第7話 『夕暮れの屋上、揺れる恋の距離』
春の夕暮れは、昼とは違う静けさを学校にもたらしていた。
校舎の屋上に吹く風は、昼間よりも少しだけ冷たい。フェンス越しに見える街の景色は、ゆっくりと夕焼けに染まり始めている。西の空には赤い太陽が傾き、雲の端が金色に輝いていた。
校庭では、まだ部活動が続いている。
遠くから聞こえるサッカー部の掛け声。
バットの音が時折響く野球部の練習。
体育館から漏れてくるバスケットボールのドリブル音。
それらの音は風に乗り、屋上まで届いてくる。
屋上のコンクリートは昼の熱をまだ少し残していて、ほんのり温かかった。フェンスの影が地面に長く伸び、風に揺れる髪と一緒に、影もゆっくり動いている。
その屋上に――
七人の生徒が集まっていた。
天城蒼空
月城美月
火神紅葉
花咲リリィ
雪宮セリナ
星野ルミナ
風宮ひより
夕焼けの空の下、全員が同じ場所にいる。
蒼空はフェンスにもたれながら、深くため息をついた。
「……なんでこんなことになってるんだ」
ひよりが笑う。
「蒼空がモテすぎるからでしょ」
「そんなわけないだろ」
しかし周りの状況を見ると、否定するのが難しかった。
美月は蒼空の隣に立っている。
紅葉は腕を組んで少し離れた場所。
リリィは蒼空の近くで嬉しそう。
ルミナは優雅に微笑み、
セリナは静かに空を見ている。
それぞれの距離が微妙に違う。
それがこの空間の空気を少しだけ緊張させていた。
風が吹く。
フェンスがカタカタと小さく鳴る。
美月が空を見上げて言った。
「今日は夕焼けがすごくきれい」
蒼空も空を見る。
「ほんとだな」
西の空は赤く染まり、その下に広がる街並みもオレンジ色に包まれている。住宅の屋根が光り、遠くの川が夕日を反射していた。
春の空気は少しだけ甘い。
近くの桜並木から、風に乗って花びらが舞ってくる。
ひよりがフェンスをつかんで身を乗り出す。
「ここから見る景色、好きなんだよね」
「落ちるなよ」
蒼空が言うと、ひよりは笑う。
「大丈夫大丈夫」
そのとき――
紅葉が静かに言った。
「蒼空」
蒼空は振り向く。
紅葉は夕日を背に立っていた。赤い髪が光を受けて輝いている。
「覚えてる?」
「何を?」
「中学のとき」
紅葉は空を見る。
「よくこうやって夕焼け見てたじゃない」
蒼空の記憶が少しだけよみがえる。
放課後の帰り道。
川沿いの土手。
オレンジ色の空。
紅葉と二人で並んで歩いたこと。
「…覚えてる」
蒼空は静かに答えた。
美月はその会話を聞きながら、少しだけ黙っていた。
リリィが言う。
「蒼空先輩って昔から人気だったんですか?」
ひよりが答える。
「いや、全然」
「え!?」
リリィは驚く。
ひよりは笑う。
「むしろ地味だった」
蒼空が言う。
「余計なこと言うな」
ルミナがくすっと笑う。
「でも今は違いますわね」
セリナも小さく言う。
「目立つ」
蒼空は困った顔になる。
そのとき、風が少し強く吹いた。
桜の花びらが舞い上がる。
屋上にひらひらと落ちてくる。
リリィが手を伸ばす。
「きれい…」
美月も花びらを見つめる。
「春だね」
空は少しずつ暗くなってきている。夕焼けの赤は深くなり、青い空との境界が紫色に変わり始めていた。
その美しい空の下で――
紅葉が突然言った。
「蒼空」
「ん?」
紅葉は真っ直ぐ蒼空を見る。
「まだ好きかもしれない」
その言葉に、屋上の空気が止まった。
ひよりの目が丸くなる。
「え」
リリィも固まる。
美月も静かに蒼空を見る。
蒼空は言葉を失った。
紅葉は腕を組んだまま続ける。
「別に取り戻すとかじゃないけど」
「でも」
「嫌いになったわけじゃない」
夕焼けの光が紅葉の顔を赤く染めていた。
蒼空は何も言えない。
その沈黙を破ったのは――
「負けません」
小さな声。
リリィだった。
「私も蒼空先輩のこと好きです」
蒼空は目を見開く。
「リリィ!?」
ひよりが小さく笑う。
「おお…修羅場」
ルミナが優雅に言う。
「青春ですわね」
セリナは腕を組む。
「面白い」
しかし一番静かだったのは――
美月だった。
美月は蒼空の隣で、空を見ている。
しばらくしてから言った。
「蒼空くん」
「…うん」
美月は少し笑った。
「大丈夫」
「私は蒼空くんの彼女だから」
その言葉は、静かだけど強かった。
屋上に風が吹く。
夕焼けの空は、ゆっくりと夜へ変わっていく。
遠くの街では明かりが灯り始めていた。
蒼空は空を見上げる。
(どうしてこうなるんだ…)
普通の高校生活のはずだった。
しかし今、目の前には――
恋のライバルたち。
そして夕焼けの屋上。
春の風は静かに吹き続けていた。
だがこの場所で――
蒼空の恋の物語は、確実に動き始めていた。




