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goodbye MR ライディ  作者: 富永 真一
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遭遇


「恭子さん、さっきはありがとうございました。本当に助かりました」


おれは頭を下げた。


「あの人、大変よね。よく分かるわ」


「はい」


「二ヶ月に一度年金を下ろしに来ては、いつも決まって残高がないの。もうわたしが入社したころからよ」


恭子は困った笑みをこちらに向けてきた。


「入って早々さっそく大変なお客さんにあたっちゃったわね。また再来月来るわよ。でも悪い人じゃないから、しっかり対応してあげてね」


「恭子さんはどれくらい前からあの人を?」


「わたしも入社してすぐから」


顔から困った色が消え、おどけた笑顔だけが残った。食事を急いで終えた恭子の後姿をおれは、頼もしい姉を見るように見ていた。その頃おれは入社直後の研修を終え、この支店に着任した。着任の際に人事の先輩から、この店が忙しい支店だということだけは聞いていた。朝9時から3時の閉店時間までは商店街の店員や口座に入金する客、商店街で買い物するために金を下ろしに来る客でごった返している。昼休みは新入社員にとっては唯一息の抜ける時間だ。礼を言い終えて、おれは裏口から外に出た。


商店街を行きつけの定食屋へ歩く。梅雨入りしたばかりの日差しは、湿った空気とともに町全体を重たくしていた。息をしているだけで汗が滲んだ。夏の蒸し暑さがもうすぐそこまで来ている。上着を脱ぎ、右手に持って大股で歩いた。昼時の商店街は主婦や昼食をとりに出た会社員たちで混み合っている。すれ違う人を避けながら、ベビーカーを押している女をおれは追い越すと前から両手に野菜で一杯になったビニール袋を持った急ぎ足で歩く主婦と正面からぶつかりそうになり、間一髪で身をかわした。混んだ道を行くのをやめ、川寄りの道を行くことにした。


路地を抜けて出た道は隣の道よりも大分空いていた。行きつけの定食屋の方に歩き始めると、遠くからあの老人が自分の方へ歩いてきているのが視界に入ってきた。脳裏にさっき自分に凄んだ老人の顔が蘇えり、気持ちが萎えそうになったが、気を取り直してそのまま歩いた。何食わぬ顔をして足早に歩きながら、ちらちらと老人を見る。くたびれた黒の上下のスーツは日の光に照らされると色褪せていることが見て取れ、老人が近づいてくるとひどく襟の汚れたワイシャツを着ているのも分かった。


彼の歩く姿は、いつかテレビで見た、シルクロードの砂漠を駱駝に荷物を載せて歩く老人を思い起こさせた。時々独り言を呟きながら目の前を通り過ぎる老人は、おれには気づかずにコツコツと靴音を立てながら進む。その歩みは砂漠を行く老人よりもずっと弱弱しく、運ぶべき大きな荷物もない。引いて歩く駱駝もいない分、寂しげだった。そこまで来た老人と目が合い軽く会釈だけして急ぎ足で通り過ぎようしたおれを、その老人は呼び止めた。


「あのう!」


思った以上に通る声におれは驚いて足を止めた。


                  つづく


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