Mr. ライディ
老人が大手自動車会社の元社長であるという噂が広まったのはオレが入社して半年以上経った11月下旬だった。確かに恰幅の良い丸めがねのフランス人のライディという男が社長に就く前の創業者の経営者は、この近辺では有名で、彼の苗字は老人と同じである。たったそのことが、オレが手に入れた噂の真相たった。それだけの状況が彼にライディというなあだ名を与えたのだ。全く暇な人たちだと噂を広める先輩達を見ていた。本物のライディのふくよかな風貌で高貴な雰囲気と、細く痩せこけた幸薄な頓珍漢な老人とのコントラストがやけに滑稽で、支店ではすぐにそのあだ名は定着した。
「ライディの年金は一体どうしていつも引き出されてるのかしら?」
「どうしてですかね……」
「こうじゃないかな。認知症が進んだライディさんに無駄金を使わせないために、誰かがゴーンが引き出す前に通帳と印鑑で引き出してしまう。だからゴーンさんはいつも自分で引き出したはずがない金がないことに納得がいかないっていうことかもしれない」
「僕一回だけライディが自分で先に引き出した金を見せられて謝られたことがありますよ」
「え!颯太くん、どうしてそれを言わないの? みんな気にはしてるのよ」
「あ、すみません。すっかり忘れてました」
「ホウレンソウ。報告・連絡・相談でしょ!ちゃんと研修で教わったとおりにしないとまた課長に叱られるわよ。『君は向いてないんだ』って」
恭子の声が笑っていた。
「ところで何を読んでいるの? 随分熱心ね」
「融資のことが書いてある本です。もうすぐ融資課に異動になるって言われたんで」
「融資課行ったら大変でライディさんのことなんて考えてられなくなるわね」
無駄話に付き合わせてごめんと言うと恭子は急いで弁当箱を袋にしまい、立ち上がった。季節は冬、十二月になっていた。師走は銀行にとって最も忙しい月だ。
「ネクタイ曲がってる」
食堂を出かけた恭子が振り向いて言い、悪戯っぽく笑った。
つづく




