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カメレオン

掲載日:2012/01/09

恋愛要素より友情要素の方が強いです。

プロローグ

 俺は、カメレオンが好きだ。

いや、爬虫類だか、両生類だか分からない動物が好きなわけではない。

生き物としてのカメレオンは、まあ、触れられなくはないが好きとまではいかないだろう。

俺が好きなのは、嘘が得意なカメレオン。

周りに同化し、傷つくことから逃れる。

最高だと思う。

 皆が皆、嘘つきなら、この世界はどれだけ幸せなんだろう。

そう考えたことはないだろうか。

 もちろん、騙そうとか、貶めようとかそういった類の「嘘」じゃない。

エープリルフールにつく嘘とか、嘘も方便の「嘘」。

 皆がカメレオンならば、誰も傷つかない。そして、自分も傷つけない。

傷つかず傷つけない距離感を保って、適当に仲良くやっていける。

自分の言ってもらいたい言葉をもらい、相手を喜ばせられる。

届かないものに手を伸ばして、嘆くこともない。

皆が相手を気遣って、相手に合わせられる世界は、きっと綺麗だ。

相手に同化して、届かないものに手を伸ばさない世界は、きっと美しい。

それは幸せなことなんじゃないだろうか。


俺は、よく思っていた。

「なんで人って、そんなにバカなんだろう」と。

 だって、俺たちは、理解している筈だ。

希望を持てばその先に、絶望が待っていることを。

ほら、よく歌の歌詞にも出てくるだろう?

 傷つくのは、それだけ、希望を持っているからだ、とかなんとか。

つまり、裏を返せば、希望を持たなければ、傷つかずに済む、ってことだ。

それならば、あえて希望を持つなんてバカなことしなきゃいいのに。

カメレオンのように同化して、巧くやり過ごせばいいのだ。

腹が鳴らない程度の獲物を捕まえて、後は襲われないように身を隠していればいい。

相手に合わせて、傷つけず、傷つかなければいい。

 希望を持たなければ、その分の失望が来ない。

なら、それでいいじゃないか。それがいいじゃないか。

何かを望んで、それが手に入らないほど悲しいことなどないと思う。

それが分かっているのに。

自分にも他人にも望みを持たなければ、傷つかないと分かっているのに、どうして人は、望んでしまうんだろう。

同化することを忘れて、希望を持って、自分らしく生きてしまうんだろう。

カメレオンになろうとしないんだろう。

 俺は、いつも思っていたんだ。

バカだなって。



1章

 淡い太陽の光を浴びた教室。

梅雨も明け、夏の始まりを迎えたこの季節は、何もしていなくても汗が出るほど暑い。

けれど、朝だけは過ごしやすい温度を保っていた。

 しかし、もちろん、全力で自転車を漕げば汗をかく。

 青年が一人、チャイムの音と共に、教室のドアを勢い良く開けた。

その顔は、汗でぬれている。

クラスメイト30人分の視線と、担任教師の視線が青年に集まった。しかも、教師の視線には、怒気と呆れが混ざっている。

「…あはは。えっと、ギリギリセーフですよね?」

 汗でぬれた髪を掻きながら、苦笑いを浮かべた青年に教師はため息をついた。

「今日はギリギリセーフだ。だけどな、本当にギリギリだぞ?高良の家は学校から近い所にある筈だろう。もう少し早く来い。次は、こんなにギリギリに来たら、遅刻扱いするからな」

