④3月28日(土) 豪雨 T県:雨の車中【手記メモ(自動送信):T県通過中。N県へ】
【手記メモ(自動送信):T県通過中。N県へ】
そんなわけで、いま俺たちは夜の春雨の中、N県の某村へと向かう車中にいた。
ここから先の手記は、スマホをカメラ解析と音声入力モードに切り替えて、俺がよく使う地の文、要は一人称を用いての状況整理と自動記録を俺の思考パターンを学習させたAIで行い、記録内容をWEB小説のプラットフォームに自動投稿してもらうことにした。
市村の言っていた通り、冬期間の通行止めが解除されていないエリアがいくつかあって、ずいぶん遠回りになってしまった。祭りは一晩中行われているらしいが、さすがに大幅な遅刻はまずい。車を急がせるが、雨で視界が見えない。
運転席には俺、助手席には案内役のひおりん、後部座席には市村が座っている。ひおりんはコーラルピンクのシャーリングブラウスに一粒ダイヤのネックレスをつけ、ぴっちりとした黒いタイトスカートを履いて肩より少し長い黒髪をおろしていた。山道を歩くためのスニーカーを履いている。
市村がいなかったら俺は迷わず彼女を抱きしめてキスの一つもしていただろうと思うぐらい破壊力のあるファッションだった。
市村はもこもこのブラウン系のフリースパーカーに、幅広の洒落たチェックのパンツを履いて窓の外の雨に濡れる夜景を眺めている。犬系男子の市村はひおりんとは別の意味での可愛さがあり女子社員から人気がある。
スタバでの作戦会議を知らないひおりんは、市村の同行を笑顔で許してくれた。
山中まで来ると、街灯の数がどんどん減ってきて俺は心細くなってきた。市村が来てくれて本当によかったと思う。
雨が車窓を激しく叩きつける中、車内は妙に静かだった。雨音がやけに大きく聞こえる。
「いぬ・うす・みま・かく・き・たゆ・ももたりまかり」
ふと横を見ると、ひおりんが膝の上で指を複雑に絡ませながら、小さな声で何かを呟いていた。
それはお経とも呪文ともつかない古い言葉だった。いつものひおりんとは思えない低い声。彼女の唇の動きが、スマホで見たカマキリが咀嚼する顎の動きと重なって見えて、背筋に冷たいものが走った。
かちかちかちかち。
「ひ……ひおりん? 何歌ってるの?」
俺が震える声で尋ねると、彼女がぴたりと声を止め、暗い車内で瞳だけを爛々と輝かせて笑った。
「村に伝わる祝い歌だよ。ちーくん達をお迎えするためのね」
「祝い歌?」
バックミラー越しに目が合った市村の顔が、まるで幽霊でも見たかのように青ざめていた。
N県の山奥には、変わった民俗信仰や風習があると真島さんが言っていたがこの祝い歌もそうなのだろうか。
恐る恐る鏡にうつった助手席のひおりんを盗み見る。
その瞳が一瞬、複眼のように割れて見えた気がした。思わず心臓が飛び出しそうになり、前方に目を戻してからさりげなくもう一度目をやると、いつものひおりんに戻っていた。
なんだ今のは。俺も仕事でだいぶ疲れが溜まっているようだな。
ナビにはもうとっくに道のなくなった真っ黒な山の中が映されていた。
なんだか怖くなってきた。おばあちゃん家はまた今度にして今日は帰ろうか、と言うべきだろうか。
だが、昨日もおばあちゃんに会うの楽しみと言って子どもみたいにはしゃいでいた彼女の笑顔を曇らせるのも申し訳ない気がする。
「今日はお祭りだから、おめでたい料理を食べることになってるの」
ひおりんが屈託のない表情で微笑む。やっぱりいつものひおりんだ。
「日織ちゃん、おめでたい料理って? 山菜とかイワナとか?」
「村に着いてからのお楽しみです」
市村の問いに日織がいつもののんびりした口調で答える。
その瞬間、ナビが死んだ。




