4 古竜
一匹の「でかスラ」にシンクロしている間、俺の本体はあまり動けない。
できるだけ気配を消して少し後退した岩陰に身を潜めておいた。
そして「でかスラ」となって紅竜の眼前にいるのだが一応とぼけてみせる。
とぼけた問いかけをするのはこの身を守るためなのだ。
身動きが取れなくても口から火を吐くかもしれないからな。
「どなたかのお声がしましたが、俺を呼んだのですか?」
キョロキョロと周囲の様子を気に掛けながら。
目いっぱいの声を張り上げた。
そうして聞こえる様に尋ねて置きながら、俺は奴を見上げることはないのだ。
こんな暗闇の中で生息している種は視力の退化が当たり前だ。
もちろんスライムのことをいっている。
俺の【スキャナー】は動植物のステータスの正体は大抵判別できる。
辺りのスライムの視力が乏しいのは視てとれた。
視力の乏しいスライムが奴の顔を見上げるわけがない。
だから、そのように装って見せるのだ。
「グおっ!?」
奴が反応した。
身体は鎖の呪縛のせいか微動だにしない。
だが確かにスライムの俺を見下ろしている。
ここは「奴の強力な視線を感じる」からと表現したいところだが実は違う。
俺は、自分が視線を逸らしていても周囲の者の視線の先が何処にあるのかを知ることもできるからだ。
仮に俺の後を尾行する輩の視線が俺を見続けているとする。
そいつの思考回路に瞬時に意識を飛ばして忍び込み、目的を読み取るのだ。
俺はモテたから嫉妬で狙われることも少なくなかったから用心する癖は昔からだ。
「だれかお呼びになりましたかっ!?」
「おお、失神から自力で回復できるやつがおったとはな……」
返事をくれた。
ちゃんとスライムを意識下に置いていたのだな。
しかも自分が失神させたことの自覚も持っていた。
「すこし体格が大きいものでして、耐性でも付いたのかなぁ」
「地底のスライムにしては随分と肝が据わっておるのォ?」
うん?
どういう意味の言葉だ。
普段からこの至近距離にいるのなら初対面ではないだろうに。
もしかして口答えしちゃいけなかったとか?
地底のスライム以外も知っている様子だし、色々と話を聞けるかも。
「恐縮です。して、ご用件はいかようなものでしたか?」
「ふんっ!低能な種族め!」
「はっ?」
そんな分かりきったことをわざわざ言うためなのかよ?
胸糞悪い言い方しやがって。用件を言いやがれ。
「意味を理解できぬか?」
「あはっ。何分にも低能なものですから…」
「この千年の間、われの声に返答を返した者はおらんかった」
「えっ」
せ、千年の間?
そんなに捕まっていたってこと?
やばっ。
「だが、それと同時にこの地底でわれの存在に気づいておらぬ魔物などおらぬわ!」
「あ・・・」
なるほどな。
何者であるかを知らぬ者がいるのは不自然か。
だが逆に言えば、スライムたちって、そんなに長生きするものなのか?
それはさておき。
視力がいかに乏しいといっても、強大な魔力に気づかない者はいない。
やっぱり一匹だけじゃなかったのを無視してはいけなかったな。
だとしても、用があるから呼んだわけだろ?
とっとと用件を言いやがれ。
「その…目がほとんど見えないのでどのような方かは存じませんから」
「たとえそうであっても、スライムは臆病でわれとの魔力の差でいつも逃げ出しておったというのにな」
まあ確かに言われて見ればスライムってそんな感じだったな。
「あなたはどなたですか? 俺は……」