「ちょっ!先生、それ困ります。ギリギリセーフなら、ギリギリセーフ扱いしてくださいよ!」

「いや。お前には危機感が足りないようだからな。今度からは遅刻扱いだ」

「そんな~」

 高良と呼ばれた青年と、教師の掛け合いを見て、一人が、笑いを口に出す。

それは連鎖的に拡がり、高良を除くクラス全員が笑っていた。

 しかし、遅刻魔である高良にとっては、死活問題となり得るため同じように笑える筈もなく、一人肩を落とした。

「朝からお疲れ」

 高良敦が席に着くと、隣の席に座る笹本が笑いを含みながらそう言った。

「マジで疲れた」

「やせるかもよ?松浦のおかげで」

「松浦」というフレーズに敦は苦い顔をする。

「その名前、聞きたくねぇ」

 腕を机の上で折り、頭をつける。大きなため息をつきながら、敦は、「ちょっと前までは幸せだったのに」と小さく漏らした。

笹本は微苦笑を浮かべながら、「そうだな」と同意する。



 事の発端は、1か月前。

いつものように友人と弁当を食べている敦に向かって、言葉が放たれた。

「私、高良くんのこと、好きになったから」

 高めの位置で括った長い髪。小さな体に小さな顔。声は高く、可愛いと称して何ら問題はない彼女は、敦の隣のクラスの生徒だった。

 皆の注目が敦と彼女双方に集まり、それに気が付いた彼女の頬は更に赤くなっていく。

 それを見ながら敦は冷静に、目の前にいる人物の名前を思い出そうとしていた。

「松本栞…?」

「松浦です」

 彼女の訂正に思い出したと言わんばかりに手を叩く。

 一年の時、確か同じクラスだった筈だ。

「おいおい、敦。何か言ってやれよ~」

 友人が面白そうに敦の肩を叩く。クラスメイトも頷いていた。

 そう言われ、とりあえず栞を見る。

可愛らしい顔だ。背も小さく、どこか守ってあげたい気がしないでもない。

一年間クラスメイトとして過ごし、あまり関わりはなかったけれど、優しい子だったような気がする。

そう言えば、友だちも栞は性格がいいと言っていたような気がした。

 敦と目が合うと、栞の頬は一気に赤さを増す。照れた時の癖なのだろうか、前髪を必死に触っていた。

 敦は彼女いない歴=年齢である。どちらかというと恋愛には疎い方だ。

しかし、その敦でもわかった。

栞が自分のことを好いていることを。

その目には好意があふれており、しかもこんなに大勢の前で自分の気持ちを告げられたのだ。わからない筈がない。

 だからこそ、敦は言った。

「ごめん、気持ちは嬉しいけど、俺、松浦さんのこと少ししか知らないんだ。だから、松浦さんの気持ちには応えられない」

 栞は一瞬肩を落とす。しかしすぐに、表情に笑みを戻した。

「そうだよね。一年間一緒のクラスだったけど、高良くんとほとんど話さなかったし、知らなくて当たり前だよね」

「…ごめんね」

「いいの。これからは、私のこともっと知ってもらえるように頑張るね!」

 栞は最大級の笑顔を浮かべ、くるっとスカートを翻し、後ろを向いた。

顔だけを敦の方に向け、「また来るね。バイバイ」そう言い残し、自分のクラスへと戻って行く。

 敦は、ぽかりと口を開け、呆然と去って行く小さな背中を見送る。

ただ傍観していた友人たちは、数秒後、手を叩き爆笑した。

「恋する女は強いな」

 笑いすぎて涙目になりながら敦の背中をバシバシ叩く友人。

そんな友人の隣で敦はため息とともに漏らした。

「面倒くせぇ」


 それからだ。

松浦栞が敦にまとわりつくようになったのは。

 休み時間毎に敦のクラスに訪れ、昼は当たり前のように一緒に弁当を広げる。

帰りもなぜか栞に家まで送られるのだ。

それは、ストーカーと言っても過言ではないレベル。オープンなストーカーだ。

だからこそ敦は遅刻魔になった。

朝付きまとわれる時間を少しでも減らそうと、時間ぎりぎりに学校へ向かい、休み時間はトイレに身を隠す。

「なんで、こんなことになったのかな?」

 机に伏しながら、敦は言う。

「ま、恋は盲目。なんじゃないか?」

 面白がるではなく、ただ事実を伝えるように笹本が返答した。

 

