②3月22日(日) 雨 I県:自宅アパート【手記メモ:同棲開始。春祭りの約束】
【手記メモ:同棲開始。春祭りの約束】
いよいよ今日からひおりんとの同棲生活が始まった。
彼女の荷物を新しいマンションに運び終えた後、荷解きも終わらないうちにオフホワイトのタートルネックセーターにチェック柄のストラップワンピース姿の彼女が「ちーくん」と後ろから腕を回して抱きついてきた。
ひおりんの細身のロングスカートには大胆なスリットが入っている。俺は彼女の腕をつかまえると正面から抱きしめ返して冷たくて柔らかい唇を自分の口で塞いだ。
ややあって、俺の腕の中でひおりんが言った。
「ねえ、ちーくん。私、二十五歳までに結婚したいな」
「俺もウエディングドレス姿のひおりんが早く見たいな。それでひおりんは誰と結婚するんだっけ?」
「もう。ひどいよちーくん」
頬を膨らませるひおりんにもう一度キスをする。ぷにぷにとして柔らかいこの唇もあどけない顔もすらりとした長い手足も眠る前にそっと囁いてくる甘い声も、今日からぜんぶ俺だけのものだ。
「ごめん。ついからかいたくなった。日織は俺と結婚したいんだよね? 俺も同じ気持ちだから」
「よかった。それならお願いがあるの。私、おばあちゃんにちーくんを紹介したいの」
おばあちゃん? 両親よりも先にばあちゃんが出てくるか普通?
俺はそう思ったが、愛しいひおりんの頼みならばとひとまず話を聞くことにした。多分高齢だから元気なうちに彼氏を紹介したいんだろう。
日織はやっぱ優しいいい子だよな。
「それでね、おばあちゃん家がN県の山奥にあるんだけど月末の春祭りに一緒にきてほしいの。結婚前のお披露目がてら千歳くんを紹介したいの。嫌かな? あ、なんなら市村さんや真島さんを連れてきてもいいよ。人数が多い方がおばあちゃんが喜ぶから」
「市村と真島さんにまで声をかける必要はないけど、俺は平気だよ。俺、ひおりんのおばあちゃんに会ってみたいな。それに小説の取材もしたいし。俺さぁほら、今度妖怪村の小説を書こうと思ってるんだよ。日常と非日常の狭間に出没するヤマンバが猛烈に書きたくてさ」
「それって私じゃなくて小説がメインみたい。それに妖怪村ってどういうこと? うちのおばあちゃんはヤマンバじゃないし」
ひおりんの可愛い頬が膨らみ、目が釣り上がる。
「い……いや、その。ごめん」
俺が謝ると、ひおりんが吹き出した。
「冗談だよ。ちーくんって妖怪のことなると我を忘れるよね。いいよ、好きなだけ取材して。私も手伝う」
黒髪を耳にかけながら鈴の鳴るような声で笑う姿に胸を撫で下ろす。
人の良さそうな優しげな笑顔を見ていると、ひおりんの奇怪な行動が全部気のせいなんじゃないかって思えてくる。俺ももう二十六だ。このまま結婚して彼女を幸せにすることで、自分の過去を全部清算したい。
それにしても、美人の婚約者の田舎の家が旧家で豪邸だったりしたら、これってリアルサマーウォーズだよな。いま春だけど。
来週のどこかにでも、文芸仲間の真島さんと市村に自慢しとくか。




