第4話 『春風の校庭と、近すぎる距離』
春の風はやわらかく、どこか甘い匂いを運んでいた。
校舎の裏手に広がる大きなグラウンドには、朝から太陽の光が降り注いでいる。青空は雲一つなく澄み渡り、遠くの山並みまでくっきり見えるほどだった。グラウンドの周りに植えられた桜の木は満開で、時折吹く風に花びらが舞い、白い砂の上に薄いピンク色の模様を作っていた。
体育の授業が始まる時間になると、生徒たちは次々と校庭へ集まってくる。ジャージ姿の生徒たちが友達と話しながら歩き、笑い声があちこちから聞こえていた。
その中で――
「……なんでこうなるんだ」
小さくつぶやきながら空を見上げているのは、天城蒼空だった。
昨日から続く騒動のせいで、蒼空の頭はずっと落ち着かなかった。
彼女の月城美月、元カノの火神紅葉、そして突然話しかけてきた三人の女子――
雪宮セリナ
星野ルミナ
花咲リリィ
その全員が、なぜか蒼空の周りに集まり始めている。
(普通の高校生活のはずだったのに…)
蒼空がため息をついたそのときだった。
「蒼空ー!」
元気な声が聞こえる。
振り向くと、ショートカットの少女が手を振って走ってくる。
風宮ひよりだ。
「体育サボろうとしてた?」
「してないよ」
ひよりは笑う。
「顔がそんな感じだったよ」
二人はグラウンドへ向かって歩く。足元では桜の花びらが風に舞い、ジャージの裾に軽く触れていった。
校庭にはすでに多くの生徒が集まっていた。サッカー部の生徒たちは授業前にもかかわらずボールを蹴り合っている。遠くでは女子たちが輪になって談笑し、体育教師が笛を鳴らして集合を呼びかけていた。
「今日はバレーらしいよ」
ひよりが言う。
「マジか…」
蒼空は少し嫌そうな顔をする。
「苦手?」
「まあ…普通」
するとそのとき――
「蒼空くん」
後ろから優しい声が聞こえた。
振り向くと、長い銀色の髪を風になびかせながら歩いてくる少女。
月城美月。
白いジャージの袖を少し握りながら、控えめに微笑んでいる。
「一緒のチームだといいね」
「そうだな」
ひよりが横でニヤニヤする。
「はいはいカップル」
「ひより!」
美月の頬が赤くなる。
だがその瞬間――
「へぇ」
低い声が聞こえた。
蒼空は振り向く。
そこには腕を組んで立つ少女。
長い赤い髪が風に揺れている。
火神紅葉。
紅葉は少し意地悪そうに笑った。
「相変わらず仲いいのね」
美月も笑顔を返す。
「ええ」
その笑顔は柔らかいが、どこか静かな闘志を感じさせた。
ひよりが小声でつぶやく。
「また始まる…」
だがその空気を破るように――
「蒼空先輩!」
元気な声が響いた。
振り向くと、小柄な少女が走ってくる。
花咲リリィ。
リリィは蒼空の前でぴょこんと止まった。
「同じ体育ですね!」
「そ、そうだね」
その後ろから、ゆっくり歩いてくる二人の少女。
クールな黒髪の少女――雪宮セリナ。
そして金髪のお嬢様――星野ルミナ。
ルミナは優雅に微笑む。
「蒼空さん、偶然ですわね」
セリナは短く言う。
「同じクラス」
蒼空の周りに女子が集まり始める。
ひよりが笑う。
「ほんとに囲まれてる」
周りの生徒たちもざわつき始めた。
「見て見て」
「蒼空また女子に囲まれてる」
「何者だよあいつ」
蒼空は頭を抱えたくなった。
そのとき――
ピーッ!!
体育教師の笛が鳴る。
「集合ー!」
生徒たちはグラウンド中央に集まる。
青空の下、全員が並ぶ。
「今日はバレーボールだ」
教師が言った。
「チームは適当に分かれろ」
その瞬間――
「蒼空くん、こっち」
美月が腕を引く。
だが同時に――
「蒼空、こっち来なさい」
紅葉も呼ぶ。
さらに――
「蒼空先輩!」
「蒼空さん」
「蒼空」
次々と声が飛ぶ。
ひよりが爆笑する。
「取り合いだ」
蒼空は叫びたくなった。
(なんでこうなるんだーー!!)
周りでは桜の花びらが風に舞い続けていた。
青空の下で始まる体育の授業。
しかし蒼空にとっては――
ただの体育ではなく
恋の戦場の始まりだった。
そして彼はまだ知らない。
このあと――
さらに三人の少女が、彼の人生に関わってくることを。
春の風は静かに吹き続けていた。




