第零話 大戦国時代
私の記念すべき一作目となります。
なので、途中おかしくなっていたりしてしまう時もありますが、
なにとぞ長々とお付き合いくださいませ。
一五八二年六月二一日。
戦の時を伝える法螺貝の音が《和国》日本の大地を揺らしていた。
空からは無数の矢の雨が大地に突き刺さり、
大地は武将たちの血と涙で濡れていた。
そう、今宵はまさに――
「大戦国時代、到来じゃ……」
天下統一を成し遂げた織田信長は時代宣言をするが、本能寺の変で自害した。
織田信長がいなくなった今、我こそは天下統一と言う者たちが、
再び、戦場で血を流す時、
《和国》日本は消滅へと向かう――
☆
「うむむむむ……」
ある銭湯の前で、ある一人の少年が悩んでいた。火花武蔵が悩んでいた。
どうするべきか。いや、悩んでいては仕方がないことはわかっているんだが……。出すべきか出さないべきか。
武蔵は手に持った申し込み用紙に念を念じるように、申し込み箱に入れた。
「お願いしますよ~。どうか今回は、ね?」
武蔵は他人に聞こえないぐらい、蟻の子よりも小さな声で申し込み箱を願った。。
頼むぞ。これで六回目だからな。流石に当たってくれないと泣くからな? 今までの願望は全部闇の中に消えていったんだ。何としても当たってもらわないと困る。
と、ここで武蔵はあることに気付いたのだった。
「そういえば、注意事項読んでなかったな。一応読んでおくか」
武蔵は村に帰る前に机に置かれた申し込み用紙の注意事項の欄を読んだ。そして、衝撃の事実を知ることになる。いや、一般的に見れば衝撃の事実ではないのだが、とてつもなく衝撃的でもないのだが、武蔵からでは、火花武蔵からでは見え方が違っていたのだ。
「えっと、なになに。『全国の湯お届け企画』は基本女性限定ですので、男性の方は応募対象ではありま……」
そう、今回武蔵が『全国の湯御届け企画』に男性は対象外だったのだ。いや、もしかしたらずっと前から、男性は対象外だったのかもしれない。
ここで武蔵が『全国の湯御届け企画』について説明をしておく。
『全国の湯御届け企画』というのは、名前の通り全国各地の名湯の成分をまとめ上げた入浴剤を抽選で百名にお届けするという企画である。この企画は全国の町や広場で申し込み受付をしており、抽選率もかなり低い。が、銭湯好きにはもはや女神からの救済と言われるぐらいの人気を誇っている。
なお先程、武蔵が言っていたように今まで武蔵が当たったことはない。
「うっそだろぉぉぉっ!」
武蔵はその場で果てしない悲しみが混じり、悲運が表現され尽くした言葉を絶叫した。
たった一つの過ち――というよりも自業自得により何もかもが終わってしまった。今や武蔵は合戦に負けた武士のようだ。いや、武士というより、落ち武者のようだった。
くっそ、なんでこういきなり応募対象とか出してくるんだ? 男でも入浴剤を使って風呂に入りたい奴はいるというのによっ! いや、そもそも今まで女性限定だったから当たらなかったのか? いずれにしてもあんまりだ……。まあ、今回は! 今回だけは、見逃してやる! 毎回応募するのも主催者様に申し訳ないからな!
「よし! それじゃ、帰るか」
武蔵は気紛れな悲しみを捨て、気分を変えて、村に帰っていた。
「おかあ、あのお兄ちゃん女なの?」
「こら! へんなこと言うんじゃありません! ちょっと趣味がおかしいだけなのよ!」
後ろでちょっとした暴言――ではなく、うわさをされているのを武蔵は知る由もない。
「母さん今帰って来たよ」
「あ、おかえり~」
武蔵が帰って来た時には、母親である火花香夏子は夕飯の支度をしていた。
桃色の半着の上に紫色のエプロンをつけて鼻歌交じりに料理中だ。
今日のこの匂いからするとおそらく……肉じゃがか何かだろう。久々の肉じゃがだが、ちゃんとした原形を保っていてほしいと心から願ってしまう。
なぜそうも武蔵が願ってしまうのには、形も、原形も、始まりもない大事な理由がある。
そう、武蔵の母である香夏子はすごく料理が下手なのである。
いつからこんなに――というよりは初めからなのだが、どうも料理とは相性が悪いらしい。あらゆる手段、手順、方法を駆使し、さらには料理教室の先生も付き添って料理したこともあるが、最終的には霊理(食材またはこれを食べた人物が霊になり天国へ旅立つような料理)となって完成する。あらためて説明すると恐ろしい。
いつもなら手伝うのだが、俺の帰りが遅かったので自分で作ろうと決心したんだろうなぁ。出来上がるまで不安しかないね。どうか霊理を作らない事だけを願うのみ。
武蔵は香夏子のもとに来て手伝いを始めようとした。
「母さん、今日は肉じゃがかな?」
「違うよ。魚の脂ぞえだよ」
なんだそれ!