 気が付けば、担任の教師は職員室に戻り、一時間目の数学の授業が始まっていた。

黒板を見ると、大きく「自習」と書かれてある。

 クラスメイト達は、音楽を聴いたり、話をしたりしていた。

隣で授業をしている教師が様子を伺いに来るギリギリの騒がしさ。高校生活も2年目となると、そういうスキルだけは向上するのだ。

「あ、栞ちゃん」

 窓の外を眺めていた一人の男子が声を出す。

そのフレーズに皆の視線が敦に集まるのはお決まりのことで、もう動揺すらしなかった。

からかわれるのが面倒で、敦は机に伏したまま目を閉じる。

「なんだよ。寝てんのか?つまんねぇな」

「…やっぱさ、栞ちゃん可愛いよな」

「だよな!やっぱ、そう思うよな。顔は小さいし、目は大きいし」

「正直、あの栞ちゃんに好かれてるなんて、敦が羨ましいよ」

 窓際の集団は、「松浦栞」をテーマに話を始めた。その話題の結論はいつも決まっている。「敦が羨ましい」といい、羨望の目を向けるのだ。

「羨ましけりゃ、代わってやるのに」

「そう言うなって」

 敦が心の中で呟いた筈の言葉は、外に漏れていたらしい。

机に伏したまま目を開けると、笹本が苦笑いを浮かべていた。

「俺、ストーカーの被害者なんだけど」

「あれをストーカーと呼んでいいのか?」

「100%の確率でストーキングされてますけど?」

「確かにな」

 笑う笹本を敦が軽く睨む。

「笑い事じゃない」

「ごめん、ごめん。でもさ、敦も松浦のこと可愛いとは思うだろう?」

「そりゃ、…まぁ」

「だったらなんで?別に付き合ってもいいんじゃないの?」

「可愛いと思ってるからって付き合うと直結はしないだろう」

「そりゃそうだけどさ。でも、可愛いって思うってことは好意の一つの現れなわけだし、そこから恋愛感情になることもあると思うけど?」

「…」

「それにさ、恋愛に疎い奴にすらわかるほど、『敦が好き!』って全身全霊で言ってるんだしさ」

 敦の表情が僅かに曇る。その違いに気付かず、笹本は進めた。

「付き合ってみてもいいと思うよ。俺は。敦だってそこまで嫌がってないみたいだし」

「……付き合うとか、恋愛とか、俺はまだいいんだよ」

「恋愛は高校生の仕事の一部でもあるんだぞ」

「なんだよそれ」

 いつもクールな笹本からは想像できない台詞に敦は思わず噴き出す。

自分でも可笑しいと思ったのか、笹本も笑い出した。

「何言ってんだ?俺」

「それ、俺の台詞。つーさ、笹本は『恋愛』してんのかよ?」

「いや」

「って、おい!」

「まぁ、恋愛が高校生の仕事かは置いといてもさ、敦はもう少し冒険してもいいと思うんだよ。だからさ、松浦のことも考えてあげろよ?」

 笑いすぎによる涙目を向けながら真面目に伝える。

「そんな状態で言われてもなんも響かないけど、とりあえず了解。ちゃんと考えてみるわ。ありがとな」

 同じように目に涙をためながら、真面目に答えた。


 けれど、敦はわかっていた。

自分が栞のことを真剣に考えてみることはないと。

 だって、彼女は、隠れることを知らないから。それは怖いことだと敦は知っているから。



