<七>弔問
翌日華子は、当時家族とともに乗る筈だった列車と同じ名の特急列車に乗り、途中から列車を乗り継いで、そのあとさらにバスで奥へと向かった。住所の地番とズバリ一致するものがネット上の地図ソフトで調べ切れなかったので、正確な場所はよく分からない。華子はこんなに寂れた地方に向かうのであれば、事前にもう少し詳しく場所を尋ねておくべきだったと省みた。しかし、幸いに同じバスに喪服姿の人たちが何人もいたので、この人達に付いて行けば葬儀場へ辿り着けると考えほっとした。
バス停『静坂下』で降りる喪服の人の列に華子は付いて行く。お寺さんはバス停から歩いてすぐの所に見えた。三十人ほどの弔問客だった。激しく泣きじゃくっている老夫婦と華子と同じくらいの年格好の男性。それに寄り添う小さな一人の子供の姿が見えた。恐らく麻紀さんの家族なのだろう。華子が着くと数人の弔問客がひそひそと耳打ちをしだした。
「もしかしてハナちゃん?」
年の頃、華子と同じくらいの女性が話しかけてきた。小学校を転校して二十七年ほど経っているので、殆どクラスメートやその親の顔は分からない。しかし、余程華子の顔に特徴があるのか、相手が「ハナちゃん」と分かるので自分の方で相手が分からないのは失礼な話である。華子はついつい相手の名を聞きそびれてしまう。
葬儀社の人と思われる男性の一人が弔問客と一言二言言葉を交すと数人の弔問客は華子の方を指差した。葬儀社の男性は華子の近くまで来て言った。
「ハナコさんですね。あなたが生前、故人と最も親しかったと皆様言われるので、弔問客の一番前の真ん中に座っていただけませんか」
この地方には、弔問客の座る場所まで指定する風習があるのであろうか、と華子は首を傾げた。また、華子は確かに小学生時代に麻紀さんとは親友関係にあったが、その後一度も会っていないし、彼女の生きてきた三十六年間の人生の中で華子が一番親しい友人であるとは到底思えない。
「あの。華子違いじゃありませんか? 確かに子供の頃親しかったですが、二十七年も前のことです」
葬儀社の男性は首を横に振って言った。
「いいえ。間違いではありません。皆様、あなた様の顔を知ってらしてそう言われるのですから」
華子は揉めていても仕様がないので、仕方なく一番前の真ん中の席に座った。振り返ってぐるっと周りを見渡したが、叔母さんの姿は見えない。昨日は通夜の現地からの電話だと勝手に解釈していたが、どうやらそうではなかったらしい。到着が遅れているようで、捜せど捜せど叔母の姿は見当たらない。