頓珍漢な告白
「ここからライディが川を掃除しているのを見ていたことがあるんです」
オレが言う。
「ライディさんが川を掃除?」
「僕が昼飯を食べ終えてここで少し休憩をする間でしたけど、ライディは朝からやっていたみたいですよ」
「今日みたいな日はまだ川の水は冷たかったでしょうね」
「いえ、彼は冬でも川の中にいましたよ。腰を曲げてごみを拾ってました。肝心のごみは全然拾えていなかったみたいでしたけど」
「そうなの!寒いでしょうに……何で川の掃除なんかしてたのかしら……」
「日課だったみたいですが……そう言われれば、何故ですかね?」
「あの人は分からないことが多いわね」
恭子は笑った。春の風に運ばれてシャンプーの匂いがオレの鼻孔に届いた。
「誰にも言ってなかったことがあるの……」
「え?」
「ライディさんのことで」
「ほう」
「まだ颯太くんが入社する前のことなんだけどね。お昼に外に出たの。そしたら職員用の出入り口の先にあの人がいてね。わたしを待ってたのかしら。ハンカチをくれたの。黄色のハンカチだった」
「ライディが、ですか?」
「そうよ」
恭子はおかしさをこらえられない様に笑った。
「僕も誰にも言ってなかったことがあるんですけど……よくライディと、ここで話したんです」
「へ~このベンチに座って?」
「はい。決まってこのベンチでした。僕が座っているとどこからかライディがやって来るんです」
「あの人とどんなこと話したの?」
「いろいろです。本当にいろいろなことを話してくれました。戦争のこととか、奥さんを先に亡くしたこととか、左の肺を癌で取ってしまったこととか」
「へぇ~、そんなことがあったなんて全然知らなかった。おかしかったわね、あの人」
記憶のライディは二人に和やかな空気を流した。恭子と自分とが思い出している老人は少し違うのだろうとオレは思った。
「そうそうそうなの。あの人、本当に可哀相だったわね」
恭子は言った。
「……そうですかね?」
「あの人に次に商店街ですれ違った時にハンカチのお礼を言ったの」
「はい」
「そうしたらね、私のことを覚えていないの……」
「覚えてない? そんなことってあるんですか? よく話す割には僕のことをあんまり覚えていないんじゃないかって思うときもあったな」
「わたしが、『この前はハンカチ、どうもありがとうございました。大切に使わせていただいております』って言ったら……」
「……言ったら?」
「『おたくは、どちら様でしたっけ?』ってきょとんとした顔で言うの。もうわたしのことを忘れてしまっているの。それでまた次に預金を下ろしに来た時は、『先日はどうも』なんて顔を赤らめて言ったりするのよ」
二人とも次の言葉が見つからず黙って川面を見た。春の陽射しに照らされ、川面はキラキラと輝いている。
オレの瞼に、商店街で暴れ、その怒り収まらぬまま川底を必死に漁っていたライディの姿が浮かんだ。
「僕たちいろんなライディに会っていたんですね」
「そうかも知れないわね」
「あの人、もう充分生きたんだと思いますよ。充分すぎるほど」
「充分生きたって? それって、もう生きなくてよかったってこと?」
「そういう意味じゃないんですけど……みんないつかは死ぬじゃないですか?」
「それはそうだけど……」
「よく分からないけど、幸せも不幸せもあの人は全部経験して、そして死んだんじゃないかなってライディと話して、ライディを見てきて、……なんかそんな気がするんです」
「みんな死ぬって、寒い日に冷たい川で誰にも知られずに死んじゃうなんてね……あの人身寄りはあったのかしら」
「どうですかね……」
「恭子さん急に話を変えちゃうんですけど……いいですか?」
「なに? 急に真剣な顔して……」
「よかったら、僕と付き合ってくれませんか?」
「颯太くんて時々突拍子も無いこと言ったりしたりするわよね。そういうところ好きよ」
「本当ですか? じゃあ、おっけーですか?」
「実はわたし結婚するのよ」
「え? そんなこと聞いてないですよ! あっちゃー相手は誰ですか?」
「颯太くんの知らない人」
オレも恭子さんも笑った。恭子さんの口からはいつものように八重歯が遠慮がちにのぞいていた。
つづく