2章

「あ~つ~し~く~ん」

 甲高い声が教室に響き渡る。

窓の外を見ると、一人の女子生徒が大きく手を振っていた。

「はぁ~」

 敦は額に手をやり、ため息をつく。

「敦くん!自習?いいな~!!」

「こら!松浦!お前は、またか!!」

「ごめんなさい!」

「お前、何回注意されれば気が済むんだ!グラウンド3周してこい」

「え~。先生。今日は球技大会の練習なんだから、球技をさせてくださいよ」

「球技をさせてやってるのに、お前が男に現をぬかしてるのが悪いんじゃないか」

「男に現をぬかしてるんじゃありません!」

「現をぬかしてるじゃないか」

「男にじゃなくて、敦くんにです。ね、敦くん!!」

 再び教室に向かって栞が手を振る。おそらく学校中が今のやり取りを見ているかと思うと、敦は頭が痛くなった。

「ね。じゃない!!いいから走ってこい」

「は~い」

 渋々と言った様子で栞が走りだす。

その姿を見ながら敦は肩を下げ、ため息と一緒に言葉を吐き出した。

「あいつらは、何度同じことを繰り返せば気が済むんだ」

「確かに、毎度お馴染みだな。栞ちゃんの台詞も先生の台詞も」

「あの体育の教師、絶対ちょっと楽しんでるだろう…」

呆れるように呟くそれに笹本は笑って同意する。

「ま、あいつ、お笑い好きだからな」

「体育教師のそんなプチ情報いらねぇよ」

「まあ、いいじゃないか。敦もこれで、学校の人気者だぞ」

「お笑い的な意味でな」

「今、お笑いの人気高いぞ?」

「…他人事だと思って楽しんでるだろう?お前も」

「だって、他人事だし」

 飄々と言ってのけた笹本の頭を力を込めて叩く。痛さで顔が歪んだようだが敦は見ない振りを決め込んだ。

「敦~!手くらい振ってやれよ。栞ちゃんが可哀想だろう?」

 周りではクラスメイトたちが嫌な笑みを浮かべていた。ため息をつく。こちらも毎度お馴染みの台詞だ。

外から「ラスト~」と声が聞こえる。

運動神経がよいのか、もうすでに3週目に突入したようだ。

声に釣られ、敦が窓の外を見る。そんな敦に気が付いたのか、走りながら手を振ってきた。

周りからの無言の圧力を感じ、敦は小さく手を上げた。

途端に笑顔になる栞。離れた場所にいる敦には、表情の変化まではわからないが、よりスピードを上げた手の振りを見て、栞の喜びが判断できた。

「やっぱり可愛いな、松浦」

「つーか、子どもっぽいな」

「高校生はギリ子どもだろう?」

「同い年には見えないって意味」

「それは確かにそう思うけどさ。必死なんだろうな」

「何に?」

「お前に振り向いてもらいたくて」

「…」

「ま、じっくり考えてみろって。悩めよ、少年」

「お前誰だよ!」

 太陽がゆっくりと上がってきている。温度が徐々に上がり、冷房を付けているとはいえ、28度に設定されている教室内では、額を流れる汗は止まらない。

「キーンコーンカーンコーン」

 授業の終了を知らせる鐘が鳴り響く。

敦は窓の外を眺めた。

 セミが懸命に鳴いているのが、窓越しからも伝わった。


 

