38 視線
消えた視線。
その視線をどこから感じていたんだ、このバキは。
ここは森の中だ。高木ばかりで一面が覆われている。いわば樹海だ。
俺の時は環境こそは変わりないが、状況は冒険者が数人居合わせたに過ぎない。
だが、いまはどうだ。
山賊とワニ獣人とでごった返している。数百の暴れん坊が文字通りの暴徒と化している。
もっともそんなもん、俺にとっては所詮、人の子の所業に過ぎないが。
魔神は魔界という場所にいるらしい。
遠くの地の領域から何かしらの魔道具で覗いていたのだろうか。
同じ高さの目線というのは周囲の人影の数から考えにくい。
所用ができて離席したのか。
それとも神という名からして異能で見ていたんだろうか。
後者の、異能なら見失うことなど考えにくい。
多くの遮蔽物によっての視界の遮断なら前者であり肉眼で視認していたとも考えられる。
考えられるが、真実に神であるなら俺のように他者の脳内に意識を潜らせ、黙って監視していられたはずだ。
魔神は俺を殺傷する命令を出したのだろう?
だが、シュウタのところに来るまでは見張っていたはずだ。
バキが命令対象を殺していないことは視認しているはずだ。
なぜ、それは咎められていないのだろう。遠くに居るから手出しができないのか。
バキは視線を感じないというだけで、シュウタには指一本触れていないわけだし。
能力を失くすことが死を意味する。
俺も同じだ。
似た境遇なのか、俺たち。
魔神……そのような大型の異能者の存在を俺も感知できていないぞ。
いったい何処から見張っていたのだ?
まさか、バキに与えた能力の中に存在していたりしないよな。
悪魔などはその者の影に潜んでいて、本人は知らないなんてよくある話だぞ。
「おいリヒト? そろそろだ。シュウタが山賊どもを一掃しちまうみたいだ」
「え、もう片付けちまったのか、あの子?」
なんと逞しい少年だろう。
シュウタのほうに目をやれば、彼を捕縛して奴隷にでもするんだと息巻いていた山賊連中の息絶えた姿が山のように積み上げられてあった。彼らは息絶えたばかりの肉片だがまだ異臭はない。山賊を根絶やしにせんと高速で踏み込んでいく彼の足音は誰の耳にも届かぬほど微かなものだったが、俺の耳朶にはしっかりと沁みていた。
シュウタがこちらに歩み寄ってくる。
自分が為すべき仕事を片付けただけと言わんばかりの、涼しいい顔をして。
さきほど声を掛けておいたおかげか、俺たちのことを意識下に留めてくれている。
まあ俺自身が友好に励んだ訳ではないが。
確か、商人の団体が襲われていたと言っていたな。その者たちを救い切った上に、逆恨みに苦しめられることがないように、とことん残滅させたといったところだ。なのに、ケロッとした表情で静かに近づいてきた。
「決着がついたんだな。おめでとう! そいつらどこのギルドに引き渡すの?」
バキが彼の労をねぎらいながら率直に尋ねる。
「あ、お兄さんたち。僕はこの国に来たばかりでまだ冒険者じゃないんです。助けた行商人がそこの街道沿いを北に進んだ大きな街に行けばいいと教えてくれたんだけど」
「お、それなら。バルベットの街だ。クロニクルの首都はミュッテルン城を中心に4つの街で栄えていて、ここから一番近いのはバルベットだから。そこを訪れてもいいけど……」
いいけど、とその先の説明を飲み込むバキ。
他に推挙したい街でもあるのか。
いや、おそらくそうではないな。バキはこの国が未知の魔物の手に落ちて壊滅的な被害に遭ったと話してくれたばかりなのだから。
俺は知っている。シュウタも同郷の転生者だ。
彼の戦いぶりを見る限りでは交戦好きとの印象を受ける。それなのにまだ街の一つも訪れていなくて冒険者にすらなっていない現状があるのなら、彼にとってもこの森の近辺が転生の開始地点と思ってよいだろう。
バキのいう魔神が排除対象に選んだのは、その俺とシュウタなのだ。それは偶然だろうか。バキは過去にも同様のケースがあったと言った。もしかしたら、そっちもかもしれない……。
その後、過去のそいつとはどうしたのかも、いずれ聞き出したい所ではあるが。
シュウタはバキが説得するというので、俺は、今は邪魔をするつもりはない。
バキくんのお手並み拝見と行こう。