの思考力機能は衰えているのかしら?」
「っ!」
赤姫はからくりに対しての怒りが耐えられなくなったのか、殴りかかろうとした。が、何故か体は動かなかった。というより、動けなかった。後ろから引っ張られる感じに赤姫は後ろを向く。
するとそこには、眠ったまま赤姫を止める武蔵の姿があった。特徴的な白いエプロンの裾を確かに掴んでいる。そんな武蔵を見てしまうと赤姫は怒りを鎮めてしまった。
「あれ? どうしたの? もしかして怒る気失くしちゃった? くくくっ……」
からくりは赤姫を上から眺めながら挑発行為をまたし始めた。が、赤姫はもう挑発には乗らなかった。眠った武蔵をまた背負い、あての無い学校巡りを開始した。
「おもしろくないわね……。まあ、いいわ。次また会う時に続きをしましょうか。そのご主人様ってのが起きれば良いけど」
そう言い残し、どこかへ飛び立とうとしたその時。廊下の突き当たりから思いっきりくないがからくり目掛けて突っ込んできた。からくりはひらりと避けた、かのように見えた。が、飛んできたくないの刃が四つに分離し、飛んでいたからくりを逃げられないように巻き付いた。からくりは羽ばたかせていた髪ごと巻き付かれたものだから、そのまま地面にボトッと落ちた。落ちた衝撃で金属音が鳴り響く。
「ちょっと! なんでワタシこんなことになってるわけ!? これじゃ飛べないじゃない!」
「捕まえましたよ。もう逃げないでください」
「げっ!」
捕まえた本人が走ってこの場にやってくる。見た感じ男子生徒のようで、陣羽織の色は紫、死忍志望の生徒だった。そして、男子生徒を見るや否やからくりの顔色は大きく変わっていた。青ざめていた。
「大丈夫でしたか? 僕の音無蜂が何か危害を――ってあれ? 背中にいるのはもしかして……武蔵さん?」
男子生徒の口から出てきた言葉に赤姫は驚いた。なぜ名前を知っているのだと。
「ご、ご主人様の事を知っているのですか?」
「ご主人様? ああ、ていうことは、あなたが武蔵さんのからくりなんですね。うわ~、普通にかわいい。武蔵さん、勝ち組じゃないですか」
男子生徒はそう言いながら、赤姫を隅から隅まで、服の質、強度、意匠を確認し、赤姫の頭を撫でた。
「えと、その……」
「ん、どうしました? ……すいません、いろいろ触っちゃって」
男子生徒の行動全てに戸惑い赤姫は声を漏らす。男子生徒はそれに気づくと、謝罪をした。
「改めて紹介すると、僕は琵琶之秦。武蔵さんと同じ学級で親しい……方です」
「は、はあ……」
琵琶之秦と名乗る男子生徒は自分の紹介を終わらせると、音無蜂と言われるからくりを指差し、話しだす。
「で、あっちの小さい蜂みたいなのが音無蜂。僕のからくりです」
「小さいって言うな!」
音無蜂は秦にそう言うと、芋虫のように体をくねらせ脱出を試みる。するとそれを見た秦はひょいっと音無蜂をつまみ赤姫に見せながら説明した。
「ちなみに言うと、この巻き付いてるのは僕の専用武器の隼丸。覚えておかなくても大丈夫です」
「何見せつけちゃってるの!? いいからこれを早く解きなさい!」
「嫌です」
「何で!?」
「だってそれを解いたらまた逃げますよね? なので今日はそれで我慢して下さい」
秦はそう言うと、音無蜂を懐に入れた。その光景を見て、赤姫はより一層秦に怯えた。たぶん、窒息させる気か、とでも思ったのだろう。
「あの、ではこちらも紹介をしますね? 赤姫は、ご主人様のからくりで、赤姫と申します」
「「なぜ二回言った?」」
赤姫の紹介に対し、秦と音無蜂の気持ちが重なった。ひょっこりと顔を出していた音無蜂はすぐに秦の手によって押し戻されていたが。
「す、すいません! すいません! つい癖で!」
ペコペコと武蔵を担ぎながら謝る赤姫に、秦は少々戸惑った。いきなり謝られたのに驚いたのだろう。
「えと、それより秦様?」
「何ですか? 思いっきり頼ってください」
怯えながら質問をする赤姫に対し、秦は満々な態度で聞いた。
「あの、保健室という場所はどこにあるのか知っておりますか? 名前だけしか聞いた事が無いもので……」
「それなら知ってますよ。さっき行ってましたから。よかったら一緒に行きません? 一人じゃ大変だろうですし」
その事を聞き、少しだけ秦に対する恐怖は無くなった赤姫。「ありがとうございます!」といつものように元気がある返事をし目指す事にした。
「あと、よかったらこれ」
秦は懐に手を突っ込むと、ある物を取り出した。しかし、赤姫はそのある物を見て凍りついた。電源が落ちるくらい凍りついた。
「これって……」
秦から渡されたものは藁人形だった。しかももう釘で打たれたような跡が残っていた。
赤姫はこの時思った。音無蜂を人形にされた。自分も武蔵も人形にされる、と。
「昨日作り過ぎてしまって。まあ、記念に貰って置いて下さい。あと、意外とこれ役に立ちますから――って、赤姫さん! こんな所で倒れないでください! 音無蜂は二人も連れていけません!」
「ちょっと! ワタシが連れていく予定になっていたなんて初めて聞いたわよ!?」
「言ってませんでしたっけ? まあ、言ってなかったとしても、連れて行ってもらう事に変わりはないです。それに、今の音無蜂には精々一人しか連れていけないだろうし、ここは僕が苦労して二人を保健室まで血の汗を流しながら連れていく事にします。はあ、こんな時に役に立つからくりが僕のそばにいればよかったのですが……。はっきり言って残念です」
秦は挑発交じりにそう言うと、二人を保健室へと連れて行こうとするのだった。
やっと拾壱話です。遅くなってスミマセン。
今回は秦のからくりである音無蜂が登場しましたね。基本ツンデレ?中の女ですが、結構主人思いのからくりだったりもします。その場面が書かれるのはまだまだ先ですが……。その時までお待ちいただけると幸いです。