3章

 太陽は徐々に熱を増し、日に日に気温は上がっていった。アスファルトからは湯気のような熱が発せられ、流れる汗の量は増してくる。

 セミの鳴く声も大きくなり、夏本番となっていた。

 季節は一日、一日変化を続けて行く。それでも、日常に大きな違いは見られない。

 敦の遅刻魔は解消されず、栞は相変わらず敦に付きまとう。

いつも通り、敦はため息をつき、周りが笑った。

 栞が敦を好きになって3カ月が経過しようとしていた。

「敦くん!一緒に帰ろう」

 HRが終わった直後の教室でその声は響いた。

しかし毎度のことに慣れたクラスメイト達に気にする様子はない。

一人敦が苦い表情を浮かべているだけだ。

「帰らねぇよ」

「え~、なんで?」

「…あのさ、松浦。毎回言うの飽きたんだけど」

「なら、今日は『帰ろう』って言ってみるとか?」

「つーか、何言ったってどうせ無理やり一緒に帰るんだろ…」

「うん!」

「なら、毎回聞くな…」

 その言葉に笑顔を浮かべる栞に諦めたような表情を浮かべ敦がため息をつく。その後ろから、笹本が顔を出した。

「楽しそうに話しているところごめん。松浦。悪いんだけどさ、ちょっと敦貸してくれない?」

「え?」

 笹本の言葉に、栞が首を傾げる。

「ちょっと話したいことがあるんだよね」

 顔の前で手を合わせた。

「…そっか。じゃあ、しかたないかな。今日は諦めるね。また明日ね。敦くん。笹本くん」

 そう言うと、栞は手を振り、二人に背を向けた。

笹本は笑顔で手を振り返し、敦は一人驚いた表情を浮かべている。

「何だよ、あいつ」

「一緒に帰らなくなったんだからよかっただろう?」

「…そうだけど」

 腑に落ちないといった様子で敦は小さくなっていく背中を見ていた。しかしすぐに振り返り笹本に聞く。

「で?」

「ん?」

「話ってなんだよ?改まって話すようなことなのか?」

「教室だと人が残ってるから、屋上でも行かないか?」

 どうしてわざわざそんなところまで足を運ばないといけないのか、そう尋ねようとした。しかし、笹本の真剣な目に敦は出す言葉を失う。

 ひどく嫌な感じがした。

それでも、敦は、「しょうがないな」と微苦笑を浮かべるだけだった。


 強い風が吹いている。

生暖かい風。

二人の短い髪が揺れた。

 屋上からはグラウンドがよく見えた。野球部やサッカー部の生徒たちが元気に走り回っている。

フェンスに背を預けながら、笹本が敦を見た。

睨むような表情。

 敦はそれに気付かぬ振りをして、口を開いた。

「で?何?」

「お前、何してんの?」

 低い声が怒りを表していた。

「何のこと?」

「はっきりしろよ」

「ごめん。笹本、何のこと言ってるのかマジでわかんない」

「松浦のこと」

「あ~、そのこと?」

 敦のその言葉に、笹本の瞳はより鋭くなった。

「あ~。じゃないだろう?」

「でも、俺にどうしろって言うんだよ?」

「中途半端なことするな」

「俺別に、笹本に怒られるようなことしてるつもりはないよ?」

「合わせなくていいよ」

「え?」

 聞き返した敦に笹本はもう一度はっきりと「合わせなくていい」と言った。

太陽の熱とコンクリートの熱に汗がにじみ出る。

 短い沈黙を破ったのは笹本だった。

「俺が好きそうな言葉を選んでもらわなくていい」

「…」

「俺が言ってもらいたいようなことを言わなくてもいいよ」

「…別に、俺は」

 敦の言葉に笹本はゆっくりと首を振る。

「いつも、敦は皆に合わせてるよ。いつも」

「…」

「松浦にだってそうだ。傷つかないように言葉を選ぶことで、彼女を傷つけてる」

「そんなつもりじゃ…」

「お前はそんなつもりじゃないだろうな。…お前は優しいよ、敦。だけどな、優しさの使い方を間違えるな」

「…なんだよ。優しさの使い方って?」

「嘘をついて相手に合わすことは、優しさなんかじゃないよ。それは弱い証拠だ」

「…」

「真っ直ぐぶつかる強さがない証拠」

「…誰も傷つけなきゃいいって思うことが、そんなに悪いことなのか?」

 低い声が静かに響く。その言葉に笹本は首を横に振った。

「悪いことじゃないさ。だけど、嘘をついて、相手に合わせることは、相手を思っての行動なんかじゃない。自分が傷つかないための行動だ」

「…自分が傷つかないようにって動くのがそんなに悪いことかよ?」

「…」

「……俺は、いいと思う。自分が傷つかないように殻にこもって生きるのも。人に合わせて、自分も人も傷つけないで生きられたら…。そんなに望ましい生き方他にないと思う」

「そんな生き方、哀しいよ」

「それは、笹本の考え方だろう?…俺にまで押し付けないでくれよ」

「…」

「俺は、これまで結構幸せにやってきたんだ。…人に合わせて生きても俺は幸せだ。周りだって楽しそうに笑ってるだろう?俺は、傷つかず傷つけないようにやってきた。…なぁ、それのどこがいけない?」

