〜邪魔させない〜宮瀬瑠衣
二日目(火)〜邪魔させない〜
宮瀬瑠衣
俺は朝のホームルーム前の時間にとある友人に電話を掛けた。
「何……?」
「あ、武。ちょっと話があってな」
「何の話」
「蓮の事で聞きたいことがあって」
「蓮の事?」
急に声が明るくなった。やっぱり蓮の事になると態度が変わる。
(こういう所が可愛いんだよな)
武とは別に仲がいいわけでは無い。武は俺に対する嫌悪感を隠す気もない。ただただ俺が一方的に話しかけているだけだ。
「何? どうした?」
「蓮さ、最近おかしなところとかないか?」
「おかしな所?」
「そう。何か悩んでたりとか」
「いや、別に」
「そうか」
「もう良いか?」
「ちょ、ちょっと待て」
「何」
(何でこんな不機嫌なんだ……?)
「最近、蓮が嫌がらせが起きてるんだよ」
「は?!」
「うぉっ」
(急に大声出すなよな)
実際には蓮は虐めを受けている。俺の言う嫌がらせの内容は完全な捏造だ。
蓮は虐めの証拠になるようなものを残さずに帰ってくる。恐らく処理をしてから帰っているのだろう。だから証拠になるようなものは俺が作るしかない。仕方のないことだ。
(武を手に入れるにはこうするしかない。嘘はバレなきゃ嘘じゃないんだから)
「それ、本当か? 誰から?」
「いや、まだ分からなくて。それで頼みがあるんだ」
「何」
「その嫌がらせを止めるのを手伝ってくれないか?」
「え……俺?」
「うん。蓮の幼馴染だろ?」
「う……ん」
「ありがとう。で、もう一個聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「蓮、最近ちょっと変な気がするんだ」
「は……? 何、変って」
「最近、食欲ないし睡眠も取れてないみたいだし何処にいるかとかいつ帰ってくるかとかしつこいし」
「……」
「だからさ、何か一緒にいるの疲れて来て」
「疲れる?」
「うん」
「何だよそれ……ていうか嫌がらせ止めるって言ってたよな? そんなこと思ってるくせに止めるのか」
「だって、俺にまで嫌がらせ来たら面倒だし」
「は……」
不機嫌な声になった。
(予想通りだな)
「……クズ野郎」
「……酷いな」
「お前に蓮は相応しくない」
「そんな事言っても俺は蓮の兄だから。取り敢えず手伝ってくれよ、昼休みに踊り場きてくれ」
「絶対行かない」
「良いのか? 蓮が苦しむ事になっても」
「……」
「取り敢えず来いよ」
そう言って俺は通話を切った。武は蓮の事になると態度が変わる。「蓮の様子がおかしい」と相談すれば蓮の様子の変化を知っている俺に確実に嫉妬する。武は蓮の事なら何でも知りたい。集めたい。そう言う考えを持つ奴だ。
(これで良い……どんな感情でも武は俺を意識する)
「兄さん」
「へ?」
横を見ると蓮が俺を見つめていた。
(何だ……?)
「蓮、どうした?」
「武と電話してたみたいだけど何話してたの?」
「あ、えっと、まぁ……」
(まずい、どうしよ)
「何かの相談?」
「えっと……昨日、借りてた本があったから返そうと思って取りに来てもらおうと」
そういうと蓮は目を細めた。
「それ、僕じゃダメだったの?」
「え?」
「武じゃなくて僕じゃいけなかったの?」
「それは……そんな事ないけど」
「じゃあ何で僕に言わなかったの?」
「蓮、何でそんなに怒ってるんだよ?」
「別に、怒ってないよ」
「本当?」
「うん」
「その、悪い」
「良いよ。でも、僕も頼ってよ。僕だって並程度には役に立てるし」
「分かった。ごめん」
俺がそう言った時予鈴が鳴った。
「僕もう教室行くね」
「あぁ、分かった」
俺は溜め息をついた。
「蓮には悪いけど、こうするしかないんだ」
そう呟く。
(実際、蓮は虐められてる訳だし。別に良いよな)
その時、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。
「やべ……」
俺は急いで教室に戻った。
「瑠衣、遅刻だ」
「すみません」
俺は平謝りをして席に座る。
(マジで何で武と話してたの知ってるんだ?)
昼休憩で詳しく話すと言った後、突然蓮が武に話しかけるなと怒られた。何であんなに怒ったのだろう。
俺と武を会わせたくないのだろうか? でも何で? その時、ふと昨日蓮が言っていた言葉を思い出した。
「僕だけの兄さんだから」
昨日はあまり気にしていなかった。
「僕だけの兄さん」
その言葉が頭の中を巡る。
それと同時に嫌な考えが幾つも浮かぶ。
もしかしたら蓮は俺を独占しようとしているんじゃないか? 俺を誰にも触れさせたくないのではないか? 俺以外の人を拒んでいるのではないか?
