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3秒遅れる鏡

掲載日:2026/01/22

 リサイクルショップで、アンティーク調の姿見を買った。

 安かったし、デザインも悪くない。

 ただ、一つだけ奇妙な点があった。


 その鏡、映るのが「遅い」のだ。


 僕が右手を上げる。

 鏡の中の僕が右手を上げるのは、ワン、ツー、スリー……三秒後だ。

 最初は故障かと思ったが(鏡が故障するというのも変な話だが)、慣れてくると面白かった。


 ジャンケンをして、三秒後に鏡の中の自分が出す手を確認したり、

 変な顔をして、客観的にどう見えるか観察したりした。

 タイムラグがあるだけで、映っているのは間違いなく現在の(正確には三秒前の)僕だった。


 ある夜。

 僕は風呂上がりに、その鏡の前で髪を乾かしていた。

 ドライヤーを止め、鏡に背を向けて、部屋を出ようとした時だった。


 ふと、悪戯心が湧いた。

 

「三秒前の後ろ姿なんて、見る機会ないよな」


 僕は足を止め、鏡の方へ振り返った。

 計算通りなら、鏡の中には「背中を向けて歩き出そうとしている僕」が映っているはずだ。


 僕は鏡を見た。


 そこには、予想通り、僕の後ろ姿が映っていた。

 なんだ、やっぱりただの遅延か。

 つまらないな。


 そう思って視線を外そうとした瞬間、背筋が凍りついた。


 鏡の中の映像。

 背中を向けている僕の、そのさらに向こう側。

 部屋の押し入れが、少しだけ開いていた。


 そして。

 その隙間から、青白い顔をした女が、這い出てこようとしていた。


 女は、鏡の中の(三秒前の)僕の背中に向かって、長く黒い手を伸ばしていた。

 爪は鋭く尖り、今にも僕の首を掴もうとしている距離だった。


「うわぁっ!!」


 僕は絶叫し、その場から飛び退いた。

 慌てて振り返り、実際の押し入れを見る。


 押し入れは閉まっていた。

 女もいない。

 シーンとした、いつもの部屋だ。


「はぁ……はぁ……なんだよ、見間違いか……」


 心臓が早鐘を打っている。

 そうだ。見間違いだ。

 疲れているんだ。


 僕は安堵のため息をつき、もう一度、鏡の方を見た。


 鏡の中の映像も、三秒遅れで進んでいる。

 鏡の中の僕は、何かに驚いて絶叫し、飛び退いていた。

 そして、実際の押し入れを振り返り、誰もいないことを確認して、安堵しているところだった。


 よかった。やっぱり何も――。


 思考が停止した。


 鏡の中の僕の背後に。

 さっきの女が立っていた。


 女は、もう押し入れにはいなかった。

 僕が目を離した一瞬の隙に、いつの間にか僕の背中にぴったりと張り付いていたのだ。


 鏡の中の女が、ニタリと笑った。

 そして、三秒前の僕の耳元で、何かを囁いたように見えた。


 その瞬間、僕の左耳に、生温かい息がかかった。


「――みぃつけた」


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