 笹本は、敦に向けている視線を少しだけ下げた。

沈黙が流れる。

 目を合わさないまま、笹本は話し出した。

「…敦は、傷つけてないつもりかもしれない。けど、俺は、敦が話を合わせてくれる度、少し哀しくなる。…普通の会話の時はいいよ?上手く会話が流れるように話を合わせるなんて誰でもやることだ。でも…お前が何か悩んでいるとわかった時。手を差し伸べて欲しいなと思ってるってわかった時。それでもお前は、俺に話を合わせてくるから。…信用されてないんだってわかって、少し寂しくなる」

「…」

「俺はまだ、17年しか生きてないけど、…傷つけない人も傷つかない人もいないことぐらいはわかる」

「…」

「敦。俺は、敦とは本気でぶつかりあえる友達になりたいと思ってた。…今も思ってる。だから、嘘をつかないでくれよ」

「…」

「…」

「…信用してないわけじゃねぇよ。笹本のことは一番信用してる」

「うん」

「俺が俺を信用できないだけなんだ」

「…」

「人が何気なく言う言葉に結構傷つくことってあるだろう?」

「…あるな」

「俺に兄貴がいるのは知ってるよな?」

「ああ」

「兄貴が結構できる人でさ。兄弟って結構無意識に比べられたりするだろう?…俺も比べられて。でも周りは比べてる気なんてなくて。だから気付かないんだよな。俺が傷ついてるなんてこと」

「…うん」

「本当に些細なことで、…言った本人が少し気を付ければ済むことで傷ついて、傷つけてなんて…バカみたいだと思ったんだ。皆が気を配って、少しずつ小さな嘘をついて。そうしたら誰も傷つけずに済むんじゃないかって思ったんだよ」

「うん」

「気付けば自分にも嘘をついてた。高くは望まないで現状維持を願って。届かないとわかるものを欲しいと思えば傷つくのは自分だから、現状で満足だって言い聞かせてた」

「そっか」

「自分にも相手にも優しい嘘をついていればいい。そう思った。…だから、笹本を信用してないわけじゃない。俺が俺を信頼してないだけで。…傷つけるつもりじゃなかったんだ。……ごめん」

