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ここで男子高校生の登場

 母娘が台所で会話をしている。

 いつものように僕は壁の中から母娘の様子を(のぞ)き見ていた。母親は壁の中からの音を気にするから僕はあまり動かないように気を付けた。

「ルル、冷蔵庫のピザ食べた?」母親が聞いた。「一ピース無くなってるんだけど」

「ルル、食べてないよ」

「正直に言いなさい。お母さんは食べ物をつまみ食いしたことは怒らないけど嘘をつくことは怒るからね」

「ルル、食べてないったら!」

 母娘で喧嘩(けんか)をしている。原因はもうお分かりのように僕だ。僕がビザを一ピース食べた。僕はアンチョビのピザが大好物でつい我慢ができなくて(いただ)いたのだ。さすがにルルに悪いことをしたか、と思う。

「部屋に知らない人が住むの?」ルルが聞いた。「パパみたいにママを殴ったりしない?」

何の話だ? と僕は壁の中で耳を澄ませた。

「高校生が来て一緒に住むだけよ。女の生徒さんだから安心して」母親は言った。

 母親は高校生の下宿人を受け入れることにしたらしい、と僕は思った。筍の食品加工では満足な給料が得られず、経済的に困ったのかもしれない。下宿人に部屋を貸すことに決めたようだ。

 僕の家の近くには高校がある。高校から遠くに家があるせいで通学が困難な生徒に部屋を下宿として貸すことができる。

 だが僕は賛成できなかった。どんな女が下宿人となるかわからない。不規則な生活をする女だったら家の中への出入りが面倒になる。それにただでさえ壁の向こうで男が隠れて生活していることにも気づかない、無邪気で無防備な母娘なのだ。

 一週間後、下宿人が現れた。下宿人は女子高校生と聞いていたが、現れたのは黒縁の眼鏡(めがね)をかけて太って背の低い男子高校生だった。よろしくお願いします、と完全に声変わりした男の声を聞いて、母親の顔が引き()っているのがわかった。

 男子高校生は聖奈(せな)という名前で、あるいは母親はその名から女子生徒と勘違いしたのかもしれなかった。聖奈という名は親がF1ドライバーの故アイルトン・セナ氏から付けたのだろう。母親は気を付けるべきだった。『せな』という名前には意外に男が多いのだ。

 僕は二階の壁の中に移動して、新しい下宿人の男の様子を(うかが)った。男子高校生は引っ越しの段ボール箱を荷ほどきして部屋に()えていく。学校の教科書やら参考書がたくさんある。

 真面目な男子高校生ですか、と僕は冷笑して(のぞ)きを続けた。男子高校生は押し入れにピンクの表紙をしたスケベな漫画本を隠した。

 一般的に男は自分のお気に入りの性的な画像なり動画なりを所有しているものだ。スマートフォンで検索履歴が見つからないように男は性的な動画を見たりする。僕は特に気にしなかった。男子高校生も男の一人だというだけのことだ。

 だが少し引っ掛かった。このスマートフォン全盛のデジタルの時代にどうして男子高校生は前時代的なエロ漫画本を所有しているのか。エロ漫画だってスマートフォンでネット検索して読めばいいだけの話なのだ。

 僕は高校生が学校に行っている間に部屋に侵入して一応、その漫画を確認した。僕は唖然とした。全て、男が小学生の女の子を悪戯(いたずら)する内容のエロ漫画だった。

 あの男子高校生は小児性愛者だ、と僕は知った。僕はすぐに小学一年生のルルの心配をした。天使のように肌も笑顔も耀(かがや)くルルは男子高校生にとっては性的なターゲットになるかもしれない。

 変態め、と僕は男子高校生を憎んだ。高校生は乳歯が一本抜けて欠けている幼いルルの存在を知ってこの家に下宿することを決めたのかもしれなかった。

 夕方、ルルが小学校から帰って来て、それから下宿人の高校生が家に帰って来た。台所で二人は鉢合(はちあ)わせた。

「こんにちは」男子高校生は言った。奴はルルを見て顔を赤らめた。ダウン寸前のボクサーみたいな顔色をしていた。「ねえ、お兄ちゃんは寂しいんだ。だって新しい家に引っ越して来たばかりで友達が近くにいなくなって誰も一緒に遊んでくれないんだ。お兄ちゃん、寂しいなあ。ルルちゃん、お兄ちゃんとお友達になって遊んでくれない?」

「いいよ」ルルは気軽に答えた。

 いいよ、なんて言っては駄目だと僕は壁の中で強く思った。その男は小児性愛者だぞ。

 二人は家の中でかくれんぼを始めた。男子高校生が台所の床のパネル――僕にとって死活問題となる出入り口だ――に手を掛けて開こうとした。だがパネルにはスライド状の鍵が四つも付いている。パネルは開かなかった。

 男子高校生はカーテンの裏側に隠れて、ルルにすぐに見つかった。オニが入れ替わった。高校生は家中を駆けまわってルルを押し入れの中に探し出し、「見つけた」と言ってルルに抱き着いた。それから暫く押し入れの中から出て来なかった。ルルの髪や(わき)に顔を付けて匂いを()いでいた。

 アウトだ、と僕は壁の中から見ていて神経質に思った。あの男子高校生は完全にアウトだ、と。



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