もう一人の自分と若い女
「あー!なんだ馬鹿やろう! どけ!」
昼食をとりに商店街を歩く俺の耳に、怒鳴り声が聞こえた。それが誰の声なのか、うすうす気づきながらオレは人ごみを掻き分けて声のする方に急いだ。
ライディだ、何があった?―。
「何があったんですか? 」
誰にぶつけるでもなく、歩きながら四方に怒鳴り散らす老人に聞く。老人は片手に持っていたお供え用の菊の花をオレの頭めがけて投げつけた。
「うるさい! 何でもあるもんか。あっちへ行け!」
「酔ってるんですね! 」
オレは自分に投げつけられた花を包み紙に包みなおしてライディに手渡そうと差し出した。
「うるさい! うるさい! そこをどけ!」
オレを突き飛ばすようにして、ライディはまた歩き出しす。
壊れたブリキのおもちゃは片足を引きずりながらずんずん進んでいく。その後ろを濃紺のスーツを着た若者がついて行く。その騒ぎを見ている人々が遠巻きにぽかんと開けて見ている。
オレは、確かにその風景を見た。見たというのか、この身体のどこかで認識したということなのだろう。自分を孕んだ空間の外側から見ているもう一人の自分だった。
スーツの若者にたしなめられたその老人は相変わらず、自分の前にいる人々に罵声を浴びせながら歩いていく。気がふれた老人を相手にする人はおらず、関わりたくないと彼の進路を黙って明ける。二人は商店街の路地を抜け、川に出た。老人は土手に降りて靴も脱がずに川の中に入っていく。土手からその老人を若者は黙って見ているしかできない。そうだ、その時のオレには、そうするしかなかった。でも、そうするのが最善だった。少し先の未来からもう一人のオレはそれを認めている。
「ない! ない! ない!」
老人は川に膝まで浸かって川底を覗いている。時々両手で川底を漁っている。
「どこだ! どこに隠した!」
強い日差しが水面に反射し、キラキラと目に眩しい。
「何してるんですか? 」
水の中を探っていた老人が不意にオレを見た。身じろぎできない程の強い目がオレを見ている。次の瞬間、ばしゃばしゃと音を立てて、老人が近づいていく。遠くから標的を狙うスナイパーのように彼の目は若者を射抜いていた。
「お前! お前は黙っていろ! この!」
川の中からオレを凝視し、ライディは怒鳴った。
何が、何があったんだ―?
知りたい。
ライディに何があったのか、教えてくれ。その思いが身体の隅々に満ちる。
と同時に、ハッとオレは息を呑んだ。
角隠しを被りらくだに乗っていた女の生気の抜けた顔が、中空に浮んだのだ。その若い女は、いつか夢に見たライディが砂漠をらくだに乗せて歩いていた人に違いなかった。
つづく




