【五話目】畑を耕しました!
フェローリアがこの遺跡の守護者として配属されてから、もう3日目だ。勇者が訪れる気配は到底感じ得ない。
少しずつ遺跡内の探索をして、修繕が必要な箇所はマップにチェックを入れたり、鑑定魔法で食用だとわかったキノコを集めたり、道端で拾った植物の種を拾ったりしていた。
遺跡の中には大昔に迷い込んだ冒険者の物であろう、壊れた武器などが落ちている。
それらを素材として鍬などの簡易な農具を作ってみた。
「今日は畑を耕して、この種を植えてみましょう!」
鍬を傍らに置き、絹のスカートをたくしあげ横で結び、キュッと頭に鉢巻を巻く。聖女にはなかなか見られない光景だ。
さすがに遺跡の正面側に畑を作っては見映えが悪くなる…というか、
勇者がこれから未知の遺跡に挑むシリアスな場面になるはずなのに、横にカントリーな雰囲気の畑がチラ見えしてたら台無しになってしまうので、勇者が来ないであろう遺跡の裏側の森に畑を作ろうとしている。
バックヤードとして、生活感のあるものはここに纏めて置いておくことにした。
最初はへっぴり腰で上手く土を耕せなかったが、それでも回を重ねればスキルが上がっていくものだ。
事前に用意していた枯れ草を土に混ぜ込みながら、せっせと耕す。
民家の扉3つ分ほどの小さな畑であるが、耕し終えたものを見るとちゃんと畑っぽくて、フェローリアは嬉しくなった。
斜め上の方向からチャコの声がする
「よっ!畑の肥料になりそうなモノ、もってきてやったじぇ!」
「えっ!本当?ありがと…ひぎゃーー!!」
フェローリアは振り向き様に、チャコが持っているモノを見て悲鳴を上げた。
美しい聖女といえども、本当に恐ろしいときはダイナミックな悲鳴を上げるものだ。
なんならチビるまである。
チャコが持っていたのは人骨だった。
それも大量の。
チャコの魔力により、大量の人骨がふわふわと宙を浮いている光景はホラーそのものである。
「な、な、な…」言葉を発したくても声帯がついていかない。ゴクンと唾をのみ込み、やっと言葉を絞り出す。
「その骨はいったいどうしたの…!?」
「遺跡の地下にたくさんあるから持ってきたんだじぇ」
どうやら歴代の冒険者の骨のようだ。
それなりの難易度のダンジョンには必ずあるやつだ。
調べても何もないただの屍の場合もあれば、日誌のようなメモ書きを発見することもあったり、隠し階段を発見したり、隠し持っていたお宝を発見したり、収集家が喜びそうなメダルを発見したりと、ダンジョンにおける人骨は様々なドラマを演出してくれる。
「元の場所に戻してきて!」
フェローリアは半泣きだ。
「えー?せっかく持ってきたのによ~」
そう言ってチャコは悪そうな目付きをしながら…
「えいっ」と人骨をフェローリアへ放り投げた。
「ピャーーーーーーー」
これはフェローリアから発せられた悲鳴である。声帯の限界まで高い音が出た。
人骨はフェローリアとともに畑に倒れた。
すっかり風化していた人骨は、その衝撃で粉々に砕けて砂となってしまい、土に潤沢な栄養を与えたのだった。
やっとフェローリアは泣き止み、畑の肥料となった古の戦士の亡骸に祈ってから
このふかふかの土に、遺跡で拾った複数の謎の種を植える。
肥料のお陰か、あっという間に芽が出て、日がな著しく成長した。
数種類の種はすべてたった数日で葉は生い茂り
花が咲いた株もあれば、立派な果実をたくさんつけた株もある。
「赤くて美味しそうな実…これは食べられるかしら」
鑑定魔法を唱えると、この果実は食用であり、名前はアンブロシアだとわかった。
「アンブロシア…!? 神々の食べ物といわれている、あの伝説の果実!?!?」
この世の冒険者がみな欲しがる伝説の果実である。
実をひとつ食べればたちどころにHPとMPが全回復する神の食べ物が、いともかんたんに、しかもたわわに実ってしまった。
更には、別の株の青々とした葉が繁る植物は、【世界樹のハーブ】だとわかった。
「せ、世界樹のハーブ……めったに手に入らなくて、煎じて飲めば瀕死の者を蘇生できるとされる…あの世界樹のハーブ…!??」
さすが古代遺跡だ、俗世では手に入らないものの宝庫だ…とフェローリアは感心したのだった。
「アンブロシアと世界樹のハーブがこんなにたくさんあれば、きっと勇者様も喜んでくださるわ!」
その時―――
フェローリアの頭の中に、直接語りかける声があった。それは妖精王だった。
《いかん…いかんぞフェローリアよ…》
「よ、妖精王様!?」
《その作物を勇者に与えてはならん…》
「そんな!なぜですか!?」
《ぬるゲーになってしまうからじゃ》
「!?」
《勇者たるもの、自らの力で切磋琢磨して辛い試練を乗り越えなければならぬ!》
《わかってくれるな?フェローリアよ…》
「……流石、妖精王様でございます。その厳しさも勇者様のためなのですね…!!」
あえて手を差しのべず見守るだけにとどめることは、簡単なようでなかなか難しいものだ。過保護な親然り、指示厨然り。
これは勇者への試練でもあり、自分の試練でもあるのだ…とフェローリアは思ったのだった。
そして遺跡の守護者でいるあいだ
伝説のアンブロシアと世界樹のハーブは、フルーツサラダにしてフェローリアの夕飯になるのだった。