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goodbye MR ライディ  作者: 富永 真一
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再会

 その女、つまりライディの妻との出会いについて少し詳しく話そう。

 オレは商店街の融資関連の得意先回りを終えて、支店に帰る道すがら、ふと河原の土手下を通る車道を歩道に備え付けてあるベンチに座りながらぼんやりとしていたんだ。そんな忙しい時間帯になぜそんな場所で、そんなことをしていたのか自分でも分からない。その前の日、営業の山口さんというベテラン職員に、営業車で得意先回りをする合間に、しばしばパチンコで憂さ晴らしをするなんて話を聞いたかも知れない。すぐに支店に帰らず、ふとどこかで意味のない時間を過ごしたいと無意識がそうさせたのだろうか。その道は片道車線だが、四時から五時までの時刻は運送車が多く、大小さまざまなトラックがひっきりなしに通ってゆく。


 向こうから大きなトラックが近付いてきた。


銀色の側面が西日を浴びて眩しく輝く。


オレの目の前を通り過ぎるほんの一瞬、そのトラックの側面にあの女の顔がパッと映し出されたんだ。


何も被っていない、素顔の彼女だった。オレの夢の中でライディが砂漠の上をラクダを曳いて歩いていた。そのラクダに乗っていた女だった。


オレは突然の出会いにたじろいだ。


しかし、これも何かの導きだろうと受け入れるのに、それほど時間はかからなかった。


 不思議としか言えなかった。気づいたときには、どこか分からない空間で彼女と二人きりで話し始めていたのだから。


 オレに上空に引き上げられながら、彼女は全身で、何かから解き放たれたことオレにをに伝えていた。


「こうしていたのは、居たかったわけじゃないの」

「じゃあ、どうしてずっとここにいたんだ?」

「どうしていいのか、分からなかった、ずっと」


「じゃあどうして、あんなこと?」

「そんなこと、よい大人が訊くことではないわ」

「……」

「いいわ。ただね……ただ、窮屈だっただけ」

「あの人はあなたを愛していた」

「愛は感じたわ、とても」

「なにがいけなかった?」

「でも、なにかでわたしを縛ろうとしていた。わたしは誰からも縛られないし、だれの思い通りにもならないの」

「・・・・・・」

「わたしはわたし」

ピンで紙を留めるように、彼女の眼差しはオレをその時空に釘つけにしようというような意図さえ見えるようだった。

―オレも、あんたの思う通りにはならないよ。

 すぐに、そう意思を伝えた。

 そう伝えると、すぐにそんなことはなかったかのように、彼女は視線をどこかの方向に誤魔化すように流した。

―あなたって、おかしいわね。

 ちょっとついてきて!

 もう語らなくても彼女の声が聞こえるようだった。


 埃交じりの風に髪の毛が乱れ、彼女の頬を覆う。素顔が見えない。川の土手を駆ける。蹴り上げる足の裏がはっきりと見える。飛び跳ねるように陽気に彼女は後を追う私を誘うように逃げる。細かい土ぼこりが上がる。オレは彼女の背中を追いかけて走る。彼女の笑い声だけが、響いている。見慣れた川の土手の上、だがずっと昔の風が彼女とオレに吹きつけている。


これが、憧れてた景色なの。

悲しみよりも、喜びを分かち合いたかった。

手の届かないような栄光よりも、目の前にある幸せを感じあいたかったの。


でもあの人は、わたしがそう思っていたときわたしの傍にはいなかった。


気がつくとわたしはいつも一人きり。



「どこか、遠く、ここよりもずっと遠くに行きたいわ。でもどうして行けばいいの? わからないの」

それが彼女があの頃、ずっと抱いていた思いだ。


 誰もが同じ大きな空の下で、こうして生きているの。わたしだけじゃないのも分かってる。何不自由のない暮らしをしているわたしが不満や不平を言うこと自体、罰当たりだわ、というのも分かるわ。


 少し前まで、ご飯が食べられなくて死んでゆく人が珍しくなかったってこともよく分かってる。


あの人は、わたしの過去との思い出だけで生きて行けたのよ。貧しかった頃のね。


でも、わたしは無理だった。あの人と分かち合える今が欲しかったの。


 わたしがいなくなった後、きっとあの人もわたしと同じくらい、さびしい思いをしたはずね。

いいえ、違うの。わたしに復讐の意図なんてこれぽっちもないの。


ただ、共感できる思いがないと魂と魂は一つには解け和えないものよ。


「全てを無くした今のあの人となら一緒に、どこかに行ける気がするの。あなたはどう思う?」


「どうだろう? あの人がそれを望むかな?」


「ええ、きっとよ」


「だとすると、天国?」


「いいえ、もっとずっと遠く。わたしたち二人だけになれるところじゃなきゃ」


「いいじゃないか」


オレは喜びのあまり大きな声で叫んでいた。ライディと彼女にこそ、そんな再会は相応しい。


「永遠なんて、信じてないわ。すべては一瞬よ。その一瞬の中で、わたしたちはまた出会えるの」


 彼女の一言が、今もオレの耳に焼きついている。


 ぼろ雑巾のようになった老人と、これから咲き誇ろうとする蕾のような若い女が、待ちに待った再会を果たす場面を、オレは何もない空に思い浮かべてみた。

 

                    了


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