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⑧3月29日(日) 雷雨 ――【最終投稿】【手記メモ(自動送信):詳細不明】

【手記メモ(自動送信):詳細不明】


 どれくらいの時間が経っただろう。腰から下の感覚がなくなっている。代わりに無数の小さな「足」が俺の上半身の皮膚の下を這い回っているのがなんとなくわかる。


 ひおりんが、俺の耳元で「ちーくん、大好き」と囁きながら、大切にとってあったらしい俺の肩の肉をゆっくりと削ぎ落とした。既に麻痺毒が全身に回っているせいか不思議と痛みはない。


 ただ、彼女が俺を少しずつ噛み砕くたびに、脳裏にあの小学校時代の記憶が溢れ出して彼女への愛情と罪悪感で胸がいっぱいになる。


 俺は今、あの時の罰を受けている。


 俺が彼女を弱者として支配したかったように、彼女もまた俺を自分のものにして支配しようとしているのだろうか。

 それともこれは俺の支配欲や承認欲求を見抜いた彼女の復讐なのか。

 あの忌まわしい事実を伏せたまま彼女の真意を知るにはどうしたらいいのだろう。


「日織。俺のこと怒ってる?」


 どこまで行っても中途半端な俺が何とか絞り出した言葉はこれだけだった。

 ひおりんが口を開くと、その綺麗な顔が軋むような音を立てて上と下に真っ二つに裂け、俺は声にならない悲鳴をあげた。喉を潰されてもうほとんど声が出ないんだ。


「怒ってるって何のこと?」


 この質問も、全てを知った上で、わざと言っているのか、本当に何も知らないのか、俺には判断がつかなかった。


「許してくれ。君への気持ちに偽りはない」


 納期ギリギリの仕事を無茶振りされ先輩に嫌味を言われても深夜のオフィスで懸命に仕事をこなす姿、でもやっぱり耐えられなくて俺の前でだけ見せる涙、春風に誘われて自然と桃色のくちびるからこぼれ出る少し高いハミング、レッサーパンダの縞々のしっぽを見て優しげに細まる瞳、日の光を浴びてなびく少し長い髪、コートのポケットの中でつないだ小さな手。

 そのぜんぶが切なくて愛おしい。


 重なり合う女たちに襲われている市村の姿はだいぶ前から見えなくなっていて、その声はもう聞こえない。


「千歳くん愛してる。ずっとずーっと一緒だからね」


 その言葉に、彼女が俺のかつての偽善を知っているわけではなくて、「これが彼女の愛し方」なのだと言うことに気づく。

 日織があの祝い歌を歌う。


「いぬ・うす・みま・かく・き・たゆ・ももたりまかり」


 往ぬ。失す。身罷る。隠る。きこゆ。絶ゆ。百足。罷り。


 ああ、これはよく考えたら死を意味する古語の寄せ集めだったんだな。俺たちの死が、皮肉にも奴らにとっては寿命を伸ばす祝い事なのか。


 すべての感覚を失った今、日織への愛と自分の業の大きさの狭間で苦しみながら食われて同化することで彼女とひとつになる。

 そうなればきっと俺は赦される。


***


 これを読んでいるあなた。警察に連絡して、市村尚哉と真島洸さんの二人を助けてください。


 そしてどうかお願いです。


 N県の山奥、地図にない◼️◼️村には絶対に近づかないでください。そこでは人間世界の常識が一切通用しないです。


 突然近づいてくる美しい女性には注意してください。よくできたラノベじゃあるまいし、この現実でそんなうまい話は無いですから。


 あちこちにガラスや鏡を張りめぐらせて身を守ってください。窓さえ黒い布で覆うほど、奴らは鏡を嫌います。


 それから俺と市村が奴らと結合し、おぞましい姿になって町へ降りてきた時には迷わず射殺してください。


 お願いします。どうかこの事実を拡散してください。せめて俺が俺であった証として。


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