③3月27日(金) 曇り I県:K駅前のスタバ【手記メモ:今週の記録】
【手記メモ:今週の記録】
体調が少しずつ回復して、四月から支社への異動が決まった。
終業後、職場の先輩でミステリー好きの真島さんと、同僚の市村といつものように雑談しながら駅前のスタバで笑い合う。
真島さんも市村も大学時代からの文芸仲間で、同じサイトで小説を連載しては読み合いしている。
得意ジャンルは真島さんがミステリー、市村が西洋ファンタジー、俺が和風妖怪ものでジャンルこそかぶらないが、同じ大学の文芸サークル出身で小説を書いている人間が三人もここI県の会社に集まっていること自体が奇跡で、俺たちは文豪たちのサロンよろしくこのスタバでなんたらフラペチーノを飲みながら小説談義に花を咲かせたり、作品が完成するとお祝いと称してみんなで飲みに行ったりしていた。
心から笑い合える仲間の存在が、自信をくれた。無理して他人に合わせて生きなくてもいいと思えた。
俺ののろけ話に地団駄を踏んでうらやましがるかと思った真島さんが、フラペチーノを置いて急に真剣な顔で言った。
「望月さん、N県の山奥に行くなら気をつけてくださいよ。あそこは古い民俗信仰や変わった風習がいくつも残っていますからね」
礼儀正しい真島さんは、なぜか後輩の俺達にまでですます調を崩さない。バトル漫画のキャラクターも敬語で話す奴は大体強キャラだから、もしかすると真島さんもそのポジションを目指しているのかもしれないと俺は思った。フリーザみたいでかっこいいよな。
「風習ですか? 真島さんらしくもない。どっちかというと、気をつけるんなら熊じゃないんですか。春だし」
「自分の持っている常識が、意外と外で通用しなかったりすることってありません? 同じ日本でも、住んでる場所や文化の違いって意外と大きいんですよ。あの辺りは確かいろいろな噂があったはずですが、忘れちゃいました。日織さんの行動も引っかかります」
真島さんの表情はいつになく真剣だった。
「真島さんの推理が始まった」
おどけて肩をゆすってみせた俺に、市村が言った。
「千歳って妖怪好きなくせにリアルでは現実主義者だよね。トリックとアリバイをきっちり並べるくせに神社を熱心に信仰してる真島さんと逆転してるよ」
「市村は魔女とか騎士とか好きだろ? 俺も妖怪にロマンとファンタジーを感じたいんだよ。小説の中で思いきり求めるから、現実ではかえって淡白になるというか。だから今も奇妙な風習や信仰が残っているって言われてもピンとこないんだよね」
「言いたいことは分かるよ。でも千歳は山奥に日織ちゃんと二人だけで行くんだろ? 千歳の話だと、彼女ちょっと変わってるよね。だってさ、美人なのに鏡を嫌がる必要ないよね。なんだか二人だけだと胸騒ぎがするから僕もついていく」
「待ってくれよ。まさかこの年で保護者同伴とかありえないから。大体市村が来たら彼女とイチャイチャできないでしょ」
「そういうのじゃない。本当に心配なんだ。僕は小さい頃は東京に住んでたんだけど、父さんがN県の山奥で道に迷った時、立ち込めてきた霧の中で見てはいけないものを見たんだ」
「見てはいけないものって? 熊?」
市村の話は奇妙だった。
「あれはなんというか。山道を一列に並んで横切っていくどす黒い『影』だった。人間や熊とは明らかに違う形で、奇妙な動きをして『何か』を探してた。草むらに車を止めた父さんに『隠れろ』って言われて、しばらくの間息を殺して、霧が晴れるまで車の中で体勢を低くしてじっとしてたんだ」
「なんだよ、こんなにめでたいのに二人揃って」
「信じてくれないかもしれないけど実話だよ。よく助かったなと思うけど、今思い返してもあれが一体何だったのかはわからない。今はスマホがあるからいいけど、『山』は怖い。雪が残ってて道も狭いし、事故に遭ってダムに落ちても誰も助けに来ない。何よりあの不透明な暗闇に飲まれたらおしまいだ」
「マジかよ。こええな」
「望月さん。ここは市村さんの好意を受けておいた方がいいんじゃないですか? 祭りは明日の夜なんでしょう? 私はその間に、その村が本当に大丈夫なのかを調べておきますよ。何か分かればすぐに連絡しますから」
「真島さんに僕と千歳の位置情報をスマホで共有すれば事故が起きても大丈夫だと思う」
「二人とも大袈裟な」
そう言いながらも、市村と真島さんのいつになく真剣なまなざしに俺は少し怖くなった。
確かに、山奥の行ったこともない村にあのか細いひおりんと二人きりなのは不安だ。市村の言う通り細い山道でダムに落ちない保証は無い。市村が来てくれて、さらに真島さんが残ってアドバイスをくれるなら何かあっても大丈夫だろう。
持つべきものは頼れる仲間と言うわけか。
遠いN県でひおりんのおばあちゃんに交際の報告をする。そうすれば彼女が喜び、俺がかつて犯した罪が薄れる。ひおりんの理解不能な行動や市村の言ってた影の話も心に引っかかるが、村まで行けば気のせいだと判明するだろう。
俺は二人の好意をありがたく受け取り、明日の出発を待つことにした。




