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<十四>おかえりなさい

 華子は完全に訳がわからなくなった。お焼香を済ませ、受付のところへ戻り看板を落ち着いて確認することにした。

 看板には『横芝バス転落事故 故乗員乗客 合同三回忌』と書いてあった.


◆◇◆


 華子は東京都内の家に戻った。そこには家の住人を失って草ぼうぼうとした廃屋があった。

 周りは既に日が暮れかけていて徐々に薄暗くなってきていた。家の前に一台の車が停まった。車からは二〇歳台前半くらいの若い男女が出てきて周りをきょろきょろと伺いながらゆっくりと玄関の前に立った。


「ここが、その噂の心霊スポットさ。四人家族全員が二年前にバス事故で亡くなったんだ」

「おまけに……」

「毎晩、女の人の泣き声が聞こえるんだってさ。一人だけ成仏できずに地縛霊となって住み付いているってもっぱらの噂だよ」

 二人は玄関扉を開け家の中へ入った。


―― やっぱり私は二年前に両親と弟とともに観光に行っていた? そんな筈はない。最寄り駅まで見送ってその足で事務所へ向かったんだ。

 華子は若い二人に続いて家の中に入った。そして立ち止まる二人を追い抜いて奥へと進んでいった。

カップルは華子に気が付いていないようだ。すぐ近くに居るのに……。いや。女性の方が気が付いたようだった。

 女性が突然華子の方を指差した。


「ああ。いる。いる。そこにいるよ」


 その女性の指は完璧に華子の顔を捉えていた。


 華子の頭の中に過去の記憶がよぎる。

 それは特急列車のグリーン車に乗って窓際でにこにこしている自分だった。対面の席には両親、隣には昭雄。すっかりお母さんになったクラスメートの一人が家族のボックスへポテトチップと缶ビールを持ってきて「飲みましょ」と言う。華子はにっこり笑って「有難う。でも、昭雄は飲んべいだから付けあがらせるといくらでも飲むからね。ほどほどにしておかないと」

 確かにそこには笑顔の自分がいた。


―― 事故を起こしたバスには、家族と一緒に叔母さんもクラスメートの関係の人たちも皆乗っていたんだ。麻紀ちゃんも。路線バスじゃなく観光バスだったんだ。そして、そこには私も乗っていた。


 麻紀ちゃんの言葉が、つい今しがたのことのように頭に聞こえた。

「そんなものよ人生なんて」

「過去の幸せなどもともとなかったことにすればいいのよ」

「そうは思わない?」

 そして。

「あなたの弔辞とてもよかったわよ」

 さらに、さっきは無かった言葉が……。

「人は、その時々に感謝していればいいの。それでいいのよ。いい事も悪い事もすべてすぐに過去になるのよ。過去の自分の幸せや不幸なんてすべてなかったことにすればいいのよ」

 華子が振り向くとそこには仏様の様な麻紀ちゃんの顔があった。

 部屋には誰が並べてくれたか、位牌が四つあった。線香が燃え尽きて焼香台の中で色を変えている。その位牌の後ろには懐かしい両親と昭雄の姿があった。そして、その後ろには道子叔母さんの姿も見えた。皆にこにこと笑っている。


「おかえりなさい」


 母が優しく一言言った。


 続いて麻紀ちゃんが口を開いた。

「いいのよ。もう頑張らなくても」

 麻紀ちゃんはそう言って、華子の方へ手を伸ばした。


 華子は、自分が生きているのか、そうではないのかという、最も基本的な問いに対する答えを麻紀ちゃんに求めてみた。

「麻紀ちゃん。ねえ、私は本当に死んじゃったの? それとも……」

 その言葉をさえぎるように麻紀ちゃんは言った。

「生きてる? 死んでる? そんなことどうでもいいことよ。それよりあなたはとっても辛かったのでしょ? 自分が全てを壊してしまったような……。でもね、だーれもそんなこと思っちゃいない。だーれも……。あなたは辛くて辛くて自分は生きているって思うことしか出来なかったのね。それで、どんどん自分勝手に自分の世界を創ってしまったの」

 麻紀ちゃんの姿は、時を超えて小学生時代の彼女に戻っていた。


 華子は真剣な顔をして言った。

「麻紀ちゃん。実はあたし……」

 緊張した空気が流れる。麻紀ちゃんは急に細い目を吊り上げた。の世界の人(!?)の顔は一段と迫力を帯びている。それはあの『貞子』さんが映画『リング』のシリーズ第一作で素顔の目を見せた瞬間の迫力をひょっとして超えていたかも知れない。何故なら何と言っても彼女は映画の中の人物ではなく『ホンモノ』だから。

 華子が言った。


「あのねぇ。あたし三六歳だと思っていたら、あたしたち途端に三八歳だよ。本格アラフォーだよぅ。ねえ、どうしよう」


「……」 


「あのね、話、そっち行く!? 華ちゃん! あんた、人の話聞いてた?」 

 呆れたように麻紀ちゃんは言った。そのあと昔の通りの言葉が出た。

「またあ。華! 馬鹿なことばっかり……」

 そういえば小学生時代の麻紀ちゃんは華子に対して『華ちゃん』ではなく『華』だった。


 廃屋に一通の光が差し込んでいる。麻紀ちゃんはもう一度その手を華子の方へ伸ばした。

 そして、

「華ちゃん。ほら階段だよ。あたしに付いてきてくれるよね。ねっ!」

 にこにこしている華子。

「またあ。華! ほら階段だよ。とっとと付いてきたらどう!」

 即座にうなずく華子。

 

 その瞬間に亡母は泣き崩れ、それを弟、昭雄が支える。

 

 父の顔には安心したような微笑みが伺える。

 

 華子は三人の家族と麻紀ちゃんに付いて行った。

 光の中へと……。


 若い女性の言葉が聞こえた。

「あれ? あれ! 逃げられた! 逃げられちゃったよ。きっとあんたのせいよ!」


◆◇◆


 人は授精した瞬間に死へと向かっていく。

 そして。

 そんな悲しい運命をも『楽観視』できるという、生きるための『武器』を生来天から授かっている。

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