第6話 『夕焼けの屋上と、近づく心』
放課後の校舎は、昼間とはまるで違う表情を見せていた。
授業が終わったばかりの廊下には、まだ生徒たちの話し声が響いている。部活へ急ぐ足音、友達と笑いながら帰る声、窓の外から聞こえる運動部の掛け声――それらが混ざり合い、学校特有のにぎやかな空気を作り出していた。
窓から差し込む光は、すでにオレンジ色に変わり始めている。
夕方の光だ。
長い廊下の床に伸びる影が、ゆっくりと形を変えていく。
その廊下を歩いているのは――
天城蒼空だった。
「……はあ」
蒼空は小さくため息をつく。
今日も一日、かなり疲れた。
体育のあとからというもの、女子たちの視線がやたらと集まり、さらには――
彼女の月城美月
元カノの火神紅葉
後輩の花咲リリィ
クールな雪宮セリナ
お嬢様の星野ルミナ
この五人が、なぜか蒼空の周りに集まり始めている。
(普通の高校生活って…どこ行った)
蒼空は頭をかいた。
そのとき――
「蒼空くん」
優しい声が聞こえた。
振り向くと、夕日を背に立っている少女がいる。
月城美月だった。
長い黒髪がオレンジ色の光に照らされて、柔らかく輝いている。
「もう帰るの?」
「いや、ちょっと…」
蒼空は少し考えてから言う。
「屋上行こうかなって」
美月の目が少し驚いたように丸くなる。
「屋上?」
「うん。なんか今日は静かなところ行きたくて」
美月は少し笑う。
「じゃあ、一緒に行ってもいい?」
蒼空はうなずいた。
「もちろん」
二人は階段へ向かう。
階段の踊り場には夕日が差し込み、古いコンクリートの壁を暖かい色に染めていた。階段を上るたびに、生徒たちの声は少しずつ遠くなっていく。
やがて屋上へ続く扉の前にたどり着く。
ギィ…
少し重たい音を立てて扉が開く。
屋上には、広い空が広がっていた。
夕焼け空だ。
西の空は赤く染まり、遠くの雲が黄金色に輝いている。校舎の影が校庭に長く伸び、グラウンドではまだサッカー部が練習を続けていた。
風が吹く。
少し涼しい春の風だった。
フェンスの向こうには街並みが見える。住宅の屋根、遠くのビル、さらにその向こうには山のシルエットがぼんやりと浮かんでいた。
「きれい…」
美月がつぶやく。
蒼空もフェンスにもたれながら空を見る。
「ほんとだな」
しばらく二人は黙って夕焼けを見ていた。
学校の屋上という場所は、どこか特別な空気がある。昼間の騒がしさとは違い、時間がゆっくり流れているようだった。
美月が小さく言う。
「蒼空くん」
「ん?」
「最近…大変だよね」
蒼空は苦笑する。
「まあ…ちょっと」
美月はフェンスに手をかけながら空を見る。
「紅葉さんもいるし…」
蒼空は少し困った顔をする。
「うん…」
「でも」
美月は少しだけ蒼空を見る。
「私は蒼空くんの彼女だから」
その言葉は、優しくてまっすぐだった。
蒼空は少し照れくさくなる。
「…ありがとう」
そのときだった。
ガチャ。
屋上の扉が開く音。
二人は振り向く。
そこに立っていたのは――
火神紅葉。
紅葉は腕を組んで言った。
「やっぱりここにいた」
蒼空が驚く。
「紅葉?」
紅葉は少し笑う。
「夕焼け好きだったでしょ。昔から」
蒼空は言葉に詰まる。
確かにそうだった。
中学の頃、蒼空と紅葉はよく夕焼けを見に行った。
そのとき――
「蒼空先輩!」
さらに元気な声。
屋上に入ってきたのは花咲リリィ。
「やっぱりここでした!」
その後ろから静かに歩いてくるのは
雪宮セリナ。
そして優雅に微笑む
星野ルミナ。
蒼空は頭を抱えた。
「……なんでみんな来るんだよ」
ひよりの声が後ろから聞こえる。
「面白そうだから」
風宮ひよりも来ていた。
屋上に七人。
夕焼けの光の中で、それぞれの影が長く伸びている。
春の風が吹く。
空はゆっくりと夜の色に変わり始めていた。
そして蒼空はまだ知らない。
この屋上で――
恋の関係が、大きく動き始めることを。
静かな夕焼けの下で、
物語は次の波へ進もうとしていた。




