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満月にエメラルド

満月にエメラルド

作者: 花畑

日常にこんなちょっとしたファンタジーがあったなら。

気軽に読んで頂けると幸いです。

ある満月の夜、私は見たのだ。

私のお気に入りの人形が、ひとりでに動いて、大きくなって。

窓からの月明かりを背負った影が私のベッドに近付く。

そして私の頬に手を伸ばし、エメラルドの涙を一粒落とす。


夢じゃない。

私は見てしまった。

人形が本物の人間になる所を。





「葉月さん、僕です。あおです」


「だねぇ、どこからどう見ても」


じゃなくて!




落ち着け。

整理しよう。


目の前にいるのは確かに人間の男。

知らない奴?

それならこの状況は危なすぎる。警察だ。


でも違う、私は彼を知っている。

なんてったって、毎日飽きずに眺めて話しかけていたんだもの。


目の前で、不安そうに眉を八の字にしている背の高い男は、私のお気に入りの人形にそっくりだ。

中世ヨーロッパの騎士のような王子のような(よく分からないけど)、きらびやかな格好をして、腰に剣を下げている。西洋人特有の陶器のように透き通る肌に、きっと触れるとさらさらと流れるだろう綺麗な髪。瞳はエメラルドの輝きそのもの。




「葉月さん、今まで黙っていてごめんなさい。僕は人形ではないんです」


「え、どういうこと?」


「僕は本当はこの様に人間なのです。しかし悪い魔女に目を付けられ、逆らった僕は人形にされてしまったのです」


「それ、本当?だとしたら、どれくらい人形のままだったの?」


実は私は結構こういうのは信じられる方なのだ。

それに、この状況を彼の言い分以外で説明しろと言われると出来ないもの。鍵を掛け忘れることなんて絶対にないし、窓ガラスだって割れてない。何より彼の、あおの瞳は嘘をついてる人のものじゃない。


「ごめんなさい。僕もよくわからないんです。ですが数十年という訳では無い、と言うことは確かです」


「そんな。そんな長い間、ずっと一人で?」


「そうですね。僕は今まで様々な者達に売られ買われ、流れるように点々としていましたね。しかし持ち主は変われど、大体同じ様な生活を送ってきました」


「それじゃあ、飽きるよね。いや、そんな問題じゃないね。あなたの家族は…?」


「もうずっと昔に亡くなりました。そりゃあ、何百年も生き続ける人間などいませんから。僕みたいに、人形にされない限り」


「ねえ、碧。座って。話しよう」


「葉月さん…」



私はいつもご飯を食べているテーブルの椅子を引いて、碧に座るよう促した。私はまだ座らずにキッチンに立ってお湯を沸かす。

碧はちょっと驚いたみたいだった。理由は分かってる。


「葉月さんは、僕が本当にあの人形だと信じられるのですか?」


「うん。最初はびっくりしたけど。だってあなたの目、そのエメラルドは碧のだもん」


「そう、そうです。僕です!僕、碧なんです。貴女に碧と名付けてもらった…」


今度は私がびっくりする番だった。碧のただでさえキラキラしてる瞳がいっそう輝いたからだ。まるでぴかぴかに磨いた宝石の様に。



「僕、葉月さんに拾ってもらって良かったと思っています。いえ、良かったどころではありません。貴女の元に来れたのは奇跡です」


「なんでよ。大袈裟だよ。私はただ、あんまりにもあなたがきれいだったから…もごもご」


おっと、なんだかここに来て急に思い出した。

碧を初めて見たのは古い骨董屋。二粒のエメラルドを埋め込んだ人形は不思議に私を魅了した。買おうと思って店主に聞くと、その人形は不吉な噂が絶えないから処分するとの事だった。その人形を持っていると事故にあったりお金が無くなったりするらしい。でも私は取りつかれたかの様に店主に頭を下げ、やっとの思いで碧を譲ってもらったのだ。俺はどうなってもしらんぞ、という店主の声を後に、胸にその人形を抱いてるんるんで家に帰ったのを覚えてる。


そして私は人形に名前をつけた。

エメラルドだから、碧。

私にネーミングセンスという代物はない。


それから毎日、私は日々の愚痴や楽しかった事、何でもかんでも碧に話しかけていたのだ。体重が増えたとか、今日女の子の日でお腹痛いとか。包み隠さず逐一報告していたのだった…