武蔵は心の中で全力で突っ込んだ。
なんなんだ魚の脂ぞえって! めちゃくちゃ太りそうな名前なんですけど! いや、そもそも油しか残ってなさそうだ。魚の部分は油に溶かされて、異臭でもしてしまうんじゃないかな。
武蔵の頭の中では不安という文字が破裂と増殖を繰り返している。
繰り返しを続ける不安を頭に抱えながらここで武蔵はあることに気づく。
出かける前より少し――というより大分部屋が狭いのだ。
物置より少し広いぐらいのこの家の中は、平包み(ひらづつみ)や海外から導入された段ボールが部屋の中を独占または埋め尽くしている。大げさな表現ではあるがその二種類の荷物によって確かに狭いことは隠せないほど、隠しきれないほどの大事実である。
「母さん。気づいたんだけど、なんか出かける前より部屋の面積が狭い気が……」
「ああ、言うの忘れてたわ。明日からここ出てってもらうから」
「そう、分かったよ……はあっ!」
武蔵はオーバーすぎるリアクションをしながら先ほどの絶叫とは裏も表も違う驚きの声を上げた。
なんでだ? なぜ明日から出ていくことになっているんだ? ……ま、まさか俺が負担ばかり掛けてついに土地税が……。くっ、母さんごめんよ。こんな息子で。風呂ばかり入ってないで、少しは農業やっておけばよかった……。
「武蔵には立派な武士になってもらって、安定した家庭を持ってもらいたいからね。戦命学園さんまで手続きしてきたよ」
「ああそういうことなら全然良いよ。……って、全然良くねぇぇぇ!」
なんで実の息子に話というか、相談というか、とにかくいろいろ黙って勝手にやっちゃうかな。ちゃんと話してからにしてほしいよ。
武蔵の心の中では論争が横から、前から、下から、上から、とにかくいろんな方向から飛び交っている。
戦命学園。そこは未来の戦で勝利をつかむ少年少女たちが通う武士専門の学園である。ただし、武士専門と言っているが、武士以外にも忍者や鉄砲隊など様々な職業を専門としている。
「まあ、いいじゃないか。どうせここに居たって銭湯巡りするだけだろ?」
「だけだろって言い方酷くない!? 銭湯愛好家の俺的には母親でも許せ――」
「よし、完成。飯にするよ」
き、聞いてねぇ……。
武蔵の抵抗はむなしく、あっけなく散った。完敗したと言っていい程散った。
「さあ、最後の晩餐、どうぞ召し上がれ❤」
「その言い方、洒落にならないんだが……まあいいや。いただき……できないんだけど?」
皿に盛り付けされたおかず、言わば魚は、もはや油がまんま上がったような姿だった。鮮やかな橙の肉や青々とした海の色をした綺麗なうろこの姿は全くない。
これをどうやって食えと……? まず、ご飯と一緒に食わなきゃ死ぬ。というよりも、みそ汁のワカメが、短時間で育ち過ぎな感じがするのは気のせいだろうか。
武蔵は不安になった。この後の自分の事ではない。むしろそれは、
「母さん、俺が出ていったら食事で死なないでね?」
母が作ったものを母が食べて死ぬという出来事に対して不安になったのだった。
ただ、今まで自分の霊理で死んだことがないのであまり不安ではないのが大事実だ。
第零話、いわゆるプロローグです。
プロローグでは武蔵の学園入学前の事を書きました。
まだまだ学園には入学しておりませんが、だんだんと書いていくつもりです。