5 古竜ヴェギラゴ
少しの間を置いて奴の目がギロリと俺を睨みつける。
何か苛立っている様子だ。
俺は決して奴とは目を合わせないまま。
すると──。
「お前……われの姿を視認できておるだろ?」
このスライムのことを言ってるんだよな。
いや申し訳ないけど、スライムたちは視力が乏しいよ。
これは間違いないのだ。
「何が目的でここに来た?」
問われたが応対せずにいたら、また質問を投げてきた。
「も、目的って。あなたが俺をお呼びになったのではないですか?」
「われは、スライムのお前など呼んでおらぬわ!」
なんだって!?
今は見開く目はないのだが、意識下で見開いてしまったわ。
俺も気配を消すぐらいの能力はある。
それは虫の息などを通り越して、屍並みなのだ。
俺が隠している本体は屍同然で、なんなら火葬後の遺灰レベルにすらなれる。
その気になれば。
いやもうなっているので──スキルで感知されたとしても人体との検出結果は得られない。
いま、足場の土となんら変わりのない物質になっているはずだが。
ではスライムの他にも魔物がいたのか?
思わず周囲を意識してしまった。
だがスライムとしての体を微塵も動かしたつもりはない。
「では、スライム以外の魔物を呼ばれたのですか? これは失礼しました」
「低能め。ここには他の魔物など近づきはせぬ。お前は何者だっ!?」
何者?
それに他種の魔物がいないだと?
だがそこは俺の見解と一致している。
じゃあアンタは誰に「お前」と問いかけたのだ。
まさか竜の寝言に付き合ってしまったか。
いきなり地雷を踏んだ気分なのだが。
「何者と言われましても……ご覧の通りのスライムですけども…」
「ほう、さよか。目が悪いのにわれの目が見えていると知るのは何故だろうな」
しまった!
俺としたことが。
「そして、われもご覧の通りの宿屋のおやじであるがな!」
「はあっ!!?」
あ……、そのセリフに釣られて奴を見上げてしまった。
奴のいかつい顔がほころんだ様にも感じた。
「ほれっ、スライムのお前の目が見えぬのは嘘ではないか!」
「あ……いや」
くそっ。この竜は俺を試したのか。
目が見えぬなら、か。
こいつは一本取られたな。
しかし宿屋を知っているということは人族との接触があったということだ。
地上の世界を知っているのだな。
千年前も変わらずファンタジー人類がいたことになる。
俺は率直に尋ねる。
「なぜ分かったのですか?」
「先に訊いておるのは、われであるぞ! 無礼者め!」
「ご、ごめんなさい。ど、どうぞ」
「お前は人間か? どういう術でスライムを操っておるのだ?」
人間って?
まさか、この竜は最初から俺に気づいていたというのか。
「…………そこまでお見通しだったか!」
「岩陰に隠れておったな。われはお前が洞窟の中央付近から迫って来るのを感知しておったのだ」
「へえっ! 感知スキル持ってんだね、竜のおじさん!」
「誰がおじさんだ! われは【神域のバハムート】の呼び名で知られる古竜だ。貴様、われが怖くないのか?」
すこし驚いて口が滑ってしまった。
中央付近って何十㎞先だと思ってんのよ。
俺が洞窟内を高速移動してきたのをすでに感知していたとは恐れ入った。
まじでバハムート的な奴だったんか。
格好いいね。
そんなに数いるモンスターではないよな。
「だってあなたは鎖に繋がれて……身動き取れないみたいですよ?」
「ぐむむ……さすがにそれを言われてはな」
「あの、もしかして勇者みたいなのに封印されたの?」
「察しがよいな、千年前に不覚をとってしもうたわ……」
ここはもう駆け引きはいらないな。
単刀直入に話してみるか。
「俺さ、おっしゃる通り人間だけど。この世界の住人じゃないんだ。
別の世界で死んじゃってこっちに転生したみたいで。それで──」
「やはりそういうことか……」
「そういうことって?」
「このような場所に丸腰で近づく人間は奴ら以外にほかに考えられぬ」
はあ。
「ついさっきこの世界に来て。なんも持ってないから洞窟の深部に竜でも居ないかなってやってきたらおじさんがいたの……」
「おじさんはやめろっ!!!」
「ひぃっ!」
それは洞窟が崩れてきそうな怒鳴り声だった。
「なんとお呼びすれば分からないから、ごめんなさい!」
「われの名はヴェギラゴ」
「ヴェギラゴ……」わお!なんてかっけぇ名前だよ。
わざわざ名乗ってくださるということは。
お呼びしても宜しいのですか?