第8話 『波紋の朝、広がる噂』
翌朝――
春の空気はまだ少しひんやりしていて、朝日が街を柔らかく照らしていた。通学路の桜は満開で、風が吹くたびに花びらが舞い、アスファルトの道を淡いピンク色に染めている。
学生たちが次々と学校へ向かって歩いていた。
友達と笑いながら歩くグループ、イヤホンで音楽を聴いている生徒、まだ眠そうにあくびをしている人――それぞれの朝がゆっくり始まっている。
その中を歩いているのは、
天城蒼空だった。
「……眠い」
昨夜はあまり眠れなかった。
屋上での出来事が、何度も頭の中で再生される。
紅葉の言葉。
リリィの告白。
美月の静かな笑顔。
(いやいや…)
蒼空は頭を振る。
(普通の高校生活がしたいだけなのに…)
そんなことを考えながら校門をくぐった。
しかし――
その瞬間だった。
「見て」
「蒼空だ」
「昨日の屋上の話ほんと?」
ざわざわ。
周りの生徒たちの視線が一斉に集まる。
蒼空は嫌な予感がした。
「……なんで?」
すると背後から声がした。
「蒼空ー!」
振り向くと、
風宮ひよりが手を振っている。
ひよりは笑いながら近づいてきた。
「おはよ」
「おはよ…」
蒼空は小声で聞く。
「なあ、なんでみんな俺見てる?」
ひよりは一瞬黙る。
そして――
吹き出した。
「やっぱ知らないんだ」
「何を?」
ひよりはスマホを見せた。
そこには学校の匿名掲示板が表示されている。
【昨日、屋上で蒼空ハーレム事件】
蒼空の顔が固まる。
「は?」
ひよりが読む。
「“蒼空、彼女・元カノ・後輩・お嬢様に囲まれる”」
「“恋愛戦争勃発”」
「“主人公すぎる男子”」
蒼空は叫びそうになった。
「誰だ書いたの!?」
ひよりは笑う。
「知らない」
「笑い事じゃない!」
そのとき――
「蒼空くん」
優しい声。
振り向くと、
月城美月が立っていた。
白いカーディガンを羽織り、朝日に照らされた黒髪が静かに揺れている。
「おはよう」
「お、おはよう」
周りの女子がざわつく。
「本当に彼女なんだ」
「美月先輩だ…」
美月は少し困ったように笑った。
「蒼空くん、噂になってるみたい」
蒼空は頭を抱える。
「最悪だ…」
すると背後から別の声。
「人気者じゃない」
振り向くと、
火神紅葉が立っていた。
長い赤髪をかき上げながら言う。
「まあ、仕方ないわね」
「仕方なくない!」
そのとき――
「蒼空先輩!」
元気な声。
花咲リリィが走ってくる。
「おはようございます!」
さらに後ろから歩いてくる二人。
雪宮セリナ
星野ルミナ
ルミナは優雅に笑う。
「おはようございます、蒼空さん」
セリナは短く言う。
「噂、広がってる」
蒼空は絶望した。
校門前。
六人の女子に囲まれる男子。
当然、周りの生徒たちは大騒ぎになる。
「やば」
「漫画みたい」
「何者なんだよ蒼空」
ひよりが肩を叩く。
「完全に主人公」
「やめてくれ…」
蒼空はため息をついた。
そのとき――
校内放送が流れた。
『生徒は早く教室へ向かってください』
チャイムが鳴る。
生徒たちは一斉に校舎へ向かう。
蒼空たちも歩き出した。
廊下を歩くと、さらに視線が増える。
「蒼空だ」
「本物」
「囲まれてる」
蒼空は心の中で叫ぶ。
(なんでこんなことに…!)
教室に入ると、さらに騒ぎになる。
男子たちが集まってきた。
「蒼空!」
「説明しろ!」
「どういうことだ!」
蒼空は机に突っ伏す。
「知らない…」
ひよりが笑う。
「まあまあ」
すると紅葉が言う。
「うるさい」
教室が一瞬静かになる。
紅葉の迫力はすごい。
その空気をやわらげたのは美月だった。
「みんな落ち着いて」
その優しい声で、教室は少し静かになった。
蒼空は思う。
(ほんとすごい人たちだな…)
しかし――
彼はまだ知らない。
この噂が、これからさらに大きな騒動を呼ぶことを。
そして――
新しい人物が、この恋の戦いに加わることを。
窓の外では桜の花びらが風に舞っていた。
春は、まだ始まったばかりだった。