「やばい、生理の日まで言っちゃってたよ馬鹿だよ私」


「僕が、きれい…ですか?」


「え、あ、うん。そうそう。すごくきれい」


良かった今の呟きは聞こえてないみたい。

まあ元々手遅れなんだけど。


そんなどうでも良いことを考えている横で、碧が神妙な顔をした。



「僕は綺麗じゃありませんよ。僕の噂をご存じでしょう」


「うん、不吉だって言われてたね。でも何もないよ?」


「それはそうです。あなたに災いをもたらすなど、僕が許さない。もしそんな事をする輩がいるならばこの剣で八つ裂きにしてやる」


「ちょっ、ちょっと!それはやめとこ!だいたい、銃刀法違反だよ、その剣…まあそれは良いとして(良くないけど)」


「…そうでしたね。このニホンという国ではいけない事でした。ごめんなさい。でも気持ちは変わりません」


ようやくお湯が沸いたので、来客用と自分のカップを小さな食器棚から取り出し、お徳用で激安だった紅茶のティーパックを入れて上からお湯を注ぐ。碧がイギリス出身だったらきっと片眉を吊り上げるんじゃないかな。まずくて。


碧の前に熱いカップを置くと、花が咲いた瞬間のあのふわっとした香り、と言えばいいのかな。とにかくそんな感じの顔をした。


「ありがとうございます」


「ううん。今こんなのしかなくてごめん。いつも話聞いてもらってるから、次は絶対もっと美味しいの入れてあげるね!」


「次、…そうですね、嬉しいです」



突然、碧の様子がおかしくなった。


「どうしたの?」


「葉月さん、ごめんなさい。折角入れて頂いたのに…」


「碧、どうしたの?…あっ!」


また眉を八の字にいて困ったような悲しそうな顔をしていると思っていると、碧の体がどんどん透けていっていることに気づいた。


「僕、満月の夜にしか人間に戻れないんです。もっと貴女とお話ししたかったのに。こちらの夏は夜が短いのですね…」


「えっ、そうなの?これも魔女の呪いなの?ねぇ、待って。えっと、次の満月は…」


「貴女が良いと言ってくれたら、僕は嬉しい。また貴女の眠りを妨げる事になりますが…」


「そんな、もちろん良いよ!また話そう」


「ありがとうございます、葉月さん…」



そう言って、薄くなった月光に溶けていくようにその体は消えた。









携帯のアラームがけたたましく鳴る。

うるさいうるさーい。まだ眠らせて欲しい。

なんでだろう、昨日は早くから寝ていたはずなのに。何でこんなに眠いんだろう?ダメだ、疲れてるのかな。


そうだ、目覚ましに紅茶でも飲もう。

お湯を沸かしてカップを用意して、っていう一連の動作をすることでこの眠い眠い頭が冴えるかもしれない。


食器棚からいつものカップを取り出す。と、その前にお湯を沸かそう。

ヤカンを火にかけてもう一度カップを取り出そうとすると、いつものカップが…ああ、あったあった。なんだ、ちゃんとあるじゃない。



あれ?なんで私、カップが無いって思ったんだろう。

まあいいか。



今日も仕事、がんばらなきゃ。

今日は碧にいい知らせが出来ると良いな。

いつもいつも聞いてもらってばかりだから、いつか碧の話も聞きたいなって思うんだけど、人形だからそれは出来ないなって、いつも可笑しくなって笑う。なんでこんなこと思うんだろう。


何故か次の満月の日をカレンダーに書き込んでいる、これは私の癖だ。満月って何か特別なことが起こりそうでしょ。



「ね、碧。私って変かな?」



『変じゃありません。僕は嬉しいです』



碧のエメラルドの瞳を見ると、なんだかそう言ってくれた様な感じがした。そして、動かない筈の凛々しい眉が八の字に下がった様に見えた。私はピシッとしたスーツに着替えて部屋を後にした。


一応この一話で終わりです。

このネタはずっと前から温めていたもので、本当はもっと話が展開していく予定でした。

色々構想は練ってますが、纏めてみるとこれでもいいかなとか思ってしまいまして投稿させて頂きました。

もう一個書いてる小説が早くも練り直ししてるので、息抜きにと1時間くらいで書きました。

読んでくださり、ありがとうございました(*^^*)

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