(武には怒られたけど、実際に蓮の様子がおかしい時はあるんだよな)
いつだったか、弟の日向との会話を思い出した。
「お兄ちゃんは……何というか、掴みどころがない性格だな。何を考えてるのかわからない。だけど正義感は強いし誰かが困ってたら一番に助けてた。ただ……時々、思い詰めた様な表情をする時があったな」
「それって……何か悩みがあったとかか?」
「分からない。僕も聞いてみたことがあるけど何も無いらしい。けど、多分嘘だろうな」
「嘘?」
「うん。お兄ちゃんああ見えて嘘上手いから。嘘吐かれてもどれが嘘か分からない」
嘘が上手い。何だか分かる気がする。何故かは分からない。
「でも、日向は……」
「僕がそう思うだけで本当だと限らないでしょ? もしかしたら違うかもしれないし、全部嘘だってこともあり得るでしょ。お兄ちゃんは嘘吐きの天才だよ」
俺の予想では蓮は何か企んでいるのだと思う。時々、蓮が黙ってこちらをジッ……と見てくることがある。
あの視線を思い出すと本当にゾッとする。まるで怪物のような目だ。遠くからでも分かる。
最近の蓮は俺に執着している。だからこそ注意しなくてはいけない。嫉妬深い蓮の事だ。
きっと何かしてくるに違いない。違いない、が。蓮の行動は予測が出来ない。していても悉く外れる。蓮は一体何を企んでいるんだ?
蓮は一体――。
(一体、何を考えているんだ?)
もしも、何か危険な事を企んでいるのなら俺が止めなきゃ。恐らく止められるのは俺だけだ。
(でも、蓮の行動なんて全てが奇行だからな。何考えてるのかなんて全く分かんねぇ)
「でも……邪魔させる訳にはいかないよな」
昼休憩、俺は武を待っていた。しかし、武は来なかった。
「何で来ないんだ……。十分煽り入れたのに」
「あの〜、蓮さん?」
「ん?」
横を見ると神崎がいた。
「どうしたんですか? 何か凄く怖い顔してましたよ」
「え? そう?」
「はい。どうしたんですか?」
「あ〜、考え事」
「考え事……ですか。何かお悩みでも?」
「まぁ、うん」
「どうしたんですか? 僕で良ければ相談乗りますよ」
「最近、弟の蓮の様子がおかしい気がしてな」
「え、蓮さん?」
「うん。時々、不審な行動してて」
「そうなんですか。それで悩んでるってことですか」
「そう。何か知らないか?」
「う〜ん、僕が蓮さんと関わりがあったのは小学生の時だけなのでそこまで……」
「小学生の頃? 随分前だな」
「色々あって。多分蓮さんは僕の事を覚えてないと思います」
「覚えてない?」
「はい」
「小学生って6年間だし一番長いだろ。それ全部覚えてないって」
「あ、小学生と言っても六年生の頃だけです。後、蓮さん、記憶喪失になったことがあって」
「記憶喪失?」
「はい、小学6年生の頃の記憶を無くしてしまっていて僕のことを忘れてしまっているんです」
「あ、だから……」
「はい、突然話しかけて来た僕を警戒してるんだ思います」
「成る程な。あ、そうだ」
(こいつを利用すれば蓮の企みも分かるかもしれない。俺を警戒している様子もない。事前に対処すれば邪魔されることもない)
我ながら、良い考えだと思った。
「あの……どうしました?」
「なぁ、その話もっと聞かせてくれよ」
「え? もっとですか?」
「蓮の為にも何か悩みがあるなら兄として解決してやりたいし。生憎俺は蓮が小学生の頃の記憶がないからさ。神崎が頼りなんだよ」
「いや、でも僕は蓮さんの幼馴染でも無いですし武さんの方が……」
「あ〜、そうなんだけど。実は武と待ち合わせしてたのに来ないからさ。協力してくれよ」
「あ、そういう事ですか。僕で良ければ協力しますよ」
「ありがとう。助かるよ」
「はい。蓮さんは小学生の頃、僕が虐めを受けていた時に助けてくれたんです。それで仲良くなって。でも、それが原因で蓮さんまで虐められてしまったんです」
「へぇ〜、虐め……ね」
(小学生の頃からか。だからあんな澄ました顔してるのか)
「卒業前、蓮さんの両親が事件に巻き起こまれで亡くなったことで記憶喪失になったんです。それ以来暗くなっちゃってそのまま卒業式にも参加しませんでした
「事件……か」
