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goodbye MR ライディ  作者: 富永 真一
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男のリムジンと妻の記憶

 

 黒塗りのリムジンに乗るようになって、もう何年経っただろうか。

 一般に夢も叶ってしまえば輝きを失うというが、男のそれは輝きを失うどころか増すばかりだった。男の乾きは、さらに何かを求めていた。流した汗の分だけ、自分のビルは高くなった。泥だらけになって闇市のほこりの中から作り上げた自分の成果が男の誇りだった。生活の隅に至るまで驚くほど変化が生じ、決してそれをひけらかすことはしなかったが、手にした名声と富を惜しげもなく謳歌した。


家を出ると出迎えてくれる運転手。それに純白の手袋が眩しい。男は自分が入った後に、ずしりと重くしまる車のドアの音が好きだった。秘書の案内を聞くまでもなく、数ヶ月先まで、滅入るほどに予定が入っているはずだ。


アメリカへの輸出が順調に伸びている。工場の増設が間に合わないくらいだ。すぐにでも新しい工場を増やさなければならない。飛ぶ鳥を落とす勢いの男には、様々な問題が湧いてはそれらはすぐに解決していった。この男にはできないことはないと周囲の人間も、また男自身も思っていた。


先週の会議で、アメリカでの日本車の不買運動が盛んになり、日本車を燃やす事件も方々で起きていると聞いた。日本政府にアメリカ政府に働きかけてもらわねばならないが、さほど気にする必要はない。


よい車はよく売れる

それだけのことだと

怖いものなど何も無い


男は女を抱かされて商談を組んだことはなかった。決して清廉潔白な精神がある訳ではない。ここまで伸し上がるためには汚いこともしてきた。


 ただ男には妻がいた。殺めてしまいたいくらい愛しい妻だった。男には妻ほど愛おしい存在はなかった。


 刑務所からの夫の帰りを、来る日も来る日も黄色いハンカチを干し、妻は待ち続ける。男はその映画を妻と何度も観た。移動時間の合間を縫っての妻との時間は運転手しかそれを知らない。彼はその度にクライマックスを待たずに泣いた。ぼやけたスクリーンを見ながら、崩れていく感情の片隅で、男は自分の帰りを毎日待っている妻を想い、自分の右手を握り返してくる妻を信じていた。


                  つづく

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