<四>失意
相変わらず華子の司法事務所は月に数件の相談や依頼があるだけで暇だった。ところが、旅行の日程が愈々と迫ってきた中、事務所は急に忙しくなった。相続手続きの代行で日程の関係から地方の役所へ登記簿を直接取りに行ったり、不動産業者よりの代行登記手続きの依頼や、はたまた債務免除の交渉やらの面倒な依頼など続けざまに仕事が舞い込んできた。華子は懸命に旅行の日程と業務が重ならないよう調整を試みたが叶わず、とうとう旅行提案者であった華子本人が楽しみの旅行に参加できなくなってしまった。彼女は当初の約束通り、スポンサーとして家族の宿泊代を負担し、旅行は華子を除く家族、それに叔母と華子のクラスメート関係の十人で行くことになった。宿泊代金の負担はもともと気持の用意があったので何ら不本意ではなかったが、華子は何より楽しみにしていた旅行に行けなくなることが残念でしかたがなかった。しかし、永年世話になっている司法書士事務所の仕事を放っておいて休暇をとることは出来なかったので彼女は旅行を諦めた。
上野駅のホームまで見送りに行けば、少しの間だけでも懐かしいクラスメートと会って話が出来る筈ではあったが、余りの仕事の忙しさにそれすらも華子は出来なかった。家から最寄の駅まで家族を見送り、彼女はその足で事務所へと向かう。
母は言った。
「本当に残念。道子叔母さん。華子のクラスメート三人とそのお母さんも集まるんだって楽しみにしていたのよ」
「うん。でもしょうがないよ。たっぷり楽しんで来てね。みんなによろしくね」
父が突然叫んだ。
「おい! 昭雄。おまえまさか」
昭雄の大き目のボストンバックから猫の耳が見えた。
「そういうこと。そういうこと」
ボストンバックの中で同調するように猫が鳴いた。
「みゃあみゃあ。みゃあみゃあ」