<九>有り得ない事態
単調ながら長いお経が終わって一人ずつお焼香を済ましたのち、皆が再び席に着いた。華子はお焼香の時に気付いたが、普通の葬儀では絶対に有る『遺影』が掲げられていない。これも、この地方独特の風習なのか。暫く普通の感じの読経が続いている。
葬儀社の男性が、もう一度華子の後ろに来て耳元で囁いた。
「この後、少ししてから友人代表の弔辞をお願いしますからね。よろしく」
――ええええええ! 聞いてないよ。
華子は仰天して席から飛び上がる衝動をぎりぎりのところで抑えた。
その時だった。華子の携帯電話の呼び出し音が鳴った。華子はすみません、というように頭を下げて壁際の方へと進んで電話を耳に当てた。
「華ちゃん? 待ってるのに、一体どうしちゃったの?」
叔母さんの声だった。
「叔母さん。私、今葬儀の会場にいるんですけど。一列目の壁側」
「何、訳わからないこと言ってるのよ。もうすぐお焼香が始まっちゃうのよ。早くして」
お焼香が始まってしまう? とっくにお焼香は済んでいる。華子は、嫌な予感がしてそのまま足早にお寺の入り口にある立看板の所へ急いだ。
『故 綾小路園子儀 葬儀式場』
―― あやのこうじそのこ!? アイタァ! 葬儀違いだ。間違えた。ハナコも華子違いだ。
「叔母さんごめんなさい。近くまで来てると思う。すぐ行きます。最寄りのバス停、何て言いましたっけ」
「やだ。言わなかったっけ? 『静坂峠』よ」
―― あっちゃぁ。私が降りたのは『静坂下』だ。紛らわしいのなんのって。
華子は急ぎ先程の葬儀社の男性の所へ行って、葬儀会場を間違えたこととハナコ違いだったことを説明した。