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⑤3月28日(土) 豪雨 N県:廃神社【手記メモ(自動送信):N県・某村(地図に記載なし)に到着】

【手記メモ(自動送信):N県・某村(地図に記載なし)に到着】


 カーナビの画面の中には、自車位置を示すアイコンが灰色の虚無の上で円を描いている。車を降りて、朽ち果てた小さな鳥居のトンネルをくぐる。周囲にはしめ縄の張られた赤い鳥居がたくさん並び、その傍らで石像が、俺たちをあざ笑うかのようにいびつに並んでいた。


 雨の音に混じって、周囲の森から聞いたこともないような濡れた羽音が響いている。笹の葉ずれにしては、やけにうるさい。


「俺、ナビにも載ってない村に来るの初めて」


「田舎過ぎてごめんね。◼️◼️村、私も小学校低学年まで住んでたけど、山奥だし人口が少なすぎるしで地図の製作会社すら見落としてるレベルなんだと思う」


「え? 何村だって?」


「前にも言ったでしょ。◼️◼️村だよ」


 肝心の村の名前が雨音でかき消された。まあいい。何度も聞くのは悪いからまた今度聞こう。

 鳥居の上の額は黒く塗りつぶされていて、一体何が祀られている神社なのかわからない。


「何だここ怖いな因習の村かよ」


「そろそろ望月の好きな妖怪のお出ましか。僕怖いの苦手」


「市村も今度和風ファンタジー書いてみる?」


「僕はいいかな。湿っぽいの嫌だし」


 追いかけてくる深い闇を振り払うように、わざと明るく市村を誘ったが断られた。


「もう、ひどいよ二人とも。この神社、昼間は可愛い野ウサギがいたりしてのどかなんだよ? 今が暗くてちょっと怖いだけで」


 俺たちは頼りなげなひおりんの後に続いて、山中へと続く立ち並ぶ赤い鳥居の下を傘をさして歩いていく。いつからある神社なのか、参道の石畳は所々剝がれていた。


 ぬかるみに足を突っ込みかけてよろめくひおりんを守らなくちゃという使命感に駆られた俺は相合傘をすることにして彼女を抱き寄せた。


 降りしきる雨の中、赤い鳥居の中で「行きはよいよい、帰りは怖い」という童謡が急に脳裏をよぎって、俺の背筋が粟立った。


 その時、真島さんからLINEが来た。


──望月さん。中国の清代に学者の顧承翰こしょうかん(あざな)墨泉ぼくせんが記した『萬蟲蒼海ばんちゅうそうかい』って本、読んだことあります? 中国のとある地域の風土について書かれた地理誌なんですけどね。


 昨日から国立国会図書館のCiNiiリサーチとデジタルアーカイブで『萬蟲蒼海』のあの部分を探して解読してたんです。


 思い出したけどあれ、奇書なんですよね


 望月さんと市村さんの話から分析した今の状況。あれと何というか、似てます


 うーん、私が言うのもなんですが、あれを書いた人間は気がくるってますよ


「『萬蟲蒼海』? 俺が置かれてる状況と似てる? 作者が狂ってる? どういうことですか? もっとストレートに言ってくださいよ」


 真島さんの遠回しなメッセージにもやっとした俺は、いらいらした調子で音声入力して返信した。すぐに返事が来た。


──いま調べてるんでちょっと待っててくださいねぇ。そうだ、望月さん達のいる場所の地図、何かあっても大丈夫なようにスクショして送ってくれませんか。


 すぐに地図のスクリーンショットを撮ってLINEすると真島さんからメッセージが来た。


──ちょっと玄関のチャイムが鳴ったので出てきますね。だいぶいい所まで解析したので、また後で結果を返事しますよ


 来客? こんな時間に? 真島さんの彼女にしては来る時間が非常識だと俺は思った。

 いいか。あの人のミステリー小説は深夜に花開くんだぞ。何人たりとも執筆の邪魔をするんじゃない。たとえ恋人であったとしてもだ。


 雨が小降りになった。起動しっぱなしのスマホの地図アプリを閉じようしようとして、ふと気づいた。


「ひおりん、市村。俺たちのいるここと同じで、地図が灰色になって表示されていない箇所がいくつかある。これ、どういう現象だと思う?」


「本当だ。不具合かな? この辺は電波が通ってるはずなんだけど」


 俺の隣でひおりんが首を傾げ、市村も慌ててスマホの画面をスクロールしだした。


「おい見てくれよ千歳」


「どうした」


「真島さんの家、I県の市街地にあるのに地図から消えてる」


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