(そういえばそんな話を聞いたな。でも記憶喪失とか言ってなかったよな? 単に気に留めてなかったのか知られたくなかったからか。恐らく後者だな)
「不慮とはいえ本当に可哀想で……。僕の代わりに虐められたのが悔しくて。だからずっと恩返しがしたくて悩んでたんですけど。でも瑠衣さんがいてくれたら安心ですね」
「そんな事ないよ。俺は料理くらいしか出来ない」
「そうですかね? 僕は蓮さんに何も出来なかったけど瑠衣さんが来てくれてからとても変わりましたよ」
「まぁ、前に比べたら笑顔は増えたな」
「でしょう?」
「他に知ってることはあるか?」
「他、ですか。そうですね。あ、成瀬海って知ってますか?」
「成瀬? あぁ、蓮のクラスの」
「死んだそうです」
「は? 死……って」
「蓮さんが疑われてるそうですよ」
「何で、蓮が」
「さっき、蓮さんは虐められていたと言ったでしょう? 虐めの犯人は成瀬なんです。だから虐められていた蓮さんが殺したと噂になってます」
「だからって殺したかなんて分からないだろ。幼稚だな」
「まぁ、仕方ないですよ。ただ、蓮さんはさほど気にしてないようです」
「へぇ、意外だな」
「一応言っておくと、僕を虐めていたのも成瀬です。蓮さんが助けてくれてからはターゲットを変えて蓮さんを虐めていました。成瀬さんの死体には首絞め痕と刺し傷があったらしいので相当恨みがあった人だと思います」
「へぇ」
(首絞め痕……まさかな)
「僕が知ってるのはここまでです」
「ありがとう。幾つか調べたい事が出来た」
「調べたい事?」
「うん。虐めのこととか事件の事とかな」
「あの、どうやって調べるおつもりですか?」
「そりゃ、ネットで」
「……意味ないと思います」
「何で」
「ニュースになってないんです」
「はぁ? そんな訳……」
「本当ですよ! 警察が怠慢で気に留めていなかったからとか言われてます」
「何だそれ。じゃあどうやって調べろってんだ。虐めは別にニュースになってなくてもおかしくないけど事件の方はなるだろ。人が死んでるのに」
「でもなってないんです。当時野次馬が多くて色々と騒がれてました。宮瀬夫妻殺人事件なんて記事が作られてましたけどニュースにはなってないし碌なものがないです」
「何だよそれ、ふざけんな……」
(これじゃ対処が出来ない。蓮の企みも分からない。俺じゃ分からないものは身近な奴に頼るしかないのに。どうするか……)
「瑠衣さんは蓮さんの事が知れれば良いんですか?」
「あ? まぁ」
「武さんに聞いて見たらどうですか?」
「でもあいつ来なかったんだよ。なのに話を聞いてくれるとは思えないけど」
「大丈夫だと思います。蓮さんの為だと言えば」
「本当か?」
「はい、だって彼は蓮さんの為なら命だって惜しまないような人ですから」
「分かった。話してみる」
「終わったら教えて下さい。僕に出来ることは何でもやりますから」
「うん。ありがとう」
(命を惜しまないほど好きって訳か。武、やっぱり俺より蓮の方が……)
そう言って別れた。神崎慧。意外と使えるかもしれない。
(上手く使って対処していかないと取られるな)
俺は予鈴前に教室に戻る。正直言って面倒だ。俺はほぼ授業内容を聞いていなかった。授業が終わり放課後になる。
俺は足早に校舎に向かった。靴を履こうとすると俺は先藤先生に呼び止められた。先藤先生は確か蓮の担任教師だった。
「宮瀬、少し良いか?」
「はい、何ですか?」
「蓮の事なんだが」
「蓮?」
「あいつ、なんかおかしくないか?」
「え?」
「その、なんか、うまく言葉にはできないんだがな。変な気がするんだ」
「そう、ですか?」
「あぁ、もうすぐ面談だろ? でも親いないからどうしようかな迷ってな。一応あいつの弟に聞いてみたけど、何も知らないらしいんだ。だから他に身近なのは瑠衣しかいないと思って」
今朝、蓮に怒られた時のことが頭によぎった。
「うーん、すみません。俺も分かりません」
「そうか……何かあったら言ってくれ、話してみるから」
「はい」
「じゃあ、早めに帰れよ」
「はい、さようなら」
先藤先生は立ち去った。
俺も蓮と話してみよう。そう思った。