 敦が頭を下げる。

笹本は頭を振った。そして笑みを浮かべる。

「ありがとう」

 優しい声でそう告げた。

「…何が?」

「本音で話してくれてありがとう」

「…」

「信用してくれてありがとう」

「ありがとうは俺の台詞だろう?…ありがとう」

 敦も笑みを浮かべる。

それだけで、二人の間に漂っていた重々しい空気は綺麗に消えた。笑顔の二人が残る。

「ってか、笹本。色々クサいし」

「そういうこと言っちゃう?」

「バカみてぇ俺ら」

「バカみたい、じゃなくてバカなんだろう?」

 今度は声を出して笑い出す。

 太陽は夕日に変わりつつある。気温が落ち着き、吹く風に涼しさが増してきた。

腹を抱えて笑うその声は、静かに響き渡る。

二人の間に新たな友情が生まれた。



4章

「そうそう。本題忘れるところだった」

 笑いの波が引いた笹本が不意にそんなことを言い出した。

「本題?」

「松浦」

「…」

「お前を好きだって言ってくれている松浦にも嘘つくなよ」

「…」

「お前の嘘で傷ついてる。…でも、一生懸命笑ってる。なんか、痛々しいよ」

「…」

「しっかりしろよ?じゃなきゃ、俺がもらうぞ?」

 敦の視線が、真っ直ぐ笹本に向けられた。

その表情に何かを読み取ったのか、笹本は一人満足したように笑みを浮かべる。

「答え、出てるみたいだな」

「…だめなんだ」

「え?」

「だめなんだ。俺は、松浦を好きにはなれない」

「敦…?」

「笹本が松浦のこと好きなら告白でもなんでもしろよ。お前の方が合ってるし」

「何言ってるんだよ?松浦が好きなのは敦だろう?お前だって…」

 笹本の言葉に敦はゆっくりと頭を横に振った。その瞳はどこか悲しげである。

「怖いんだ」

「…何が?」

「松浦が」

 笹本が理解できないという表情で敦を見る。

「なんで?」

「…あいつが俺を好きだって、嫌でもわかるから」

「…」

「なにそれ!」

 怒鳴るような声。笹本の目が大きく見開かれた。

 敦がゆっくりと振り向く。

そこには、栞が立っていた。スカートの裾をぎゅっと掴んでいる。

「…意味がわかんないよ。好きになったらだめだった?………そんなに私が嫌い?」

 ゆっくりと歩みを進め、敦の目の前に立つ。

「盗み聞き?」

「ち、違う!…帰ろうとしたら、二人が屋上にいるのが見えて。…なんだか、雰囲気がいつもと違うような気がしたの。……笹本くんがわざわざ敦くんを呼び出すのも変だなって思ってたから余計に気になって。…ケンカ、でもするんじゃないかって。だから…心配で。でも、入るには入れなくて、帰ることもできなくて、ドアの向こうにいた」

「…」

「ねぇ、敦くん。『怖い』って何?私なにか悪いことしたかな?」

「…」

「敦くん……」

 懇願するような目。敦は視線をすっとそらした。

「なぁ、一つ教えてくれよ」

「…何?」

「なんで俺を好きなの?」

「…」

「なんで俺なんか好きなの?」

「……敦くんは覚えてないかもしれないけど、一年生の時の文化祭で一緒に買い出しに行ったことがあるの」

 敦は頭の中でその記憶を探すが思い当らなかった。

その敦に気が付いたのか栞が首を横に振る。

「覚えてなくて当然だよ。買い出しっていっても学校から5分くらいしか離れていない文房具屋に糊と両面テープを買いに行っただけだもん」

「…」

「私と敦くんがじゃんけんに負けて行くことになったんだけど、それまでほとんど話したことがなかったから、会話なんてないだろうなって思ってたの。…でも、敦くんは必死になって話を盛り上げてくれた。全然共通点が見つからなくて、会話は何度も途切れたけど、私は楽しかったの」

「…」

「優しい人なんだなって思った。さりげなく道路側を歩いてくれる所とかそういうのが新鮮で嬉しくて」

「…それだけ?」

 その言葉に栞は笑った。

「好きになるのなんて、そんなものだよ?きっかけなんて小さなもの。…でも私には大きかったの」

「…」

「それから自然と目で追うようになって。笹本くんと仲がいいこととか、少しだけ臆病な事とかわかっていったんだ」

「臆病…?」

「どこか一歩引いて立ってる感じだった。……客観的って言うより、近づきたくても近づけないって感じに見えたの」

「…」

「守りたいって思った。…なんかおかしいけど」

「…バカだろう、お前。守りたいってなんだよ?俺は守られたいなんて思わない」

「知ってるよ。でも、私は守りたい。…だって、敦くんが好きだから」

「…」

「あのね。私ね、本当に好きなの。きっかけはほんの些細なことだし、そうは思えないかもしれないけど。でも、文化祭の時から敦くんのこと見てきて、無理やりだったかもしれないけど、敦くんは一緒に帰ってくれた。…いつだって、私の速さに合わせてくれたよね?…嬉しかったの。諦められないなって思うくらい。敦くんの事を知る度、私のことも知ってもらいたいって思ったの。…でも、迷惑ならもう付きまとわない。……だから、最後にお願い」

