7 好まぬ戦い
こんな地下世界の暗がりで一人生きてきた。
ヴェギラゴは人が恋しかったかのように多弁になっていく。
「町民など魔法治癒は受けさせてもらえぬ。薬師だけだ。回復役は町民を治癒してはならんのが世界の決まりだ。高ランク冒険者だけが回復役と組める。それゆえ回復役は命を大事にしてくれる冒険者を好むが、強者がよこせと言えば、戦闘を余儀なくされ、そして強奪される」
「はあ?冒険者同士でバトるの?」
「さようだ。だがリヒトよ──」
うん?
なぜかヴェギラゴが話をためらった。
そして、なぜか俺をじっと見つめるんだ。
なんですか、と聞こうとしたら彼が深刻な声でこちらから目線を外して。
「それを──世界の民に強いてきたのは転生者どもなのだ……」
「え……」
これは──
転生者らの手によって弱肉強食の世界みたいのが出来上がっているのか。
ヴェギラゴは小さく悲しそうに語る。
彼らが冒険者として富、名声、強さを求め続けた結果だという。
魔物は討伐してくれるのだから、各国の王族たちも次第に何も言わなくなった。
言ったところで彼らより強者がこの世界にはそう居ないのだと。
実質的には転生者による勇者万歳ワールドだそうだ、ここは。
だがこれは女神という存在が許したことでもあるし。
この世界の住人が納得してのことなら仕方なし。
ヴェギラゴがふと、こちらを見る。
「幼き頃、檻に囚われていたことがある。見世物にしていた王族から、われを解き放って自由を与えてくれたのも、現れたばかりの転生者であった……」
「え……それじゃ」
彼は大きな目を閉じ、静かにうなずく。
「スキルを使いこなせず町民を頼っていた当時の彼らは、まだ多くの民から愛されていた。弱きもの、虐げられしものを優しく慈しむ心を持ち合わせていた」
ヴェギラゴの知る遠い過去では転生者の彼らも、そう捨てたものでもなかった。
さらに時が流れて、彼らをそのように駆り立てたのは、この世界の宿命か。
「時代とともに増えすぎて、成り上がりの競争が激化したのだな。ヴェギラゴ…」
「ふん!察しがいいんだな、リヒトは」
俺の補足が的を得ると、お褒めの言葉をくれるみたい。
このままフレンド申請しちゃおうかな。
「だから金を奪うのが嫌なら、物を直接取っても咎められやしない。リヒトは転生者なのだから。戦闘になれば勝つしかないが、うでに自信がないのか?」
転生者だから、略奪も合法?
国家権力も魔族の排除に相当苦戦してきたのだな。
だが高貴なものや財あるものがその屈辱を望むとは到底思えない。
犠牲を強いられるのは位を持たぬ貧しき民たちだろう。
頼らざるを得ない存在を多少の民を犠牲にそこまで養護するとは。
気に食わん。
「相手の強さと相談してみなきゃ分かんないよ、それは。だけどさっきも言ったように俺は人間に愛されたい生き物だから戦争みたいなのは避けたいの!」
「変わり者よの、おぬしは。地位を持たねば狩られる魔物と大差ない世だ。で──金の使い道は何なのだ?」
「街に行っても酒も飲めない。強い魔物の肉でも持って帰りたいと思ってね」
「酒か。欲のないものは飲食くらいしか楽しみがない。それでわが身の戦利品がほしい──というわけか」
こっちの一方的な都合ではあるけど目的を聞かれたから素直に明かした。
竜にとっての千年とは長い時間なのだろうか。
要求は述べた通り、身体の部位をすこし剥ぎ取って街にいくこと。
さぞや気を悪くしただろうな。
囚われの身だから欲しけりゃ好きにしろ、遠回しにそう言っているようにも聞こえる。略奪合法、討伐正論、転生者上位の社会。
これでは、俺は転生者と知れた時点で民が恐れてひれ伏してしまう。
そうじゃないんだよ!
偽りの感謝で得られる優越など俺は求めていない。
それでは故郷の星で一族がしてきた蹂躙による支配となにも変わらない。
ヒーラーの奪い合いってのも好まぬ戦いだ。
しかも使い捨てカイロみたいに人の命を粗末にして。
ヒーラーをやらされているのはこの世界の住民たちかと確認をとる。
ほとんどそうだとヴェギラゴは教えてくれた。
だろうな。
スキル持ちの奴らが、底辺の使い捨てを目指すわけがない。
俺だって底辺を目指すつもりで星から逃亡してきたわけじゃないが。
そうなると金策のためにあまり派手に魔物を狩り続けていけば、そういった奴らに出くわす可能性もあるということだ。
いざ何か行動するのなら手っ取り早く済ませるのが吉だ。
目立つのはマズイ。
死の危険性が上がるからな。
俺は流行り病で熱に倒れ、意識を奪われているうちに絶命したんだ。
俺としては避けたい現実もここにはある。
回復スキルには解毒も入っているが万全ではなかった。
女神のスキル付与を受けたやつは大抵無双しているらしいから。
この世界でもヒーローでありたい気持ちは捨ててはいない。
だがまずは生き抜く力を身に付けてからだ。
回復のスペシャリストはどこにいる。
この竜とは戦わなくて良さそうだが、すんなり尻尾を取らせてくれるだろうか。