「…」

「ちゃんと、私のこと振って。中途半端に優しくしないで。…『大嫌い』だって言ってくれて構わないから」

 栞の瞳には涙が浮かんでいる。空を見上げ零れ落ちるのを防いでいた。

 敦の身体が勝手に動く。

両手で栞を抱きしめていた。頭に手をやり、胸に押し付ける。

「…優しくしないでって言ったよね?」

「…」

「こんなんじゃまた諦められない」

「諦められなくていいよ。…諦めんなよ」

「敦…くん?」

「…俺は松浦が怖いよ。だって、松浦が俺を好きだってわかるから。……それが消えたらどうすればいいかわからなくなる」

「…」

「わかりやす過ぎて不安になる」

「私は、敦くんが好きだよ?」

「知ってる。俺を見てる時の目がバカみたいにきらきらしてるから」

「そんなにしてた?」

「…バカみたいにな」

「そっか…」

「でも、もういいや」

「え?」

「もういい。腹を括るよ。…だって、守ってくれるんだろう?」

 敦がそっと腕の中の瞳を覗き込む。

きらきら光る瞳の中に笑顔の自分が映っていた。

「うん。…うん」

 詰まったような声でそう告げる。

 栞の細い腕がゆっくりと背中に回った。力を込められる。

「わかりやすいな、相変わらず」

 優しい声に栞は笑みを浮かべた。

敦はそっと額に小さく音を立てて口づけた。

 驚いた栞が顔を上げる。

視線が交差した。

敦の顔が近づき、栞がゆっくりと目を閉じる。


「好きだよ」

「私も大好き」

 抱きしめ合う二人を太陽がそっと照らしていた。



 カメレオンという生き物は、周囲の色に溶け込んで見えなくなるような変色以外にも色んな変色を見せるらしい。個によって異なってくるらしいのだが、様々な色が織り交ざった劇的な色に変色をするカメレオンもいるとか。

 俺はカメレオンに詳しい生物学者ではないから正確なことなどわからない。

でも、周りに溶け込むのも、派手な色をして威嚇するのもそのカメレオンの個性であり、どれが正しいわけじゃない。

 傷つけないことが、そして自分が傷つかないことだけが正しいのではないのだ。

 誰も傷つけたくないと思うことはいいことだと思う。

けれども、傷つけないで生きられる人などいやしない。

なら、正直に生きた方がいいではないか。

 もちろん俺はこれからも嘘をつくだろう。でも、本当に信用している人たちには、真っ直ぐ向き合える自分でありたいと思う。

俺は、周りに溶け込むようなカメレオンにはなれないみたいだ。



エピローグ

「そう言えば、笹本。昨日いつの間に帰ってたんだよ?」

 敦は窓の外を見ながら、隣の席に座っている笹本に尋ねる。

 今朝、栞と付き合うことになったと報告した後、笹本は自分のことのように喜んだ。

それから、敦の顔を見る度、嬉しそうに笑うので、敦は、「今日一日、あまり顔を見ないようにしよう」と決意していた。

 窓の外には、早くも体操服を着た生徒たちが立っている。

本日の内容はサッカーのようだ。男子生徒達は、早くも白と黒のボールをけり合っている。

 視線を動かすと、栞がそこにはいた。敦は小さく笑みを零す。

「あいつ、いつも体育だな」

「なんかそんな気がするな」

 思わず出た独り言を笹本がすかさず拾う。

敦の顔が微かに赤く染まった。

「ってか、質問に答えろよ」

「…松浦が来てからすぐに出て行ったよ」

「全然気が付かなかった」

「敦は松浦しか見てないし、松浦は敦しか見ていなかったからな」

「…」

「大丈夫。二人がキスしてたとこなんて見てないから」

「なっ!!」

 思わず顔を上げ、敦が笹本を見る。真っ赤に染まった顔を見て、笹本が笑った。

「マジでしたんだ。…よかったな上手くいって」

 そう言って親のように嬉しそうに笑う笹本に、敦はわざわざ立ち上がり、思い切り蹴りをくらわした。

「色々ありがとな!!」

 本音と一緒に。







少し流れが雑でしたね(;一_一)


読んでくださりありがとうございました。


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